開戦
リーグ戦の予選は、駅からほど近いイベント会場で行われていた。都会の空は縦に長く角ばって、それ自体も一種の人工物みたいに切りだされている。会場の近くにビジネスホテルを取って、朝から歩いて向かっていた。二日目の今日は、日中を室内で過ごすのがもったいないくらいの快晴だ。
「あまり、緊張していないみたいですね」
新藤さんに声をかけられて、あたしはうなずいた。
「もともと緊張しにくいのもありますけど、昨日の結果で、少し安心したみたいです」
「もしかしたら、私の方が緊張しているかもしれませんね。お恥ずかしいことに」
言って、新藤さんは苦笑する。あたしは続けた。
「あたしが勝ちにこだわらないからかもしれません。他のわたりびとには、申し訳ないと思うけれど」
「悪びれることはありませんよ。実力がすべてですから。それに、それくらい気負わずにいた方が、きっと普段の調子が出ると思います」
「そう、なんでしょうね」
実際、昨日のわたりあいの二戦を、あたしは勝利のうちに終えていた。予選を突破するのに必ずしも全勝する必要はないが、後がないと焦ってしまうものだから、序盤の勝利は大切だ。対戦相手の対策が行き届いていたのも大きくて、それは新藤さんのおかげだった。昨日そう伝えたら、恋さんの実力ですと謙遜されてしまったけれど。
今更になって実感しているけれど、新藤さんは人読みがとてもうまかった。詩に詳しくないものの、情報の整理と要約がうまく、わたりびとの人となり、性格、詠む詩の傾向を分析することに長けている。わたりあいは言葉の技術を競うものであると同時に、相手のことを調べ、理解し、寄りそう、情報戦としての側面も強く持っているといわれる。その意味で、新藤さんは心強い味方だ。
「今日の二戦目の相手は、やはり読めませんね」
そして、その新藤さんをしてこう言わしめるのは、食えない相手である証拠だ。
「新藤さんでも、つかめませんか」
「ええ、調べれば調べるほど、得体が知れなくて、不気味なほどです。とはいえ、戦績が振るっているわけでもないのですが」
件のわたりびと、渡里一心は、あたしが最年少なのに対して、最年長のご老体だった。前シーズンで対峙したこともあるけれど、正直なところ、あまり強い印象は持っていない。試合の結果としても、難なくあたしが勝った。油断しているわけではないが、新藤さんが困惑しきりなことに驚いたくらいだ。注意すべき相手として認識していなかった。
「昨日も言いましたが、とにかく個人情報が少なくて、かつ詠む詩が極端に幅広いんです。正直なところ、スタッフがミスをして、別人の詩が載せてあるのではと疑ったほどです。それくらい、扱うテーマも、言葉や文体の傾向もバラバラで、どんな詩を選ぶのかまるで予想がつきません。前シーズン、わたりあいをしたときのことは思い出せましたか?」
「正直、あまり覚えていなくて……でも、言われてみると、底の見えない人だったなとは思います。何というんでしょう。わたりびとの詠む詩は、その人に固有な感性や言葉遣い、そういう個性を武器として持っています。でも、芯が見えないというか……試されている気がしました。あのときはあたしが先手だったんですが、詩のテーマを自然と受けとめて、引きだしてきて。立ちふるまいも落ち着いていて、我の強い人ではなさそうでした」
新藤さんに指摘されて初めて意識したけれど、つかみどころがないという印象をあたしも持っているようだった。新藤さんはふがいなさそうに言う。
「おそらく、詩を詠む地力では、恋さんに分があるのだと思います。申し訳ないですが、出たとこ勝負でいくしかなさそうですね」
「いえ、他の対戦ではとても助かっていますし、それが本来ですから。多少、自信も取り戻してきましたし、あたしは大丈夫です」
「……励ましの言葉は、要らなさそうですね。頑張ってください」
「はい」
新藤さんが微笑むのにつられて、あたしも笑った。新藤さんは詩人としてのあたしをとても尊敬してくれて、だからこそ、彼女なりの全力でサポートをしてくれる。お父さんもいい人を紹介してくれたものだ。そんな人の縁や環境は、あたしにとってかけがえのない財産で、感謝してもしきれない幸運だと思う。
うたうには、そういう人はいるのだろうか。ふと考えてしまう。
あたしが、そんな人になりたかった。そう願うのが、今では傲慢にさえ思えた。よかれと思ってしたことで、本人に拒絶され、未だにその理由さえわからないでいるのだ。少しでも繋がりを保ちたいと考えて、わたりあいを続けているけれど、そのために遠く離れた都会まで来ていることが、なんだか皮肉で、遠回りに思えてならない。
それでも、あたしに思いつくのはこのくらいだった。だから今は、信じて進むしかない。
「では、行ってらっしゃい。時間になったら迎えに来ます」
会場に着いて、簡単な打ち合わせを済ませてから、新藤さんが言った。決勝では観客も入るけれど、予選はクローズドで、スタッフと参加者以外は立ち入りを禁じられている。ここから先は、あたしひとりで歩かなければならない道だ。詩歌のプロフェッショナルである、わたりびととして。
「行ってきます」
最近できたらしい真新しい建物へ、あたしは足を踏みいれる。格式ばったモノトーンの内装が、高みの舞台へと招きいれるかのように、つややかな輝きをはなっていた。
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