綺麗

「悪霊になった一也は村にはびこっていた悪霊を全部取り込んで、さらに凶悪な悪霊と化した。俺はコレを全部外して……一也を殺した」


 耳の黒ピアスに指で触れる。霊力の制御ピアスを全部外すことは、霊力の暴走に身を委ねることだ。もう人間に戻れないかもしれなかった。戻れなくてもいいかと思っていた。


 だがババアは一也を殺して衰弱した俺をまた、人間に引き戻した。ババアが雲雀を存続させようとする執念も相当だ。


 野々香は眉を下げて眉間に皺を入れたまま一言も発さない。何も覚えていないのに、重苦しい話で息が詰まるだろう。


 だが、一也の最後を知らせたかった。二人は兄と妹のようだったから。


「一也の置き土産が、これだ」


 黒のハイネックの首元をひっぱって、野々香に喉元を見せる。俺を迷わせる階段のタトゥー。これは一也が俺に残した霊害。野々香は唇をきゅっと結ぶ。


 俺はずっとタトゥーに首を絞められ続けているような感覚がする。


「一也は消えたが、村は壊滅。最後まで村に残ったのは、俺とババアの斎宮一族三人だけだ。雲雀の家と封鎖村は終わった」


 死の広場の土を忌々しく蹴り上げて、空に舞いあげる。


「今もここは何も育たねぇ。死の村だ」


 野々香は舞う砂埃を見上げてから、眉間の皺を寄せるのを止められない俺を見つめる。野々香がやっと口を開く。


「写真の中で笑ってた雲雀さんが……こんなに怖い顔をするようになって、口も荒っぽくグレてしまったのも理解できる話でした」


 今までの話が、俺がこの顔であることに繋がるという感覚。野々香の斜め上な返答には力が抜ける。でも野々香は真剣だ。


「雲雀さんが背負っているものが全部重くて、私はどんな顔して良いかわからないです。どうしようもできなくて……」


 野々香に何かしてもらいたいわけではない。だが、彼女は何か自分にできないのかとすぐに考える。あの父親に食って掛かった野々香は、昔と変わらない。


「でも一つだけ、わかったことがあって」


 野々香は俺をまっすぐに見つめてぽつぽつ口を開く。まるで自分の中の言葉を探すようにゆっくりと。


「この村のことがあったから……雲雀さんは、幽霊成仏課のお仕事を誰より頑張るんだなって納得しました」


 俺は瞬きもせず野々香を見つめてしまう。野々香の短い前髪が風にふわりと揺れる。ここはいまだに死の村だが、新しい風は吹き続けているのだと、野々香の前髪が語る。


「雲雀さんって幽霊に優しいですよね。未練を晴らして成仏させようって本気で、未練を晴らせなかった幽霊にも……やっぱり優しい」


 俺の黒髪が風に揺れ、指が喉のタトゥーに触れたがった。一也が俺の罪の証として残した、俺の首を絞め続ける迷いのタトゥー。俺は一也にも優しく、したかった。


「そんな優しい雲雀さんがここにいるのは、一也さんが雲雀さんをたくさん……愛してたからなんだろうなって思いました」


 野々香が俺の真似をして、死の広場の土を高く蹴り上げる。


「封鎖村のこと!一也さんのこと!覚えてなくて、ごめんなさい!」


 野々香はもう一度、死の砂を夜空に高く蹴り上げる。夜の空に舞った砂は、死の砂なのに、きらりと月明かりに照らされて綺麗に光った。


「雲雀さんが大変だった時、一緒にいられたら良かったなって気持ちです……でももうそれは無理だから」


 きらきらと土に還った砂を踏んで、野々香は俺にゆっくり笑いかけた。あの頃の自慢げな笑みではなく、慈しみの滲んだ大人の笑みで。


「これからは雲雀さんの隣で!幽霊成仏課で、私も一緒に頑張ります!」


 野々香がぐっと拳を握って俺に見せつける。俺は首のタトゥーから手を離して、鋭すぎる目尻を少しだけ下げて、笑ってしまった。


 俺は未だに一也を殺せなかった後悔に囚われる。けれど野々香は前へ行く。


 前を見つめる野々香の隣なら、俺も前へ行けるのか。俺は口端を上げて、こみ上げる嬉しさを隠すために偉そうなことを言う。


「お前は俺の、モノだからな」


 部下と書いて、俺のモノ。それが今の俺たちの関係。


「ウッス、雲雀さん!」


 野々香の弾ける笑顔と、元気な返事が、俺に贈られる。


 幽霊成仏課で幽霊の未練を果たし続けることで。俺の未練が晴れることも、あるのだろうか。


 この村で、かつての野々香は俺に浄化の光を見せ続けてくれた。


『壱哉くん見てみて!この光、綺麗でしょ?』


 今も俺に希望の光を見せつける野々香はあいかわらず──綺麗だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る