キリッ2


「偉そうに」

……それはある意味不思議な光景だった。ディズニーランドの目立つ場所ににウォルトディズニー像があるのに認知していないような、変な光景だった。

まつりは何も言わない。だからぼくも何も答えない。


――――キリッ。

あの金属音がして、彼女が溜息を吐く。


「まぁいい、目的は。何? それとも誰かに見返りでも貰うの」

「見返りは、君の方じゃないの?」


彼女も、答えない。

「はぁ、世間じゃ物騒な不審者の事件が起きて居て大変だというのに、のこのことこんなところまで現れて」


呆れたようにそんなことを言う。

まつりと知り合いなのだろうか?

話によるとどうやら世間では今、外に干してある布団を切り裂いて中の綿を流す事件が起きているらしく、その話のようだった。



「答えられないような人には応答しないってルール決めてもいいんだけど」

「そうだねぇ」

まつりがキョトンと、彼女を見つめる。




 ――――こっちは『事件』そのものに合っている。

それも社会全体が揉み消し、なかったことになってしまうほどの事件だ。

なるべく裏側の事情を知る接触者を少なくしなくてはならないと思っているわけで……

「秘密」

まつりもはぐらかすように笑った。

深い、闇のような瞳。

それでいて、どこか楽しげにも見える。

上着の長い裾が揺れる。


「君が知っている事かもね」




「理事長に会いに来た、でしょう?」

彼女も退くことなく応戦する。

まつりは何も答えない。彼女は続けて言った。


「でもそれは推奨できない。此処で今その理由を言って。言えないならみんなを呼ぶわ」


「呼びたかったらどうぞ。その前にあなたの前髪をさらに短くするくらい、簡単だよ」

 まつりは掌で何かを回転させる。

さっきぼくのスカートの内側にあった――ナイフだ。黒い柄のついた、ごく普通の刃物。

「どう?」

それからニヤリと笑った。

「理事長とお話出来れば帰るよ。学校に通話繋がらないし、アポ無しなのは悪かったけどさ、手紙もどうせ届かなさそうだし」


永遠とも思える沈黙。というのは大袈裟だが彼女の動きが止まる。

 数秒。

「――――成程。」

やがて、むしろそれを見て気の抜けたような、なんだか呆れたような感じで彼女は笑った。


「確かに、ささぎお姉さまに似ているけれど、お返事に、その住所を使うわけにはいかないものね」

フフフフ、上品な笑い声。


「そうなんだよー!」

まつりが笑みを浮かべる。

「まるでトクホだよね」

「特定保健用食品? 食品がなんだって言うの?」

彼女が困ったように眉をひそめる。

「何だと思うー?」

「なっ、はぐらかさないで」


 ……此処だけ聴いているとまるで、意気投合した親友の会話みたいだったが、まつりがやたらフレンドリーな受け答えをしているだけだ。



 実際、彼女の方はというと「とにかく私は一歩も引かない」と足に力を込めキリッ、と歯を食いしばっているくらいなので、妄想である。

「キリッ……もういい、とにかく貴方達にどんな事情があろうと、此処から先に行くのは推奨しないから」


切りそろえたふわふわの髪が彼女の頬の横で掠れる。校則程度のスカート丈からしても、化粧っ気の少なさからしても品行方正そうだった。



「うーん、そこをなんとか。これには微妙に深くて重たい事情があるんだ」

本当になんとか思ってるのかすら不明な平坦な声で、まつりが言う。






「ふーん、話が微妙に重いんですねー。突貫用意すると2万ほどボーキサイトが吹っ飛ぶ感じですか?まあ通す理由には弱いんだけど」


信用されていないらしい。


まつりはやれやれという態度の後、肩を竦めて言った。

「この子の転入手続きの不備をね」

ぼくの肩にぽんと手を置いて。


「キリッ。そんなの、それこそ、こそこそ入らなくていいと思う」

ごもっともな意見だった。

ぼくも思わず頷きそうになってしまう。キリッ。と、笑いそうになる。

「……うーん」

まつりも思わず唸ってしまった。

納得している場合ではないのだが。


「そう言われてもなぁ、事情が込み入ってるもんで、学生には刺激が強いからさ……言えないんだよね」

まつりが曖昧に答えると、彼女は嘲笑した。


「はー? 意味わかんない。あなたも子どもでしょ。時々居るのよ、貴方みたいにわけわかんない事言って入ろうとする人が。どうせスターになりたいから事務所に飛び込むとかそういうのでしょ?」


 えぇ……そんな輩が時々居るのか。

スターライト学園じゃないんだから、一般の学園に飛び込んでスターも何も無いと思うのだが、やはりおめでたい連中というのは「小説を書いている匿名の中の人に会って付き合いたいから調べて会社に来た」とかそういう感じなんだろうか。大人って何するかわからないからな。


「子どもじゃな──」

反論しかけたまつりの口を押さえてから、ぼくは頭を下げる。

「お願いします……理事長にあわせて欲しい。こんな身勝手なこと言って、都合がいいのはわかりますが、でも──それしかなくて」


「それしかない? そりゃ犯罪者はそれしかないのね」

彼女は、キリッ、と歯ぎしりする。

戸惑いを浮かべて、少し、考えて、それから────

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