第21話 正しく受け継がれる

 ウィンターフェイド家の大広間は、かつてないほどの華やかさに包まれていた。白と淡い青の花々が壁を彩り、光沢のある天井からは水晶のシャンデリアが柔らかな光を投げかけている。


 エレノアは祭壇の前に立ち、自分がこの場にいることが信じられないような心持ちだった。純白のドレスに身を包み、長い間抑えられていた彼女の美しさが花開いているようだった。


「こんな日が来るなんて」


 彼女は小さく呟いた。エドモンドは彼女の手をしっかりと握り、安心させるように微笑んだ。


 司祭の声が広間に響き、二人は互いに永遠の愛を誓った。エドモンドが彼女に口づけした瞬間、集まった人々から大きな拍手が沸き起こった。


「エドモンド様」


 彼女は夫の名を呼びながら、その顔を見上げた。彼女の目には感謝の涙が光っていた。


「ありがとう……私をこんなに素敵な場所に連れてきてくれて」


 エドモンドは彼女の頬に触れ、涙をそっと拭った。


「これからも一緒だ、エレノア」

「はい」


 その日、エレノア・ウィンターフェイドは多くの人々に祝福された。ウィンターフェイド家の親族たち、騎士団の仲間たち、そして王宮からの使者まで。彼女はすべての人に感謝の言葉を述べた。


「これからもウィンターフェイド家の名に恥じぬよう、精一杯努めます」


 彼女の誓いの言葉は、単なる社交辞令ではなかった。彼女の瞳には強い決意が宿っていた。




「ママ、見て!」


 春の日差しが降り注ぐ庭で、金色の髪をした5歳の少女が、摘んだ花を誇らしげに掲げている。そのそばでは、少し年上の少年が真剣な表情で木の剣を振りかざしていた。


「あら。とても綺麗ね、リリア」

「ママにあげる」

「ありがとう」


 エレノアは優しく微笑みながら、娘の差し出した花を受け取った。


「セオドア、気をつけて。あまり無茶し過ぎないように」

「わかってる!」


 彼女は息子にも声をかけた。少年は母親に向かって勇ましく頷き、さらに熱心に剣の稽古を続けた。


「僕は、父さんみたいな立派な騎士になるんだ!」


 その言葉に、エレノアは温かな目で息子を見守った。彼はエドモンドに似ていて、幼いながらに情熱と正義感を持っていた。


「エレノア、子どもたちの様子はどうだ?」


 背後から聞こえた声に振り返ると、エドモンドが騎士の正装から普段着に着替えて立っていた。任務を終えて、家族に会いに来た。


 子どもたちは父親の姿を見つけると、一目散に駆け寄った。


「「パパ!」」


 子どもたちを受け止める。


「お帰りなさい」


 エレノアも近寄って、エドモンドは彼女の頬に軽く口づけした。


「ただいま」


 彼は子どもたちを両腕に抱き上げ、エレノアを含めた家族全員で館の中へと入っていった。




「これで大丈夫です。傷は深くありませんから、しばらく安静にしていれば治りますよ」


 エレノアは騎士団の若い見習いの腕に包帯を巻き終えると、安心させるように微笑んだ。


「ありがとうございます、エレノア様」


 見習い騎士はほっとした表情で礼を言った。ここは、エレノアが用意した治療室。何人かのスタッフと一緒に、訓練で傷付いた騎士団の怪我人やウィンターフェイド家の領地で困っている病人などを治療している。


「無理はしないでくださいね」


 彼女はそう言って、次の患者へと向かった。治療室の一角には、街の貧しい人々も列をなしていた。エレノアは地位や富に関わらず、助けを必要とする人に、できる限り手を差し伸べていく。


「今日も大忙しのようだな」


 エドモンドが治療室に顔を出した。彼は騎士団長として多忙ながらも、妻の仕事を誇りに思っていた。


「エドモンド! 来てくれたのですね」


 様子を見に来てくれたエドモンドに感謝を伝える。


「あまり無理しすぎないように」

「はい、気をつけます。でも、みんなの役に立てることが、私の喜びなので」


 エレノアは笑顔で答えた。彼女は医学書から得た知識を実践し、さらに経験を積み重ねて、今では王国で最も優れた治療師の一人として認められていた。


「子どもたちは?」

「心配ないさ。家庭教師と一緒だ」

「それなら安心ですね」


 仕事に励むエドモンドや勉強熱心なエレノアの姿を見てきた子どもたちは、両親と同じように勉強に熱中していた。そして、どんどん成長していた。意欲的に学ぶ子どもたちに、将来のウィンターフェイド家は安泰そうだと安心するエレノア。




 夕暮れ時、エドモンドとエレノアは屋敷の中庭に立っていた。そこは、二人だけの特別な場所。とても良い景色で、遠くには山々が夕日に照らされて黄金色に輝いていた。


「あれから、もう十五年になるのね」


 エレノアは柔らかく言った。エドモンドとの結婚から、時は流れていた。その間、彼らは共に喜びも悲しみも分かち合ってきた。


「あっという間だったな」


 エドモンドは彼女の隣に立ち、肩を寄せ合った。彼の髪にはわずかに銀色が混じり始めていたが、その威厳ある姿は変わらなかった。


「セオドアが騎士団に入るのも、もうすぐね」

「ああ。あの子は、きっと立派な騎士になるだろう」

「リリアも医術の才能があるわ。私の治療室を手伝いたいと言っていたの」


 エレノアの声には誇りが満ちていた。子どもたちが自分の道を見つけ、歩み始めていることは、彼女にとって何よりの幸せだった。


「君のおかげだ」


 エドモンドは彼女の手を取った。


「いいえ、あなたのおかげよ」


 彼女は首を振った。


「間を取って、二人のおかげ、ということにしておこう」


 エドモンドは静かに言い、彼女を抱きしめた。


 エレノアたちの前に広がる景色は、彼らの未来のように広大で希望に満ちていた。二人で築き上げてきた幸せ。それは確かな土台の上に立っていた。


「これからも」


 エレノアが言いかけると、エドモンドは彼女の言葉を理解するように頷いた。


「ああ、これからも共に」


 夕日が地平線に沈みゆく中、星々が一つずつ輝き始めていた。それはあたかも、彼らの未来を照らす希望の光のようだった。


 ウィンターフェイド家の歴史は、これからも紡がれていく。エレノアとエドモンドが共に築いた名声は、彼らの子どもたち、そしてその先の世代へと受け継がれていくだろう。

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