第12話 死神の大太刀 什弐

 逃げた盗賊を追跡し、餓狼がろうは山道を進んだ。


 犬神の祠から集落へ戻る途中。剛平ごうへい勘宝かんほうに出会った。二人が狗神いぬがみ家の家臣であることを確認し、一緒に集落へ戻る流れになった。


 しかし、状況は一変する。


「根無し草だと、まぁあれだな・・・自分が野盗じゃないと証明するだけで一苦労だな。まったく、身形が悪いよな身形が。あーあ、狗神いぬがみ鋼牙こうがが後ろ盾になってくれねぇかな。」


 冗談混じりに呟く。だが、この場でそれを笑えるのは餓狼がろう自身以外にない。


 現在、餓狼がろうが山道を歩いているのは、迎撃した盗賊を追ってのこと。


 既に背中を見失って久しい。やはり奴等は山歩きに慣れている。どこかに足跡でもあれば追跡も容易だろうが、自分達がお尋ね者だと自覚している奴らはそうそう馬鹿ではない。


 多少土地勘はあるにせよ、餓狼がろうはこの辺には詳しくない。


 今回餓狼がろうがこの東山とうやまに居たのは偶然。得物の手入れができる研師が二人いるからであった。


 餓狼がろうは定期的に研師を訪ねて大太刀の手入れをしてもらっている。名前は確か、零士れいじ修二しゅうじだったと記憶している。勘宝かんほうが助けた職人の中に二人の姿もあった。


 餓狼がろうにとっては仕事を依頼するだけの関係ではあるが、居ないと困る存在でもある。盗賊共が彼等を狙うのであれば、奴らを殲滅して利があるのは狗神家だけではない。


 今は早く奴らの殲滅を終わらせたいところだ。


 盗賊と戦いながら餓狼がろうは思った。奴等一人一人の強さはそれほどでもない。この山に浪人や札付き、敗残兵が集まっているのは何処かの街で聞いていた。それでも解せない。


「・・・数が多する。」


 集まっていると言っても、多く見積もって精々が二百から三百程度だと考えていた。昨日までに切り倒した者達でおそらく二百程度になるだろう。集落で待ち伏せしたのだ四十。先の戦闘で斬ったのが四十。それから、逃がしたのが数十人。助けを求めた先の戦力が低いとは考えにくい。さらに百と想定すると・・・総数は四百より多い。


 小競り合いのような戦争を行っているのは東山とおやまの向こうの側にある沙流川。数年にわたり何度も戦を仕掛けている。名目は領土拡大。繰り返される戦に嫌気をさして逃げる者が後を立たないと話もある。


「それら全てがここに集まっている?」


 餓狼がろうは獣道を歩きながら頭を振る。自身の言葉に否を示したのだ。


 この東山とうやまは霊峰と呼ばれている。その名の由来は犬神が居るからだけではない。雲の上に出る程高い頂上がその諱の由来だ。頂上を目指さずに迂回して半周することもできる。だが、それだけで一月はかかる。その間に大型の獣や野盗に襲われない保証はない。ならばそんな危険を犯してまでここへ集まるだろうか。


 餓狼がろうは自身の考察の解を得る前に、木々を抜けて開けた場所に出た。


 一斉に槍の穂先が餓狼がろうへ向けられた。槍衾やりぶすまの形を取る兵。それを指揮するのは一際立派な甲冑を纏った武者。旗が上がっていないのでどこの国の兵なのかまでは分からない。


「弓兵、放て。」


 号令が響く。槍衾の向こうから一斉に矢が舞い上がる。そして、それらは一斉に落下を始めた。


 迫る矢の雨。餓狼がろうは木々の間に飛び込む。それから、すぐに弓矢の射角に入らないように身を隠した。餓狼がろうが立っていた場所付近に矢の雨が降り注ぎ、針のむしろのようになる。


「第二射、用意。」


 先と同じ声が響く。それから別の号令が響いた。


「左右から回り込んで奴を炙りだせ。」


 餓狼がろうは木の影から僅かに顔を出す。そして、号令に従った兵の動きを目で捉えた。


 動いているのは短槍を持った歩兵隊。正確な数は分からない。得物が短槍なのは、林の中での戦闘を想定した結果だ。この部隊は戦慣れしている。


 餓狼がろうが舌打ちした。


 少数を追い詰める策として罠を張られた。誘い込まれたのだ。では、こちらの選択は?逃げるか、隠れてやり過ごすか、それとも・・・。


 餓狼がろうとてこの場で死ぬ訳にはいかない。死地に身を置いているからか、鼓動がやけに大きく感じる。神経が研ぎ澄まされて行く感覚と同時にひどく喉が乾いた。


 そんな中で餓狼がろうは一つの答えを導き出してニヤリと笑った。


「ふふ・・・こんな奴等に逃げる?そんな選択をしていてはよ・・・ふふ、追いつけねぇよな、あの人には。」


 餓狼がろうが兵の眼前に飛び出した。


「推して参る。」


 叫ぶと同時に大太刀を抜き放った。漆黒の刀身が露わになる。


 この動きが指揮をとる者の虚を突いた。


 槍衾を敷く部隊に向かって駆ける。間合いに入った途端に振るわれた大太刀は、槍襖をかち上げるには十分な威力だった。槍衾の一角が崩れる。陣形にできた穴に餓狼がろうが滑り込む。


 踏み込むと同時に漆黒の一閃を放つ。両断するには至らなかった。だが、陣形を破壊する大穴を開けた。

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