オモチャのくせに生意気だ

おうぎまちこ(あきたこまち)

第1話

十年前。

 可愛らしいイベリスが咲き乱れる花壇の前、栗毛の少女と黒髪の少年が佇んでいた。

 野性的な金の瞳をギラつかせていた、少年ヴィルヘルムだったが、唇をきゅっと引き結んだ。

 

「なんで、俺なんかに構うんだよ。俺が妾の子だって、お前だって知ってるだろう? 俺を庇ったって、良いことなんかないんだよ」


 対する少女アンジェは、碧色の瞳をくるくると動かした後、ふんわりと微笑んだ。


「生まれとか関係ないです。だって今の……ヴィル様は悪くないですもん!」


 先刻、ヴィルヘルム王子と貴族の少年とで取っ組み合いが起こった。

 その一部始終を覗いていたのが、ヴィルヘルム母の元で侍女見習いをしている、少女アンジェだったのだ。


「はあ? なんだよ、悪くないって……さっきのは、どう見たって俺が……」


「悪くないんです! だって、アンジェは見ていました!」


 アンジェが花壇に目をやると、土が少しだけ乱れて散らばっていた。


「ヴィル様はイベリスの花を守ってくれただけだもん! あの貴族の子がイベリスの花壇を荒そうとしていただけだもん!」


「……っ……!」


「それに、『貧乏令嬢で働かないといけなくなって侍女見習いをしている』って悪口を言ったり、イジメてこようとする貴族達から私を庇ったり……! ヴィル様は本当は優しいんだもん!」


「な……」

 

 ヴィルヘルムと呼ばれた王子の頬にさっと朱が差す。


「アンジェは――そんなヴィル様のことを、ずっと見てきて……大好きなんです! ヴィル様のことが、大・大・大好き!!」


 少女の魂からの叫びを聞いた王子は、みるみる真っ赤になっていって、何も返せないでいたのだが、しばらくするとキッと顔を上げた。


「仕方ねえな、アンジェ」


「なんでしょうか、ヴィル様……?」


「お前に役割を与える!」


「役割……?」


 ヴィルヘルム王子は、ほんわかと首を傾げる少女に向かって宣告する。



「今日からお前は俺の専属オモチャだ!!」



 風が凪いで、鳥がピチピチと飛び立っていく。


「え? 私がヴィル様の? 専属? オモチャ?」


「ああ、お前は俺だけの専属オモチャだ! そうしたら、ずっと一緒だし、何かあっても、馬鹿な貴族からも守ってやれる!」


 オモチャだと言われて、普通の女の子たちならば「嫌だ」と答えるだろう。


 だけど――。


 ずっと彼のそばにいれるなんて……。


 なんて……。


 なんて……。



 なんて、幸せなことだろう!



「だったら、アンジェ! ヴィル様のオモチャになります!」



 こうして――侍女見習いアンジェは、幼馴染ヴィルヘルム王子の専属オモチャになった。


 オモチャといっても名目上でしかなくて、彼はいつでもアンジェを従えるふりをして、他の悪い貴族たちから守ってくれたのだった。

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