第25話 秘薬




「……これ 何の薬なん?」



 薄暗い〈碧猫屋あおねこや〉のカウンターの上に置かれた ローズピンクの液体の入った小さなガラス瓶。



「こないだのコウト百合 精製して作った薬の試作品サンプル


「あー。サンディーアレクサンドラ3世が依頼してきたとかゆーヤツ」


「そーそー その薬」



 カウンターに両手で頬杖をついて ジト目で水薬ポーションを見つめる水碧髪の薬師マリノア



「なんか 失敗でもしたん? 妙な表情してるやん」


「……まさか。アタシの調合よ? 計量は1/10000の狂いも無いし 星辰は もちろん 十曜の合 三つの月の衝まで 完璧に決まってんでしょ」



 頬杖の姿勢のまま 深碧色ディープ・マリンの瞳が動き いつものように薬箪笥にもたれかかって立つ 闇エルフの暗殺者を見やる。

 そして 暗紅色の瞳と視線が合うと ボソッと 一言。



「ねぇ 紅瑠石ガーネット。1刻半ほどで 銀貨100枚になる仕事あるんだけど 受けてみない?」


「……嫌やし。マリノアが銀貨100枚ってうた時点で 命懸けの仕事やろ? そんなヤバいん この薬?」


「ヤバいってゆーか…さ。効果がロクでもないから……」



 両頬杖の姿勢を崩さず もう一度 マリノアは視線を薬瓶に向ける。



「一応 納品依頼の薬だし 効果があるか 確かめときたいでしょ? でも 自分じゃ飲む気にはなれないシロモノなのよ……」


「もったいぶらへんと どんな効果か教えてぇな?」


「女が飲むと 男になる薬ってワケ」



 いぶかしげな表情の白銀髪プラチナ・ブロンドの闇エルフ。

 性転換する薬など 世間では ともかく〈碧猫屋あおねこや〉の品揃えとしては 珍しくも無い。

 紅瑠石ガーネットも〈仕事用変装〉や〈〉に何度か購入したことがある。

 わざわざ 凄腕の薬師が何週間も掛かり切りになるような薬品とも思えないのだが?

 疑問を感じたまま マリノアの説明の続きを聞く。

 


「そんで 男が飲むと 毛むくじゃらで筋骨隆々の岩猩々ロックバブーンばりの半獣人になんのよ。ってゆーか アタシの計算だと 女の子でも獣男化する娘が一定数…100人に3人くらいは出ると思うのよね……」


「……うっわ それは…理性とか失くす感じ?」


「記憶や精神面には ほとんど 影響出ないと思うわよ。肉体面の変化だけ。まぁ 知らずに飲んだら 状況把握できずに錯乱しそうだけどね」



 頬杖のまま 小さく首を横に振る水碧髪アクア・マリンの薬師。

 


「効果時間も 1刻~2刻ってとこ。長くても半日ってとこのハズよ」


 

 マリノアの返答を聞き 言葉を詰まらせる 紅瑠石ガーネット

  


「……それは… また……サンディー好みの薬やな~。何に使うか 想像できるような さらにぶっ飛んだこと 考えてそうな……まぁ 何にせよロクでもない感じやな」


「まー あの娘アレクサンドラが 何に使おうが お金さえ払ってくれりゃ〈碧猫屋あおねこや〉としては 文句無いんだけどね……あの娘に限って バカはやっても ヘマはやんないと思うし」


「『バカはやっても ヘマはやんない』……か。巧いことうなぁ」


「でしょ? こないだ 夜中に調合してて ふと思い付いたの。あんな性格のクセに 街の人達からの人気は抜群だもん。けっこうエグい税金の取り方してんのに お金の撒き方 上手だから……」



 20年前の劇的な即位以来 国民の絶大な支持を集める現女王アレクサンドラ3世

 大桟橋の建設や 街道の整備の為と称する商業税と抱き合わせになった 派手で庶民が潤う完成イベントお祭り騒ぎ

 或いは 橋や病院等に 〈出資者の名前を冠する名誉〉の割り振りと これまた派手な完成イベントへの臨席。

 近く迫る即位20周年記念式典への期待も 徐々に高まりつつある 今日この頃。

 


「宮廷内の人心掌握も 地位やら 名誉やら 金やら 色恋に 嫉妬心……。巧いこと使い分けて エゲツナイ求心力やもんな~」


「人の〈欲望〉ってものの 在処ありかが一瞬で見抜けるんでしょうね……。出会った頃も そんな雰囲気あったけど 最近 磨き掛かってる感じ。今回のこの薬の依頼にしても 報酬も良かったんだけど 『マリノアでも知らない珍しいレシピ見つけたんだけど 挑戦してみない?』とか言われて つい その気になっちゃったから……」


「で 出来たのはええけどってワケかいな……。ほんで この薬の試し飲み 誰がやるん?」



水碧髪アクア・マリンにツッコミを入れる紅瑠石ガーネット

 


「ジーナに 特別報酬払うって言ったら 飲まないかしら あの娘?」


「……いや。それは あんまり可哀想やろ……」


「そーよねー。やっぱ アンタも そう思う?」


  

 2度 縦に首を振り 同意を表す白銀プラチナの巻き毛。

 マリノアは 頬杖を止めて 立ち上がりながら 首を竦める。

 


「こーゆー薬 喜んで飲む知り合いって 思い付く範囲で 1人しかいないのよね」


「ウチも 1人しか 心当たり無いわ……」



 目を見合わせる 薬師と闇エルフ。



「サンディーだけやんな」


「……よね」



 そう同意しながら 〈碧猫屋あおねこや〉の店主は 完成はしたものの 効き目の最終確認ができない ローズピンクのポーションを見遣り 今一度 タメ息を吐くのだった……。

 ………。

 ……。

 …。


 

 

 王都ウェスティリアの北西を占める王城。

 その3階部分 豪奢な調度がしつらえられた廊下を足早に歩く 帯剣の麗人。

 その横に影のように付き従い 艶橙髪カッパー・ブロンドの麗人に耳打ちする漆黒髪ジェット・ブラックのメイド服。



「……何人たりとも 入室させるなとの お言い付けですので わたくしどもでは なんとも……」


「了解した。親衛三騎士の護衛に関する権限で 扉は私が開けよう。フォミナ 報告感謝する」

 

 

 廊下の奥 一際ひときわ豪華な赤塗りの扉の前に立つ 親衛三騎士筆頭。


 ─── コンッ コンッ コンッ ───


「陛下ッ アリシアです。起きてらっしゃいますでしょうか?」



 部屋の中から 何事かの返事。

 それを受けて 長身の女騎士は 扉を少しだけ開け 身体を室内に滑り込ませたのだった……。

 ………。

 ……。

 …。




 

 

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