第2話 家族とは?

 レイナと仲良くなった、次の日。

 俺は橋の欄干に身を預け、ライトの学校帰りを狙う。

 ライトと仲良くなりたい。

 そしてパパの言う家族になるんだ。

 異分子の俺をどこまで受け入れてくれるかは分からないけど。

 でも俺だって家族が欲しい。家族になりたい。

 だからこうして待ち伏せをしている。

 言い方が悪いな。

 こうして彼を待っている。

 うん。少しはマシな言い訳になったか。

 そうこうしている間に学校帰りのライトを見つける。

「あっ」

 呼びかけようとすると、ライトの隣には綺麗なお姉さんが一緒に歩いている。

 よくよく見るとライトと同じ制服に身を包んでいる。

 どうやら同級生らしい。

 俺はどう話しかけようか迷っていると、ライトが先に気がつく。

「なんで。お前がここにいるんだよ」

「知り合い?」

 美人さんはライトにそう訊ねる。

「いや、父さんの趣味だよ」

 そう言って一瞥したあと、何ごともなかったようにライトは立ち去っていく。

 それもそうだ。

 ライトは最初から俺のことを避けていた。

 だからこそ、一番最初に仲良くなるべきだったのだ。

 俺は不安と後悔に苛まれる。

 どうすれば良かったんだ。

 美人さんと一緒にどこかへ行くライト。

 これからデートなのかもしれない。

 それを邪魔するほど野暮じゃない。

「すみません」

 それだけ言い残し、俺は立ち去る。

 公園のブランコでキーキー鳴いていると、どうしていいのか分からなくなる。

 俺はなんでこんなに仲良くできないのだろう。

 やっぱり俺の努力が足りないのだろうな。

 トボトボと歩き出すと、公園に来たママが慌てた様子で俺を探していた。

「もう、どこに行っていたのよ! ケイト」

「え。いや、俺は……」

「大変なの。来て!」

 ママさんどうしたのだろう。

 俺は訳も分からないまま、年老いた街路樹の中を駆け出す。

 泣きじゃくるレイナがそこに立っていた。

「わたし、わたし!」

 自分を叱責するように言葉をかみちぎるレイナ。

 焦点の合わない瞳がこちらを見る。

「落ち着いてくれ。俺は何をすればいい?」

「……分からない」

 レイナはダメだ。

 もっと判断力のある人に指示を求めねば。

「ママ。どうしたんだ?」

「それが、ライトが彼女を連れてきたのよ」

「……え? それだけ?」

 俺は思わず本音をもらす。

「それだけ、って……」

 レイナはうろたえた様子で訊ねてくる。

 ああ。そうか。

 彼らにとっては重要なことなんだな。

「さ。中に入って」

「いや、俺は……」

 きっと彼女というのは、学校帰りに一緒だったあの美人さんだろう。

 なら会うのは不安がある。

 あの目つき、俺を嫌がっていた。

 拒絶したあの暗い瞳は俺を睥睨していた。

 ライトは俺を否定している。

 会っていいのだろうか。

「ほら。ケイトも。家族なんだから」

 そっか。家族か。

 なら会わなくちゃいけないな。

 レイナと一緒に家に入る。


「なんで。こいつがいるんだよ」

 ライトは俺を睨み付けてくる。

 怖い。

 人を殺している人の目をしている。

 まあ、俺には関係ないけど。

「いいじゃない。家族なんだから」

 ふと思う。

 ママは天然さんなのかな?

 だって異分子である俺を家族と大々的に言っているのだから。

 ここに来てまだ四日である。

 そんな俺を受け入れない方が自然ではないのだろうか?

 でも俺も人の機微に聡い方ではない。

 しばらくやりとりを見ていれば何かきっかけをつかめるかもしれない。

 俺としても、家族になりたいのだから。

「ライト、ケイトはなかなかいい奴よ?」

 レイナが気遣うように話しかけていく。

「はっ。こんな骨董品、オレには不要だ。捨てろ」

「あら。ずいぶんな物言いね」

 ママの眉根がピクッと跳ね上がる。

 怒っているらしい。

 でも愛らしい顔立ちだから、あまり怖くない。

「家族として迎え入れる。そう決めたでしょ?」

「オレは同意していない。勝手に決めたのはそっちだろ? 母さん」

「……最終的にみんなの合意を得たと思っていたけど?」

 ママさんはこてっと小首を傾げる。

「ライト、そちらは?」

 思い至ったように訊ねるレイナ。

「ああ。紹介するよ。オレの彼女のミリヤだ」

「初めまして。ミリヤです。ライトとは健全なお付き合いをさせてもらっています」

「ええ。初めまして。ママです」

「長女のレイナ」

 ぶっきら棒に答えたレイナはスマホをいじり始める。

 なるほど。

 ブラコンという噂は本当だったらしい。

 レイナはライトに彼女ができるのに不満を覚えているらしい。

「わたしも――」

 レイナは一息吸うと、スマホから視線をあげる。

「わたしも、ミリヤさんのこと、家族として認めないから」

 レイナはひどく醜悪な顔でミリヤを睨めつける。

 それでミリヤはひどくオロオロするが、制するようにライトが言葉を発する。

「お前に認めてもらう必要はない。オレはオレで勝手にやらせてもらう」

「あら。だったらケイトのことも勝手にやらせてもらうわ」

「減らず口を!」

 熱線を放つライト。

 それを瞬時に氷点下まで持っていくレイナ。

 魔法。

 初めてみた。

「ライト! 今のは家族に放つものではないでしょう!?」

 ママはひどく驚いた顔でライトを咎める。

「……ちっ。だいたいレイナのせいじゃないか。オレがいつまでも恋人できなかったのは」

「なにを?」

 レイナは聞いたこともないといった様子でジト目をライトに向ける。

「お前がオレの周りをうろつくから、女の子の友達一人できなかったじゃないか!」

 ライトは憤怒を覚えたのか、血走らせる。

「ええ。だって兄さんには結婚なんてさせたくないもの」

 さも当然と言った様子でライトに告げる。

「この性悪女」

「どうとでもいいなさい。どうせあなたには(わたし以外の子と)相性が悪いのだから」

「ざけんな。オレはミリヤのことを愛している。それを証明するために付き合っているんだ」

「どうせすぐに別れるわよ」

 ミリヤがオロオロするなか、ライトとレイナは激しくバチバチと火花を散らしているように見える。

「ほらほら。やめなさい。ミリヤさんの前でみっともない」

 ママが途中から介入を始めた。

「「ふんっ!!」」

 二人して同じように吐き捨てる。

「あらあら」

「あの……あたし、お邪魔ですか?」

 ミリヤがひどくうろたえた顔を向けてくる。

「いいのよ。気にしないで」

 ママは余裕の笑みで返す。

 でも俺もどうしていいのかわからない。

 ミリヤさんと一緒にオロオロするしかない。

 オロオロした二人を前にバチバチしている二人。

 もうママはてんやわんやだった。

 この時間だとまとめてくれそうなパパも仕事でいないし。

「もういい。好きにしなさい」

 けっきょくママが折れて、解散になった。

 話はまとまらなかった。

 どうしてこんなにもいがみ合っているのだろう。

 ライトはミリヤを見送り、レイナは部屋に閉じこもり、俺はママと二人っきりになった。

「なんであんなにいがみ合っていたのですか?」

 俺は恐る恐るママの顔色を伺う。

「昔はもっと仲良かったのよ。本当よ? でもあの日いらい……」

「あの日?」

「ごめんなさい。その話は本人から聞いて。私からは話せないわ」

 ママが言葉を選ぶように呟く。

 かすれていたこともあり、なんだか聞いてはいけない話なのかもしれない。

「家族、ってなんですかね?」

 俺はずっと疑問に思っていたことを話す。

「……私は一緒にご飯を食べて、一緒に笑って、一緒に楽しむ。そんな関係だと思っているわ。血なんて関係ない。きっとみんなもそう思っているはずよ」

 悲しげに微笑むママ。

 どうやら聞いてはいけないことだったらしい。

「すみません……」

「あやまる必要なんてないわ。あなたは悪いことはしていないのだから……」

 くしゃと笑みが零れる。

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