サレ妻のカウントダウン〜夫と愛人に地獄を見せるまで〜

ソコニ

第1話 発覚



麻美が携帯電話を手に取ったとき、時計は深夜の2時18分を指していた。隣では夫の善一が、仰向けで規則正しい寝息を立てている。彼がこんなに熟睡しているのは珍しかった。いつもなら麻美が少し動いただけでも目を覚ます善一だが、今夜は違う。ベッドから這い出ても、足音を立てても、まったく反応しない。


「随分と疲れてるのね」


麻美は小さく呟いた。善一は今日も遅くまで仕事だと言って帰ってこなかった。最近そんな日が増えている。結婚10年目、お互い38歳。子どもはいない。でも二人の生活は、少なくとも麻美にとっては幸せだった。


リビングに出て、麻美はキッチンカウンターに置かれた善一のスーツジャケットに目をやった。いつもなら彼はきちんとハンガーに掛けるのに、今日は珍しく乱雑に放り投げられていた。


「本当に疲れてたのね」


同情とともに、ふと麻美の脳裏に不安がよぎった。夫の様子がおかしい。それは今日に始まったことではない。ここ数ヶ月、彼は少しずつ変わっていた。帰宅時間が遅くなり、週末も仕事と称して出かけることが増えた。そして何より、彼の目が麻美を見る時、以前のような輝きがなくなっていた。


麻美は善一のジャケットを手に取った。ハンガーに掛けようとしたとき、内ポケットから何かが落ちた。ホテルのカードキー。


「なぜ…?」


麻美の手が震えた。カードキーには「シティホテル丸の内」と印字されている。善一の会社からは遠い場所だ。仕事で使うようなホテルではない。


呼吸が浅くなるのを感じながら、麻美はジャケットの他のポケットも調べた。レシートが一枚。イタリアンレストラン「ヴィータ」での夕食代。2名分で32,800円。日付は今日。麻美は善一とそのレストランに行ったことがない。


この証拠だけでは、まだ何も確定はしない。そう自分に言い聞かせようとしたが、体は勝手に動いていた。麻美は善一の携帯電話を探した。リビングテーブルの上。パスコードは麻美の誕生日。これだけは変わっていなかった。


画面を開くと、LINEの通知がいくつか表示されていた。上から三番目に「愛美」という名前。愛美?誰だ?


指が震える。麻美はそのトークルームを開いた。


「今日もありがとう。あなたの温もりがまだ残ってる」


送信時刻は1時間前。その前の会話も読んだ。二人の関係は明らかだった。善一と愛美は不倫関係にある。そして今夜、ホテルに泊まったのだ。


麻美は携帯を置き、キッチンの椅子に座り込んだ。胸が締め付けられるような痛みに、呼吸が苦しくなる。十年間の結婚生活。二人で積み重ねてきた毎日。それが一瞬で崩れていく感覚。


涙が頬を伝った。でも、それは悲しみの涙だけではなかった。怒りも混じっている。裏切られた怒り。騙されていた屈辱。


「こんなことで終わらせない」


麻美は自分でも驚くほど冷静な声で呟いた。彼女は立ち上がり、キッチンの引き出しから小さなノートを取り出した。そこに日付と「発覚」という一文字を書き、続けて知り得た情報を全て記録した。


愛美——名前

ヴィータ——会う場所

シティホテル丸の内——関係を持つ場所


これが始まりだ。麻美は深呼吸した。泣き寝入りするつもりはない。夫と愛人に報いを受けさせる。でも、単純な仕返しではない。彼らを法的にも社会的にも追い詰め、二度と幸せになれないようにする。そのために必要な情報を集め、完璧な計画を立てる。


翌朝、麻美は普段通りに朝食を作り、善一を見送った。彼は何も気づいていない様子だった。別れ際のキスも、いつも通り。その偽りの親密さに、麻美は内心で冷笑した。


「行ってらっしゃい」


笑顔で手を振る麻美。表情からは昨夜の出来事を知っているとは全く分からない。善一が見えなくなると同時に、彼女の表情から笑みが消えた。


麻美はリビングに戻り、携帯電話を手に取った。昨夜のうちに、夫の携帯からLINEの会話をすべてスクリーンショットで保存しておいた。証拠として必要になる。


電話帳を開き、大学時代の友人・香織の番号を探した。香織は弁護士事務所を開業している。何年も連絡を取っていなかったが、今は彼女の力が必要だった。


「もしもし、香織?麻美よ。...うん、久しぶり。今日、時間ある?少し相談があるの。...うん、大事な話なの」


麻美は電話を切ると、クローゼットから服を選び始めた。いつもより少し気合いを入れたスタイル。そして鏡の前に立ち、自分自身に言い聞かせるように言った。


「さあ、カウントダウンの始まりよ」


---


香織のオフィスは都心の高層ビルの一室にあった。シンプルだが洗練されたインテリアは、彼女の性格そのものだ。


「久しぶり、麻美。相変わらず綺麗ね」


香織は温かく麻美を迎えた。大学時代からの友人だが、二人の道は卒業後に分かれた。麻美は一般企業に就職し、後に善一と結婚。香織は法科大学院に進み、今では離婚問題を専門とする弁護士になっていた。


「ありがとう。あなたも相変わらずパワフルね」


二人は短い近況報告を交わした後、麻美は本題に入った。携帯を取り出し、昨夜発見した証拠を香織に見せる。愛人とのLINEのスクリーンショット、ホテルのカードキー(写真だけ)、レストランのレシート。


香織は黙って全てに目を通した後、深いため息をついた。


「典型的なケースね。でも、証拠としては十分じゃない。彼の不倫を完全に立証するには、もっと必要よ」


「何が必要?」


「愛人の素性。彼女が既婚者かどうか。彼らの関係がいつから始まったのか。どれくらいの頻度で会っているのか。金銭的な援助があるのか。これらの情報があれば、慰謝料請求の際に有利になる」


麻美は無言でうなずいた。


「それと」香織は続けた。「あなたは何をしたいの?単に離婚して慰謝料をもらいたいの?それとも…」


「彼らを破滅させたい」


麻美の声は冷たく、決意に満ちていた。香織は少し驚いたように麻美を見つめた。


「破滅?」


「そう。法的に可能な範囲で最大限のダメージを与えたい。彼らが二度と幸せになれないように」


香織は少し考えた後、麻美の目をまっすぐ見た。


「法的に可能な範囲であれば、私はあなたを助けることができる。でも、違法なことはダメよ。それは約束して」


「もちろん。私は法律の範囲内で彼らを追い詰めるつもりよ」


香織はうなずき、デスクから一枚の紙を取り出した。


「では、まず情報収集から始めましょう。この探偵事務所を紹介するわ。信頼できる人たちよ。彼らに愛人の素性を調べてもらいましょう」


麻美は紙を受け取った。「桜木探偵事務所」と書かれている。


「並行して、あなたも情報を集めて。夫の通話記録、カードの利用明細、出張の予定など。でも、絶対に気づかれないように」


「わかった」


二人は詳細な計画を立て始めた。麻美は香織の助言に従い、必要な情報を集めるためのリストを作った。そして、最も重要なことを尋ねた。


「復讐のために、どれくらいの時間があると思う?」


香織は暦を見た。


「今日から計算して、ちょうど30日後に最終的な行動を起こすのがいいわ。その間に証拠を固め、彼らの弱点を見つけ出す。30日間のカウントダウンよ」


「30日」麻美は反復した。「彼らの地獄までのカウントダウンね」


香織のオフィスを出た麻美は、空を見上げた。雲一つない青空。こんな晴れた日に、自分の人生が大きく変わろうとしているなんて。


携帯が鳴った。善一からのメッセージ。


「今日も遅くなる。食事はいらない」


麻美は冷笑を浮かべながら返信した。


「わかったわ。気をつけて」


そしてつぶやいた。


「カウントダウン29日目。覚悟しなさい、善一」


麻美は桜木探偵事務所に向かって歩き始めた。彼女の目には決意の光が宿っていた。これは終わりではなく、新たな始まり。復讐という名の始まり。


---


麻美が桜木探偵事務所に到着したのは午後3時過ぎだった。事務所は雑居ビルの5階にあり、決して派手ではないが清潔感のある場所だった。


「桜木です。香織さんからご紹介いただきました」


応対したのは50代前半と思われる男性。穏やかな表情だが、鋭い目をしている。


「西村麻美です。よろしくお願いします」


麻美は簡潔に状況を説明した。夫の不倫、愛人の名前(おそらく愛美)、ホテルの情報。桜木は黙ってメモを取りながら聞いていた。


「基本的な調査であれば、1週間程度で結果が出ると思います。費用は…」


桜木は見積もりを出した。決して安くはない金額だったが、麻美は迷わず契約書にサインした。復讐のためなら、この程度の出費は惜しくなかった。


「一つ質問があります」麻美は桜木を見つめた。「愛人の勤務先や家族構成なども調べていただけますか?」


「もちろん。ですが、その情報をどう使われるかによっては…」


「法的な範囲内で使います。ただ、彼女にも家族がいるなら、その家族も真実を知る権利があると思うのです」


桜木は麻美の決意を感じ取ったのか、静かにうなずいた。


「了解しました。できる限りの情報を集めます」


麻美は事務所を後にし、次の目的地へと向かった。夫が働く会社の近くにある喫茶店。ここで彼女は別の情報収集を始めるつもりだった。


喫茶店からは善一のオフィスビルが見える。麻美はコーヒーを注文し、窓際の席に座った。午後5時半。そろそろ社員が帰り始める時間だ。


待つこと30分。麻美は善一の姿を見つけた。しかし彼は一人ではなかった。若い女性と一緒に歩いている。その女性は美しかった。身長170センチほど。長い黒髪。洗練された服装。年齢は30歳前後だろうか。


麻美は思わず息を呑んだ。これが「愛美」なのか。彼女はスマートフォンを取り出し、さりげなく二人の写真を撮った。


二人は駅とは反対方向に歩いていく。麻美は距離を置いて後をつけた。彼らはレストランに入った。同じ「ヴィータ」ではなく、別の店だ。


麻美はレストランの前で立ち止まった。中に入るべきか迷ったが、見つかるリスクは避けたほうがいい。今は証拠集めの段階だ。感情に任せて行動するのはまだ早い。


家に帰りながら、麻美は今日の出来事を整理した。夫の不倫は確実だ。愛人らしき女性の姿も確認できた。次は桜木探偵事務所からの報告を待つ。そして自分でも情報を集め続ける。


帰宅すると、麻美は善一のデスクを調べた。彼のパソコンはパスワードがかかっているが、パスワードは二人の結婚記念日だと知っていた。ログインすると、メールやファイルを確認。仕事関連の資料が多いが、個人的なメールも見つかった。


「愛美」からのメールを発見。最初のメールは約4ヶ月前。麻美の中で何かが壊れていく音がした。4ヶ月前といえば、二人の10周年記念日の直後だ。あの日、善一は麻美に高級ディナーをプレゼントし、「これからもずっと一緒にいよう」と約束した。その直後から浮気が始まっていたなんて。


麻美は全てのメールを印刷し、証拠として保管した。涙が止まらなかったが、それでも彼女は冷静さを失わなかった。これは感情で動く問題ではない。戦略的に、計画的に進める必要がある。


夜遅く、善一が帰宅した。彼は少し酔っているようだった。


「ただいま」


「おかえり。食事は?」


「食べてきた」


麻美は表情を変えず、いつも通りに応対した。善一は特に違和感も感じていない様子で、シャワーを浴びに行った。


一人残された麻美は、小さなノートを取り出した。


「カウントダウン29日目、終了」と書き込み、続けて今日得た情報を記録した。そして最後に、「愛美、あなたも善一も、このカウントダウンが終わる頃には後悔することになるわ」と綴った。


麻美のカウントダウンは、確実に進み始めていた。




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