第26話

ジベールとサンドラが帰って行く様子を、オデットは彼らが来た時と同じように窓から眺めていた。

 箱馬車が遠ざかり、完全に見えなくなるとほっと息をついた。

 何もすることがないオデットが、そのまま窓の外を眺めていると、部屋の扉が静かに開く。


 まだ日も高い時間だったので、てっきりユリウスも彼らと仕事に向かったのかと勘違いしていたが、家にとどまっていたらしい。


 ユリウスは無言で部屋に入ると、そこから何も言葉を発しない。

 用がないのならわざわざ来なければよいものを。ガラスに映るユリウスの視線が重たかった。


「……よかったのではないか?」


 オデットは窓の外に視線を向けたまま口を開いた。


「お前の主人に言えば、この婚姻は無効になるだろう」


 妻として何ひとつ役に立たないことが判明したのだ。たとえ便宜的なものであっても、押し付けられた妻だとしても、文句を言って無効にしてもらえばいいだろう。


「いいえ、約束を違えるわけにはいきません」

「忠義に厚いことだ」


 振り向くと、ユリウスはなぜか傷ついた表情を見せる。


「私を恨んでいらっしゃる?」

「なぜそのような当たり前のことを聞く」

「恨んでらっしゃるなら、一緒にいるべきです。あなたは私に永遠の苦しみを与えることができる」


 オデットの胸も苦しい。お互いが苦しいのにどうして一緒にいなければならないのだろう。


「触れても?」


 すっと近づいてきたユリウスが伸ばしてきた手を、オデットはかろうじて制した。


「許すわけ、ないだろう」

「そうでした、許可は必要ないですね。あなたはもう私のものなのだから」


 意思など必要としないただの所有物のように言いながら、オデットの頬を包み込む手はどこまでも温かく、優しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る