第4話 肯定
――――油断していた。その巨体故にただの一つの行動にすら予備動作が必要となると。
「がはぁ!?」
肺の中の空気が絞り出される。視界が回る。口から暖かい何かが飛び出る。
錐揉みに地面を転がる。
視界が赤く染まる。
土煙とともにしばらく転がり続け、しばらくしてやっと建物の壁に当たって止まることを許された。
打ち付けられた衝撃で左腕と背中が痛い。
包丁は途中まで刺さって脇腹に振り下ろした手と反対の手の拳をもろに食らった。
その瞬間に手の中に残っていたのは壊れた柄の部分だった。
吹きとばされた衝撃で右手も痺れて動かない。これでは攻撃に移れない、いや、そもそもの対抗手段がない。
ここで終わりだ。この後私はその巨大な腕に潰されることだろう。
「あああぁああぁぁぁああ!!!!!」
立ち上がり、勢いのまま走り出す。動かなければならない。
素材が足りていなくとも、十分なスペックが用意されていなくとも、
痛覚の遮断システムがなかろうと。目の前の存在が勝てなくとも。
私がこの世界を、
その責任が、目標への執着が私を突き動かす。
今までに感じたことのない高揚感が体を支配する。同時に自分は今、生物としての本能で動いていることを残りの理性で自覚する。
「――――ッ!?」
バックからまばゆい光が漏れだすとともに、自分の腕が光り出す。
優しい日の光が包み込むようにすべてを照らす。
痛みが引いていくのがわかる。傷はもう消えていた。頭の中は澄み渡っている。
落ち着いて相手を見据える。腕を引き戻し、完全に体制を整え、こちらを見ている。
今更逃げる選択肢はない。目を閉じる。
確証はないが、さっき体を治した時の感覚。そしてあの小人に襲われた時の感覚を思い出す。
手のひらに意識を集中させる。イメージするのは、今私に必要なもの。その
しかとそれを掴み、構えをとる。
足に力を込める。さっきまでとは違う、体の軽さが、肩の軽さがその身を前へと押し出す。
刹那、地面が爆ぜた。その巨体めがけて一つの青い影が突き進む。
足に突き刺さっている根本から折れた刃に向けて剣を突き出す。
紫電を纏って閃光のように光の尾を引きながら剣先がその足に食い込む。
「貫けえぇぇぇぇえええぇぇえぇ!!!!」
「「ガキン!!!」」
膝の関節にヒビが入る。
同時にその切っ先がヒビを広げてその金属の肢体を貫く。
勢いのまま反対側まで突き進む。
漆黒の破片を散らし、さらに直接攻撃していない周囲の装甲までもが弾け飛ぶ。
紫電が尾を引いて、プラズマのように進んだ跡の地面を焼いている。
すかさず足を止め、体をひねって反転する。
「ガシャッッッン!!!」
支えを失った白銀の巨人が地面に倒れ伏す。
だがその眼はまだ一寸の狂いもなくこちらを覗いている。
体よりも後ろにある刀身を引き上げるように手で保持し、その頭部めがけて飛んでいく。片足を失った衝撃で体が揺らぎ、支えをなくしたその体は地面に向けて落ちていく。
地面のはるか上にあった頭部は手が届くほどの位置までに下がってきている。
一切止まらずに地面を蹴り上げる。
空中で視線が交差する。
その首めがけて、いま、腕の中の刀を振りぬく。
相手の頭部2つ分はあろうかというその青紫色の刀身が金属特有のきしむ音を超えてめり込む。
意思を持った無数の蛇のように乱れ咲く閃光とともに接触部をプラズマが焼きながら奥へ奥へと食い込んでいく。
「はあああああぁあぁぁっぁぁぁああぁぁああ!!!」
「バキンッッ!!」
ひときわ大きな破砕音とともに、その巨体が糸が切れたかのように地面に崩れ落ちる。
刀を振りぬき前に飛び出したとともに、そのままの姿勢で着地する。
しばらく刀を前に向けたまま硬直した体を、ゆっくり元に戻し、振り返る。
あそこまでの限界を超えた行動をしたのだ。通常なら金属を真っ向からたたき切る、それも2回も同じ事をしようものなら―――そもそもできないが、明らか体への負担は計り知れない。
体を傷つけないように慎重に、慎重に、、、
「―――えっ?」
ない。全くない。本来あるはずの痛みが。
慌てて体を確認する。その肢体のどこにもこれといって目立った傷の一つもない。
「何が、起きてる、、、?」
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