第28話

今日も何もない一日がはじまる。


 オデットにとって、朝のまどろみも暇つぶしのひとつなのだ。できれば邪魔をしないで欲しい。そう願いながら、夢の世界に戻ろうとすると、毛布が引きはがされ眩しさに目がくらむ。


「オデット、起きてください」


 いつもならそっと出て行くはずのユリウスが、オデットを起こそうとしていた。


「…………眠い」

「今日は予定があります。起きてください。外に出かけます」

「予定?」


 新鮮な響きに、否応にも目が覚めていく。外へ出るということは、当然ユリウスも一緒だ。いつもと違う退屈ではない何かがあるのかと、つい期待してしまう。

 しかし、ユリウスの曇った顔をみれば、そうではないとよく分かる。


「オデット、これを」


 ユリウスが差し出してきたのは、黒い布だった。女性物のドレスだ。広げてみると、ほとんど露出のない弔いのためのドレスだとわかる。 


「今日、お父上の葬礼を執り行います」


 誰が? なんのために? すぐに意図がわからず訝しんだオデットに、ユリウスは言う。


「マクシミリアン王は死者を冒涜するようなお方ではありませんから」

「いかない……」

「オデットなぜあなたはいつもそうやって……」


 駄々をこねているだけのように扱われ、オデットはかっとなる。


「あの男は都合のいい時だけ皇女を利用するのか? 見世物になる気はない」


 敵対していた相手を丁寧に葬り、その場に皇女としてオデットを参列させたら、クナイシュの民は寛大な新たな支配者を評価するだろう。

 皇女の身分を剥奪しておいて、勝手すぎる。


「違います!」

「何が違う?」

「葬儀は王と私たちと、幾人かの必要な最低限の人数でひっそりと行います」

「だが……」

「行かねば、きっと後悔しますよ」


 悔しいほどの正論で諭され、オデットは仕方なくそのドレスを受け取った。



 軽く朝食を食べたあと、ユリウスは部屋にハンナを呼びつけた。オデットの髪と服を整えるためだ。


 ユリウスはハンナとオデットの関係について、どちらにも何かを命じたことはなかったので、お互い歩み寄れないままだった。

 それが今日は命じる形になってしまった。さぞ嫌な顔をするかと身構えたが、ハンナはあっさりと承諾した。


「どんな髪型がよろしいんですか?」


 嫌味のひとつも言わなければ、髪を梳く手つきも優しい。


「邪魔にならなければなんでもいい。……その、お願い……します」


 ぎこちなく、消え入る声で、オデットはその言葉をなんとか口にした。

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