第11話 死神の大太刀 什壱

 菊之助きくのすけ達は集落に留まり、それぞれの作業に従事している。主な仕事内容は二つ。盗賊の再襲撃に備えた防御柵の構築と、未だ集落の中にある骸の撤去である。


「集落内の骸の除去、完了しました。」


 部下から報告を受けた菊之助きくのすけが防御柵の構築の手を止めて立ち上がった。


「ご苦労さん。休む時間無く仕事を頼んで申し訳ないが、防御柵構築の方に加わってくれ。今は少しでも時間が惜しい。」


 部下は短い返事をして、構築の手が遅い場所の手助けに向かった。



 盗賊討伐の拠点はこの集落である。故に守りを固めておく必要がある。それに、職人達が作った武器が残っている。未だ出回っていないこの品が、新作なのか出来損ないなのかは判別できない。けれど、ここを奴らに占拠されては拠点を失うだけでなく、奴らの装備が・・・特に武器が整ってしまう。指揮を取る者としては是が非でもそれは避けたい。


 皆の頑張りのおかげで、防御柵の構築は想定より早く完成しそうだ。これで奇襲を受けても奴らの出足を遅らせることができる。


 一方で、山の捜索を命じた者達からの報告は未だ無い。


「今の持ち場を終わらせた者から休憩に入れ。何時襲撃を受けるかも分からない。各自、警戒だけは怠るなよ。」


 菊之助きくのすけが兵に指示を出した。その直後。山の一方から野鳥が一斉に飛び立った。同時に聞こえる悲鳴と打ち合う金属音。


「誰かが戦っている。この方角は・・・餓狼がろう殿だろうか。」


 菊之助きくのすけが呟く。


 昨夜見た餓狼がろうの戦闘は目に焼き付いている。漆黒の大太刀を振るう彼は人外に思える程。彼が負けるなんて想像できない。だけど、盗賊の中にも人外の者が居たなならどうだ。より強い者が相手だったなら、今戦っているのが盗賊達が策を弄して餓狼がろうを攻撃したら・・・。いくら彼であっても敗北はあり得るのではないか。


餓狼がろう殿が負けるような相手に、我らでは太刀打ちできないだろうな。彼の敗北は我らの敗北・・・悪い予感が当たらねばいいが。」


 菊之助きくのすけが状況を整理するように声に出した。


 盗賊達が組織立って動いているのならば、奴等の同時攻撃にも警戒しなければならない。


 菊之助きくのすけが命令の変更を部下に告げる。


「軽度臨戦態勢で待機に変更だ。各自持ち場に急いでくれ。ゆっくり休ませてやることができないのは悪いと思っている。だが、全ては命が合っての話だ。」


「承知しました。皆死にたくはありませんからな。」


 菊之助きくのすけが命令を下す前に部下が移動を始めていた。軽度臨戦態勢の状態はすぐに整った。後は盗賊共が現れるかどうか。


 臨戦態勢になって暫く時が流れた。未だに盗賊達が攻撃を仕掛けて来る気配はない。今は戦闘の音が途絶えている。


「警戒しすぎ・・・だったか?」


 菊之助きくのすけが呟く。山の中で何かが起こっているのは事実。だが、斥候を出す余裕はない。もどかしい、それが正直な感想である。


 茂る木々が擦れる音が聞こえた。それは戦闘音が聞こえた方角。木々の隙間に複数の人影が現れる。身を低くしているので、目で見える情報には限りがある。


 鎧を身に着けている者が居る、数名。その後に続いている者達は軽装。動きはゆっくりだ。負傷しているのだろうか・・・。


 人影の一つが手を上げた。それから手信号で身を隠すように指示を出している。それに従って、他の人影が見を隠し始める。おそらく手信号を出しているのが奴らの長。手信号には見覚えがある。


「あれは・・・。」


 菊之助きくのすけが呟いた。



 勘宝かんほうが集落を囲う柵に触れた。


「柵か。昨夜は無かった。おそらくは菊之助きくのすけ、あれの指示か。」


 この集落には菊之助きくのすけが居ると先に出会った餓狼がろうが言っていた。菊之助きくのすけの性格を考えれば分かる。柵の構築で少しでも防御を固める為だ。


 現在でこの場を仕切っているのが菊之助きくのすけなのか。それを確かめる必要がある。


 勘宝かんほうは改めて菊之助きくのすけの性格を考えた。


 予測を立てるならば、姿を表したのが俺だと確認してもすぐにが姿を見せるとは考え難い。可能性として、職人を人質に俺が斥候として使われている場合があるから。姿を見せないのはその一点を警戒しているからだろう。この場には武器がある。それが盗賊達の手に渡るのは悪手と考えるだろうからな。


 それならば後ろに隠れている職人達と兵を見せればその警戒を解くだろうか?


 その場合は、この集落が盗賊達に占拠されていた場合にこちらの危険が増す。盗賊達が弓を扱うのは確認済み。姿を見せた職人達なんて野鳥を射抜くより容易いだろう。


 この場は俺と菊之助きくのすけの会話で決着をつけるより他は無い。


 勘宝かんほうは柵を乗り越えることなく声を上げた。


「我は狗神家が家臣、勘宝かんほうだ。ここの指揮をしているのは菊之助きくのすけだろうか?姿を見せてはくれまいか。」


 そこまで大きい声ではなかった。ただ、その声は菊之助きくのすけの耳に届いたようだ。


 菊之助きくのすけが建物の陰から姿を見せた。そして、勘宝かんほうへゆっくり近寄って来る。歩みが遅いのは襲撃を警戒しているのだろう。


 菊之助きくのすけは槍の間合いの外で止まった。


「良かった、無事だったか。」


「あぁ、この通りだ。職人達を連れてここを離れていた。先に餓狼がろうと名乗る浪人と出会った。その男にお前がここに居ると聞いてな。」


 菊之助きくのすけは黙ったままだ。後ろに隠れている者達を警戒している。


「後ろに隠れているのは職人と数名の兵だ。」


「それで、餓狼がろう殿は?彼にはお願いしていたことがある。無事を確認しておきたい。それに、剛平ごうへいの姿も見えないようだ。」


「彼等には殿を務めてもらった。腕が立つから二人だから、盗賊共を蹴散らして戻ってくるだろうよ。」


「・・・そうか。」


 呟いた菊之助きくのすけが指示を出す。すると、各建物の陰から兵達が姿を見る。それを見た勘宝かんほうも手信号で指示を出した。今度は木々の中から職人と数人の兵が姿を見せる。


 菊之助きくのすけの警戒が多少緩んだ。



 全員が柵の中へ入った時、森の探索へ行っていた二つの部隊が帰ってきた。


「こちらは何も見つけることができませんでした。」


「こちらも同様に・・・。」


 報告を受け終えると、今度は剛平ごうへいが戻ってきた。一人だけ。餓狼がろうの姿はない。


餓狼がろう殿はどうした。」


 勘宝かんほうの問いに対して、すぐに剛平ごうへいは返答した。


「俺に合流するように言って、彼は一人で盗賊達を追った。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る