お姫様
杏梨さんのゲストルームで朝までたくさん話をした。
杏梨さんが好きな服やメイク、お気に入りのお姫様ブランドの話で盛り上がり、雲雀さんが間宮をボコった過激さに驚いたと二人で笑った。
話し疲れて眠った杏梨さんをベッドで見つめていると、軽いノックと共に雲雀さんが部屋に入って来た。
「もしかして野々香ちゃんが夜勤の日って、俺が送迎続けるッスか?!」
隣の事務所から犬飼先輩の声が響いてきた。雲雀さんが無事出勤したのは犬飼先輩を召喚したおかげらしい。雲雀さんが犬飼先輩の声を遮るように扉を閉めて、平然とソファに座って話し出した。
「杏梨と話したのか」
雲雀さんが黒スキニーの長い足を組んで、その上に手を組んで威圧のポーズを決める。
「いろいろ教えてくれました」
「それで?俺の言いつけを破って勝手な事した限りは成果があるんだろうな」
低く責め立てる声だ。言われると思った。
雲雀さんだって課長の言いつけを守らないくせに、自分の言いつけは破ったら窘めるのか。
でも一晩話して、ひとつやってみたらいいのではないかというアイデアはある。雲雀さんを納得させられる成果と言えるかわからないが。
「あの、杏梨さんをお姫様にすることってできませんかね?」
雲雀さんは珍しくきょとんと首を傾げた。難しそうな顔をしてなければ、雲雀さんは顔が良い。
私のアイデアを雲雀さんは黙って聞いてくれた。傍若無人ではあるが、幽霊成仏のためなら雲雀さんは聞く耳がある。足を組み直した雲雀さんは短く言った。
「ヤってみるか」
「え、本当ですか?!ありがとうございます!」
初めて案を採用されて、私はぐっと拳を握り締めて立ち上がった。私の大きな声のせいで杏梨さんは目を覚ましてしまった。
準備のために一日空けて休養も取り、明くる日に作戦は実行に移った。ボコ作戦より慎重に進めたのが可笑しかった。
私たちは朝から杏梨さんを連れて、港区で有名な結婚式場に訪れた。
ゴシック様式の外観にインパクトがあり、都内屈指のスケールを誇る大聖堂。空高くそびえる圧巻の聖堂を前に杏梨さんは目を瞠った。
「ここ結婚式場よね?」
「そうです杏梨さん!今日はここで、お姫様になっちゃいましょうよ!」
私は杏梨さんの手を引くようにして聖堂の結婚式場に進んだ。式場スタッフの案内を受けて、私たちが足を踏み入れたのは広々とした鏡張りのドレス試着室。
部屋の隅から隅まであらゆるデザインのウエディングドレス、反対側にはカラードレスが無数に立ち並ぶ。杏梨さんの声が弾けた。
「すごい!」
「全部!全部着て良いですよ!杏梨さん!」
「本当に?!」
「全部着て、何回でも結婚式しましょう!」
「え、ナニソレすごい!」
アハハ!と私の提案に大笑いしながら、目を輝かせた杏梨さんがさっそくドレスを見て回る。
成仏課の権限でスタッフの人にはお暇してもらい、杏梨さんに私の身体を提供する。雲雀さんが一つピアスを外してお決まりの儀式をすると、私の身体が杏梨さんの容姿に変化する。
杏梨さんの吹き飛んだ右半身はもとの姿に戻り、どこも欠けていない生前の杏梨さんの姿になった。
杏梨さんは鏡を見ながら何度も右半身を撫でて涙を浮かべて笑った。
今日は憑変化が必須だ。幽体になった私はまた、雲雀さんと手を繋ぐ。
もう一度スタッフの方をお呼びして、杏梨さんが選んだドレスを次々に着せていってもらう。
「素敵……!」
杏梨さんはドレスを着た自分の姿を鏡で見てきゃあと小さく、何度も熱い喜びの悲鳴を上げた。私は杏梨さんのドレス姿に、テンション上がった声を上げる。
「とっても素敵です、杏梨さん!杏梨さんスタイルが良いから何でも似合いますね!ふわふわドレスもマーメイドも良い!」
「だよね、だよね!自分で言うのもアレだけどカワイイ!」
「可愛いです!」
雲雀さんはくっついた私を杏梨さんの側に寄らせるために、ずっと杏梨さんの近くで立ち尽くしていた。私と杏梨さんは大興奮で盛り上がった。
「うわぁ!これ知ってる!ブランド最新作のプリンセスドレス!最高!」
きゃあきゃあ言いながら杏梨さんは、大好きなお姫様ブランドのドレスにご執心。そのドレスだけ七度も着た。杏梨さんの要望通りに髪もメイクも何度も変えてドレスアップだ。
杏梨さんは朝から晩まで一日中ドレスを着まわして、大聖堂を歩き、雲雀さんにスマホで写真を撮らせまくった。
もう日が暮れて、ナイトウェディングの時間が訪れた。
鏡の中の愛らしい自分にうっとりする杏梨さんに、私は最後の提案をする。
「杏梨さん、良ければ花婿の衣装も選んでください」
「花婿って……誰もいないのに?」
「アングラで杏梨さんの趣味ではないと思いますが!雲雀さんがお相手します!」
幽体の私は雲雀さんと手を繋ぎながら、ばーんと雲雀さんをご紹介した。雲雀さんはもう片方の手で前髪をかき上げながらため息をついた。
「嫌ならやめとけよ、杏梨」
「やる!やりたい!やっぱり誰かと歩いてみたいよヴァージンロード!」
杏梨さんはふわふわウエディングドレスを着たまま、花婿衣装ゾーンでまたキャッキャ言い始めた。私も雲雀さんと繋いだままの手を引っ張って行って、花婿衣装について言い合った。
杏梨さんと花婿衣装を選び終えた。幽体で雲雀さんにくっついていないといけない私は、試着室で雲雀さんのお着替えを目を塞いで待った。雲雀さんの両手を空けるために幽体の私はまたおんぶである。
私は目を塞いだまま、シャッと試着室のカーテンが開いた音。試着室を出た雲雀さんに向けて杏梨さんの黄色い声が破裂した。
「え?!カッコイイんだけど!!」
「え?!」
「離れんなよ、野々香」
杏梨さんの声に驚いてやっと目を開けた私は、雲雀さんがお手と差し出す手を取って正面から雲雀さんを見つめる。
雲雀さんは漆黒のタキシードに身を包み、洗練された佇まいでそこに立っている。軍人的な姿勢の良さ。品格ある厳粛なジャケットが肩にぴたりと沿う。杏梨さんは私のスマホで雲雀さんをパシャパシャ撮り始める。
「喋らなくてもガラは悪いけど、見た目だけは需要ある!かっこいい!」
全く無駄のないシルエットが雲雀さんの引き締まった体のラインを際立たせている。シャツの上には深い黒のベストが重なり、首元は杏梨さんこだわりのアスコットタイだ。
雲雀さんのハイネックスタイルから着想を得たのか、ストールタイプのアスコットタイは雲雀さんの首元を高くまで隠す。
「強い男が首を見せないってそそる!かっこいい!」
杏梨さんはスタイリストに向いてそうだ。雲雀さんが服を着こなしてるというより、服が雲雀さんに従っている。そう思えるほど、似合っていた。私は手を繋いだまま、まじまじ雲雀さんを見つめた。
黒髪は丁寧に整えられながらも、どこか自然な流れを残し、硬質な雰囲気の中にも余裕を感じさせる。鋭い目元と耳に刺さる無数のピアスだけはいつも通りだ。
「野々香ちゃんどう?上司の正装へ感想は?」
「そうですね……どこぞのマフィアパーティーでこれから麻薬取引ですか?って感じです」
「ブッハ!わかる……!」
杏梨さんがけらけらお腹を抱えて笑うので、私も笑ってしまう。雲雀さんは怒りもせず眉間に軽く皺を寄せるだけ。雲雀さん、幽霊には優しいから。
「きゃあきゃあうるせぇ女どもだな」
雲雀さんは杏梨さんにも、お手、と雑に手を差し伸べる。杏梨さんがくすくす笑い続けた。
「雲雀さんがそうすると……お手をどうぞお姫様っていうより、借金のカタに連れて行くぞテメェって聞こえるわ」
涙がにじむほど笑った杏梨さんは、雲雀さんの手に手を重ねた。私は片手で顔を覆った。
「あ〜やっぱり王子様とは程遠いですよね〜」
「野々香お前、調子乗んなよ」
「サーセン!」
雲雀さんは軽くため息をつきながら、右手に幽体の私を、左手に杏梨さんを連れて大聖堂へ向けて長い足を向けた。
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