コックローチの人生記~実家のGに転生した兄と仲間たちの日々~

白座黒石

序章:死亡と転生

Page1:死亡と転生

 俺は、会社からの帰り道で自転車をこいでいた。もう日は落ちて、あたりは暗くなっている。車の通りもほとんどない。


 俺の名前は塩野えんの阿翔あと。とある会社で働いている25歳の会社員だ。


 そこで、俺は横断歩道に差し掛かる。車が来ていないのを確認して、俺は横断歩道を渡り始めた。


 その時、超高速の大型トラックがやってきた。トラックの運転手は、自転車がいることに気づいたのかブレーキを踏んだようだ。しかし、ブレーキを踏んだのは横断歩道からほんの10m前。停止が間に合うはずもなかった。


 俺とトラックが接触する。俺は、道路に倒れ込んだ。急な転倒で立ち上がれない俺に、まだ停止できていないトラックが迫ってきて―――。


 俺の意識は闇に飲み込まれた。



◇◇◇




 真っ暗な闇の中。俺は、目を開け―――ってあれ、開かない? まぶたが何かに抑えられている? いや、瞼がないのか?


 瞼がないとか信じられないが、目を強制的に閉じられているという感覚はない  し、もしかしたら瞼がない説は高いかもしれない。となると、真っ暗なのは目を閉じているからじゃなくて、ただ単に暗いだけか。


 それにしても、なんかキツい。全身が弾力を持つむにょむにょしたもので押し返されている気がする。てか、なんか周りにある押してくる物体、動いてね? 真っ暗なせいで正体はよくわからないが、生き物のような気がするな。


 そもそも、俺はなぜこんなことにいるんだ? 会社の帰り道に、トラックにひかれて……。つまり、俺は死んだはず。となると、ここは地獄か天国だろうか? 真っ暗だし、たぶん地獄だな。


 あー、なんかすっごくきつい。いつこの状態から解放されるのだろうか。手足は動かせないし、自分でどうにかするのは不可能そうだ。


 そう思っていると、不意に視界が薄ぼんやりと明るくなった。


 けど、何も見えない。視界がぼやけている。見えなくもないが、コンタクトレンズを外した時のような見え具合だ。俺の裸眼視力が0.1くらいだから、今の視力もそれぐらいだということだろうか。


 いつの間にかむにょむにょした物体からの圧迫が消えていた。代わりに、何か固いところに投げ出されたのを感じる。


 そこで、むにょむにょの圧迫が無くなった代わりに、今度は寝袋のようなものにきつく包まれている事に気づいた。かなりきつい。超ぴちぴちのTシャツを着ている気分だ。


 やっと圧力感が消えたと思ったら、またなんかぴちぴちできつい状態になってしまった。俺は、どうにかならないかと、体を動かしてみる。


 すると、ピリリという小さな音と共に、何かが裂ける音がした。それと共に、圧迫感が消える。どうやら、俺を包んでいたのは薄い膜だったらしい。


 俺は、薄い膜からはい出そうと、手足を動かそうとする。だが、そこで違和感に気づいた。動かしている手足の数と指の感覚が明らかに前と違う。


 …手足、4本じゃないな。6本ある。 あと、指もない。


 足が六本で指がない。つまり、今の俺は人間の形をしていないということだ。そして、足が六本というと、いやでも昆虫という単語が頭の中に浮かび上がってくる。


 俺は、自分の前足を見下ろした。

その腕は、白く透き通っていて、おまけに外骨格で覆われていて……。


 その時、俺の隣で何かが動く気配を感じた。俺は、体の向きを横に変え、それを見る。


 長い触覚。六本の足。小さな頭と胸部分、そして長い腹。そいつが、薄暗いフローリングの床の上で、かさかさとい回っている。


 周りを見ると、同じようなのがあと20匹ほどいた。状況からすると、きっと俺も同じような姿なのだろう。


 俺は、直感的に思った。この周りにいる虫たちは、Gゴキブリなのだと。


 そして俺は、そのうちの一匹として生まれ変わってしまったのだ、と。


……いや、でもよく考えたら違うんじゃね? だって白いし、G以外にも家に住み着く虫はいるし。これだけで判断するには早計過ぎる。


 まあ、俺は以外のG以外可能性のある虫は知らないけど。たぶん今思ってるのが正しいんだろうな。認めたくはないけど。


 とりあえず、俺はGに転生してしまったということにしておこう。俺はゴキブリ。……自分で言ってて悲しくなってくるな。


 まあ、これで自分が何者なのか一応断定することはできた。となると、次はこの場所の状況確認だな。


 俺は、あたりを見回す。

 床はフローリング。ところどころ埃が落ちている。そして、三方には壁。壁がない残り一方から、ぼんやりとした明かりがさし込んできている。


 俺は、壁のない残りの一方に歩みを進めた。とたん、光の洪水がおれを襲う。


 うわっ、そうか、Gは夜行性だから明るいところが苦手なのか。だから人がいる時間帯はあんま出てこないんだ。これがゴキブリの気持ちか~。まさかゴキブリの気持ちを理解する時が来るなんて思ってなかった。


 そんなことを思っているうちに、白に溢れる視界もだんだん落ち着いてくる。俺は、左右を見回した。


 視界に入るのは、白い箱のようなものや、銀色で横に太い円柱状の物体なんかだ。ただ、視力が弱いせいで、はっきり見ることができない。だから、それが何なのか想像で保管する必要がある。


 白い箱の真ん中に黒い資格が見えるのは、電子レンジかな? となると、銀色の円柱状の物体は鍋だろうか?

 調理器具があることから考えるに、ここはキッチンだと思われる。


 俺は、さらに前に進んで、うしろを振り返る。

 俺のうしろには、白くて大きな直方体があった。その高さは2メートル近いだろう。この大きさのもので、キッチンにあるものと言えば、冷蔵庫だな。

 状況を鑑みるに、俺はさっきまで冷蔵庫の隙間にいたのだ。


 とりあえず、状況は確認できた。いったん冷蔵庫の隙間に戻ろう。

 そう思い、俺はさっきの場所に戻ろうとする。


 その時、ドスン、ドスンと床が振動しているのを感じた。おそらく人間の足音だ。

見つかるとどうなるかわからないから、とにかく元の場所に戻ろう! そう思って俺はダッシュで戻ろうとする。だが、時すでに遅しだった。


「あ、虫だ!」


 女性の声が聞こえる。うしろを向いているので正確にはわからないが、恐らくすぐ近くで俺を見ている。俺は、思わず足を止めた。


「お父さん、なんか小っちゃくて透明な虫がいるよ。追い払って!」


 ふと、俺は思おう。なんかこの声聞いたことあるんじゃね、と。いやでも、気のせいに違いない。きっとそうだ。でも、もしかしたら?

 俺は後ろを振り返り、声の主を見る。


 やっぱりぼやけていて細部までは見えない。でも、この人物はよく見覚えがあった。

 信じたくはないが、俺の妹だ。顔の輪郭、上方、着ている服のすべてが、俺の可愛い妹に酷似している。


 そんなことを思っていると、もう一人人物がやってきた。50代くらいの男性だ。この顔にも見覚えがあった。

 その男性は、俺を見て言う。

「確かにこれは何かの虫だな。でも、追い払うのもかわいそうだし、ほっとこう」


 マジかよ……。親父じゃねーか。まさか、この家って……。


「えー?でも不衛生だよ?」

「でもまだ小さいじゃないか。かわいそうだよ」

「……そんなに言うなら、仕方ないなあ」


 そうして、二人は去っていく。俺は、心の中で「ナイスおやじ」と感謝した。親父は昔から生物を大切にしているし、今回もそれが原因で見逃してくれたんだろうな。


 そして、俺は認めたくない現実を知ってしまった。


 一つは、ゴキブリ(仮)として転生してしまったこと。

 二つ目は、自分の実家に転生してしまったこと。しかもGとして。


  俺は、あまりの状況に叫びたい気分だった。

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