13 親善試合 ノヴェとオット
【宇宙船団ヴァガボンダ・Cブロック船<アマルテア>接岸】
火星軌道上を回遊する「アマルテア」が火星の地表近くの定住区に着岸した。
老朽化が進み、限界を迎えた宇宙船団ヴァガボンダ最古の船。
接岸の報が流れるや、火星中央政府の掲示板には「定住転籍希望」の申請者が殺到した。「船が降りたつ。」
移住を望む船団民たちにとっては夢の終着点であり、火星定住民にとっては“不安な現実”だった。
セロ・イグナートにとって─それは、過去との再会を意味していた。
「アマルテアのキャプテンは、ノヴェ・カイール。」
ルシーダが調査メモを見せる。
「昔、試合で殴り合ったって…」
「…兄弟みたいなやつだった。」
セロは少しだけ視線を落とした。
宇宙船団の少年リーグで育った二人は、同じ船で夢を語り、ボールを蹴った。
だが、ある日セロが火星クラブ「オリンピア」への移籍を決めたことで、二人は道を違えた。
「お前は売られたと言っているが、自分から“地面に降りた”んだろ。─裏切りだ。」
ふてくされたノヴェの最後の言葉は、まだセロの胸に残っていた。
【オリンピア・マルス vs アマルテア選抜 親善試合】
親善と銘打たれた試合には、政府や評議会の思惑が透けて見える。
定住民への配慮、火星リーグの懐柔、そしてセロという「アイコン」の利用。
アマルテア側のキャプテンとして登場したノヴェは、誰よりも気合十分でピッチに入場してきた。
ノヴェのニックネームは「アマルの弾丸」。身長158センチと、FWとしてはかなり小柄だが筋骨隆々。
遠目に見れば球体が球体を蹴っているような可愛らしいフォルム、地元では大人気のエースストライカーである。
「久しぶりだな、裏切り者。」満面の笑顔でノヴェが言う。
セロは肩をすくめて笑った。
「懐かしいな。相変わらず丸々太って。やっぱり背番号は9か。」
「これは太ってんじゃない、鍛えてるんだよ。ぶっ飛ばすぞ!」
ピッチに親密な時間が流れた。
―前半17分。―オリンピアがPKを獲得。
セロは右足をボールの手前に大きく踏み出した。
セロの顔はゴールキーパーを見ている。
ノヴェの双子の弟「オット・カイール」の視線と膝の動きを観察している。
軸足になる左足をボール横に付け、右足を思い切り振った。
完全にコースを読んだオットは、するどく横っ飛び、片手でセロのシュートをキャッチした。
>>さぁ、PK大きなチャンス、蹴った、止めた!なんと!背番号8、オット・カイール。8つの腕(オットアーム)を持つ男、ゴールを割らせません!手に吸盤でもあるかのように、シュートをキャッチしてしまいました!オット・カイール!<<
セロの今シーズン初めてのPK失敗に、親善試合とはいえ実況席は大興奮である。
「オット!オット!オット!オット!」
観客席はいつまでもアマルテアの正GKを称えている。
アマルテアのサッカーは即興性に富み、荒削りで、爆発的な連携力がある。
彼らは、絶体絶命を脱する「スーパーセーブ」で勢いにのった。
前半32分。
アマルテアは中央をショートパスで崩しながら、左サイドへ展開。
ノヴェがトップスピードのまま絶妙なトラップでボールを収め、右足を振ってキックフェイント、対峙するDFヴィーダを綺麗にはがすと、ペナルティエリア外から左足一閃。
ボールは重力を無視したかのような勢いで、まっすぐネット右隅へ突き刺さった。
>>打ったああああ!ゴォォォォール!アマルテア先制!決めたのはやはりノヴェ!<<
火星スタジアムが静まりかえる。
ミヤマがつぶやいた。「やべぇな、あのシュート。」
セロは悔しそうに、どこか嬉しそうに笑った。
「おいおい、今のはお前のサイドだぞ。戻って止めろよ。サボんなよ!」
「いやいや、あそこまで追えませんよ。」ミヤマはヴァガボンダ語で恭しく反論した。
前半41分。
セロのボール奪取から、右サイドへ展開。
ミヤマがオフサイドぎりぎりで抜け出す、折り返しを中央、頭でガイルが合わせる。
オットが片手で弾いた。
セロが詰めている、ペナルティエリア外からミドルシュートを放つ。
「外れた。」オットは瞬時に判断した。腕をダラリと下げ、微動だにせず。
確かに外れたが、急カーブしたボールはバーを直撃して地面に跳ねた。
そこにはセロがいる。
>>ガイル、ヘッド!GKよく止めた、セロが詰めている!シュート、はバーを直撃!あっと、セロだ、飛び込んだぁぁぁ!決まったー!まるで跳ね返る位置を知っていたかのような。シュートの後、誰もがボールを見守るなかで、誰より早く動き直していましたセロ・イグナート!オリンピア同点!両エースの活躍、試合は振り出しに戻ります。<<
前半終了、ロッカールームに引き上げるセロにオット・カイールが声をかけてきた。
「なんで、分かった。」
「自分で蹴ったんだ、バーを狙って、どこに跳ね返るかぐらい分かるさ。」
にやりと笑い、こともなげに言うセロにオットはゾッとした。
後半。
オリンピアは圧倒的なボールポゼッションを見せる。セロのゲームメイクが冴える。
船団チームに格の違いを見せつけるようだ。
セロがフェイントからDFをかわして中盤を抜け出した。
右足でグンと持ち出してシュートモーション。
撃たずに左サイドを駆け上がるシシーニョにパスを通した。
「ぐっ!」対峙していたDFが勢い余ってセロに激突した。
ファールの判定。
>>シュート、打たないパスが出た、あっと!ファールの判定、決死の覚悟で突っ込んできたDFと衝突しました。大丈夫でしょうかセロ。ペナルティエリア内でのファールの判定。これはオリンピアにまたもPKが与えられます。<<
「いてて。」GKのオットに起こされながら、セロは笑顔を見せる。
オットは先ほどのPKをセロに思い出させるように囁いた。
「二回目も止めてやるよ。また、右に蹴るんだろ。」
駆け引きである。
その手には乗らぬとセロも返す「右ね、オーケー。お前の右か俺の右ね。」
本日2回目のPK。
オット・カイールはゴール中央、何度も両腕を大きく広げてキッカーにプレッシャーをかけている。
ダラリと下げれば指先が膝に届きそうなほど長い腕。思い切り広げれば、ゴールにはサッカーボールが入る余地がなくなったような感覚に陥る。
『蹴っていいよ』と笛が鳴る。
セロは右足をボールの手前に大きく踏み出した。
その右足で踏み切ってふわりと跳躍。
顔は対峙するキーパーに向けたままである。
静止したかのように、宙にゆっくりと浮かぶセロ。
左足をボールの横に着地した。
キーパーの左膝がほんの数ミリだが内側を向いた。
セロは見逃さず、彼の左足付近に向かって優しくパスを出す。
オットは思考も重心も完全に逆を突かれ、動けない。
コロコロとひどくゆっくりと転がったボールが、静かに守護神の左足横を通過した。
スタジアムの時を止めた。
次いで、スタジアムの熱気が最高潮に達する。
後半38分。カウンター。
アマルテアの不用意なパスをヴィーダがインターセプト。
そのまま自らドリブルで持ち上がり、左のシシーニョへ絶妙なスルーパス。
シシーニョは中央のセロを見つけて鋭く中に折り返す。
右足で深くトラップしたセロはシュートの体勢、するとノヴェ・カイールがものすごい勢いで駆け戻ってきた。
「フォワードに俺が止められるかーっ!」
ノヴェの左足がボールに触れる寸前、セロは左足裏でボールを引いて回転しながら右足裏に持ちかえ、そのまま「ぶん」と右足を振って中央にパスを出した。
意表を突いたパスにディフェンスもキーパーも動けない。
ガイルだけがそのトリッキーなパスに反応、右足でトンと止めて身体を開き、すぐさまシュートを放った。
オリンピアの勝利が決定づけられた瞬間だった。
スコア:オリンピア 3-1 アマルテア
スタンドからは大きな拍手。
船団民も定住民も、いまだけは同じ空を見上げていた。
ピッチ中央で、セロとノヴェが再び向き合う。
「お前の勝ちだ。」
「いや─俺たちの勝ちだ。」セロが笑う。
ノヴェも、ふんっと笑う。
「心を入れ替えたか!いつかもう一度、船でもやろうな。」
セロが笑い返す。
「そのときは、同じチームの選手がいいな。」
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