第2話 高林真と剣先茜(2)

「高林、明日提出の『土木実験1』のレポート、手伝ってくれないか?」

「え? お前、まだやってないのか?」

「俺、もうどうしていいか分からないんだ……」


「あんなの実験データをグラフにプロットして各プロット点を通る近似曲線を求めて、その上に理論曲線を重ね、理論値との誤差が許容範囲内にあることを確認したらいいだけだろ。もし許容範囲内に収まらない場合はそれに対する考察を考えなくてはいかんことになるが、俺が計算した限り問題はないことが確認できた。お前も俺と同じデータを使ってるんだから同じ結論に達しないとおかしいだろう?」


「分かってるよ、そんなことは! でも俺が書いた近似曲線は理論曲線と全然違ってて……」

「そんな訳あるか! お前のレポート見せて見ろ!」

 剣先がカバンからレポートを取り出して俺に差し出してきた。


「……? おい、お前、なんでグラフが手書きなんだ?」

「なんでって……」

「お前、あの膨大な実験データを1つづづグラフ用紙にプロットしたのか?」

「あたりまえだろ! 他にどうしろって言うんだよ!」

 おれは呆れた。剣先は体中から疲労感を漂わせてすっかり萎れている。

 

「それ、たぶんプロットした座標が間違ってるんだと思うんだ。でもさ3日も徹夜でやったんだぜ、あんな膨大なデータ…… 途中から意識が朦朧としてきて自分で何やってるのか分からなくなってさ……」

 そりゃそうだろうな、手作業で処理できるようなボリュームじゃない。剣先も涙目になっている。よく見ると目の下に隈らしきものが見られる。あの膨大なデータをグラフ用紙に1つづつプロットするって何の罰ゲームだよって話だ。


「もう一回やり直してる時間もないし……」


 俯いていた剣先が上目使いに俺を見ている。


「もう高林しか頼れる人がいないんだよ……」


 俺は「もしや!」と思って単刀直入に聞いてみた。


「お前、パソコンって知ってるか?」


「それくらい知ってるよ! 俺をバカにしてんのか?」


 いつもならここで殴られてるな。俺も剣先と話をするときは機嫌を損ねないように細心の注意で言葉を選ぶ。でも今の剣先に俺を殴ることはできない。なぜなら俺の機嫌を損ねたら自分が終わることを知っているからだ。ああ、普通に話せる。会話が楽だ。


「大学からのお知らせだって、講義の休校連絡とか講義室の変更とかも全部パソコンで見てるし。講座の受講申請だってパソコンでやったし。YouTuVeとかAmagonプライム見るのだってパソコンだし!」


 どや顔をする剣先。そうか、ならば答えは簡単だ。

 

「よし、ではこれ食ったらお前の家に行くぞ」

「え? でも…… 俺の家なんか来てもしょうがなくないか?」

「俺がお前に、これから工学部で生きて行く術(すべ)を教えてやる!」

「ええ? まじか! 神よ!!!」

 剣先は目をきらきら輝かせて俺を見つめた。

 俺は注文したクラブハウスサンドセット(クラブハウスサンド、サラダ、コーヒー付き)を平らげ、約束通り料金を剣先に払わせると剣先の住むアパートに向かった。

 


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