第一章:幼齢期

Page2:キングとの対話

  俺は、自分の家のゴキブリに転生してしまったことを認識してしまった。だが、そんなことでうじうじしていても、なってしまったものは仕方がないので、俺はひとまず冷蔵庫の隙間に帰る。


 冷蔵庫の隙間に戻ると、俺と同じように膜から抜け出した奴らのうち何匹かが何かを食べていた。何かと思ってよく見ると、それはさっきまで俺たちを覆っていた膜だ。


 そう言えば、モンシロチョウの幼虫も、確か自分の卵の殻を食べるんだっけな。ゴキブリもおんなじことするのか。


 そう思うと、なんかおなかがすいてきた。だから他のヤツらも孵化して早々食事してるんだろうな。


 よし、じゃあ俺も食べるとするか。そう思い、俺は自分を覆っていた膜を探す。だが、そんなものは影もかけらも見当たらない。


 あれえ? どっかにやった覚えもないし、もしかして食べられちゃったのかな?

 と、その時。俺の頭の中に声が響いた。


『はーッはッはッ! お前の膜はこの俺様が食べてやったぞ! 与えられた飯も食わずにほっつき歩いてる阿呆おまえのをな!』


 あなた、どなたですか? なんか男性の声に聞こえる気がするな。

 俺は、声の発信源を探してあたりを見回す。


『はぁ? お前には耳もないのか? 俺様はこっちだよ、こっち!』


 そう言われて、俺は何となく右を向く。そこには、ひときわ大きな幼虫兄弟がいた。


 なんかよくわからないが、かなりでかい。それと、他のヤツらのうち飯を食っていないヤツがそいつを恨めしそうに見ている気がする。

 

 あ、そうか、こいつはほかのヤツの膜も食ってるのか。だから体がやたらでかいんだな。


 でかい幼虫は、俺を嘲るように見る。まあ、雰囲気が見下している感じっていうか。虫だから実際の表情は分かんないけど。

 幼虫が、再び呼びかける。


『俺様の名前はキングだ。お前の名前は?』


 名前と言われましても、今のGの俺に名前なんてないよ? あるのは人間の頃の名前だけ。

 仕方なく、俺は適当に答える。


『俺の名前はアトだ』


 それを聞いたキングは、興味のなさそうな顔をする。なんだよ、人に聞いといて興味ないとか失礼すぎるだろ。

 俺は、そんな怒りを抑えつつ問いかける。


『それで、一体俺に話しかけてきて何の用だ、キング?』

『俺様のことはキング様と呼べ。それと、お前に命令する。俺様のために食料を持ってこい』

『はあ?』


  思わず素で聞き返してしまった。いや、だってねえ? いきなり相手から偉そうに命令されるなんて、思っても見なかったよ。


『持って来いって言われてもさあ。別に俺はお前の使用人じゃないわけだし』

『しようにん……?』


 キングの思考が一時停止したようだった。もしかして、使用人という言葉の意味が分からないのか?


 そこで俺は気づく。

 キングこいつ、よく考えてみれば生まれたばっかりじゃん。


 だって、こいつは俺と同じように、数分前に孵化したばかりなのだ。人間に例えるならば、生まれたばかりの赤ちゃんである。赤ちゃんが、難しい単語など知っている訳がない。というか、そもそも言葉が理解できない。

 むしろ、こんな風に喋って?いることすらすごいことではある。


 ただ、こいつが俺と同じように元人間だった可能性はある。そしたらここまで流暢に喋っていることに説明がつかなくもない。


『お前、もともと人間だったりするか?』

『人間だと? あんな種族と俺が同じわけないだろう? お前の目は節穴か?』


 ちょっとイラっと来たが、知りたい答えは得られた。キングは元人間ではない。正真正銘のGだ。

 つまり、こいつは赤ちゃんのガキ大将みたいなもの。赤ちゃんたちの中で最もでかいから、威張り散らして赤ちゃんたちの頂点に立っている。


 しかし、いくら体格が良くても俺には大きな武器がある。それは、25年過ごしてきた俺の知恵だ。それがあれば、俺はキングと対等になれる。


 子供相手なら、理論で納得させて食料調達をさせられるのを回避できる自信がある。ただ、急に怒り出してキングが襲ってきたら即アウトなので、できるだけ相手の感情は刺激しないようにするつもりだ。



 俺はキングに呼びかける。


『キング、もう一度言うが、お前のために食料を持ってくることは拒む。だって、俺はお前に匹敵する力を持っているからな』

『ふっ、大きな俺様におまえが叶うほどの力などあるはずが———』

『力って言っても物理的な力の大きさじゃない。知恵だよ』


 そういう俺を、キングが鼻で笑う。


『知恵なんてあって何の役に立つんだ?逃げたり生き残ったりするのには役に立たないだろう?』

『いや、役に立つさ。例えば、逃げる時の方法だがな、直線的に逃げるよりもジグザグに逃げたほうが捕まる確率は低くなるぞ』


 これは、アクション映画で見たやつだ。銃で狙われている時、逃げる側はジグザグに逃げる。すると、スナイパーはうまく照準を合わせられなくなり、銃弾が当たる確率が低くなる。これは、Gがハリセンから逃げる場合も同じだ。


 反論することができないのか、キングは悔しそうな顔をする。俺は、さらに追い打ちをかける。


『それに、知識は生き残るのにも役に立つ。俺たちをやっつけるための毒が仕掛けられていて、それを食うと死ぬんだ。黒とか茶色の容器に入ってることが多いな。俺はそういう毒に関する知識には詳しいぞ』


 製薬会社の社員だったからな。直接開発に携わる部署ではなかったとはいえ、多少の知識はある。

 キングは反論しない。その瞳にはわずかに尊敬の色が浮かんでいる。キングは、少しの沈黙の後に問いかけた。


『お前は、これ以外にもいろんな知識を持ってるのか?』

『ああ。これ以外にも、知っていることはいろいろある』


 それを聞いたキングは、考え込む。やがて、意を決したように言った。


『よし、決めた。アト、俺の右腕になれ。もちろん俺のために食料をとってこいとは言わない。食料は他の奴らにとってこさせてやる』


 キングは、「頼む」と言わんばかりに俺を見つめている。


 だがなあ……。

 俺は、キングを恨めしそうに見ている奴らを眺める。不意に、そのうちの一人と目が合った。そいつは、キングの右腕として認められた俺のことも恨めしそうに見る。


 やっぱり、平和的なコミュニティーを作っていくためには、キングと俺だけが上に立つんじゃだめだよな。みんなが幸せに平和的に暮らすには、皆が対等な関係でないといけない。

 すると、そうなったら食料だってみんなが均一に分配されなければならない。俺の目指すところは、ある意味では社会主義のような社会だろうか。

 俺は、キングに言う。


『お前の右腕になることは断る』

『ッ』

『俺は、少数で牛耳るのは好きじゃないんだ。俺は、お前のためだけじゃなく、みんなのために働きたい。そして、ほかの皆にも自分以外のために働いてほしい』

『どういうことだ?』

『要するに、俺たち20匹が互いに協力しようっていうことだよ。誰か一人が上に立つんじゃなくてな。そうしたほうが、生存確率も上がるし、お前も恨まれなくて済むだろ?』


 俺の目指すのは、みんなが幸せに生き残ることだ。

 俺たちがいがみ合っていたって何の得にもならない。だが、お互いが協力し合えば、全員が生き残る確率は上がるし、みんなハッピーだ。確かに権力者になれば俺は幸せだろうけど、庶民のおれにはちょっと心苦しいところがある。それに、恨まれるのも嫌いだからな。


 俺の言葉を聞いて、キングが考え込んでいる。キングはまだ幼い。短慮でこのような高圧的な態度に出た可能性もあるだろう。ぜひキングには考え直してもらいたいものだ。


『……確かに、アトの言う通りかもしれない。俺様も恨まれたくはないな』


 どうやら、キングは考え直してくれたみたいだ。安堵する俺に、キングが問いかける。


『それで、互いに助け合うと言っても、どんな風にするんだ?』

『当番制にするんだよ。食料調達とかをな』


 キングがみんなにやらせようとしていた食料の調達。だが、20匹が大勢で食料を探しに行ったとしても、実際に食べ物がある場所は限られているだろう。大人数で探しに行く分だけ、人間に見つかる確率も高くなる。ということで、5匹ぐらいで調達しに行くことがいい気がした。


 俺の言葉を聞いたキングが、皆に提案する。


『じゃあ、さっそく誰がいつ食料を集めるか決めてしまおう。お前ら、集まれ』


 その言葉に、ほかのやつらも俺たちの周りに集まってくる。対等な関係でって言ったのにキングの言葉遣いがそのままなのが気にならなくもないが、みんなは気にしてなさそうに見えるし良いだろう。


俺は、集まってきたみんなに呼びかける。


『では、誰がいつ食料調達をするか決めたいと思います!俺が1日目から順番に言ってくので、やりたいところで手を挙げてください!』

 それを聞いたヤツらは、隣どうしてこそこそと話し始める。



 いくらか時間もたったころ。長い話し合いの末、食料調達に行く順番が決まった。

 決まった結果は、以下の通りだ。


1日目 

リーダー:アルファ、ベータ、カイ、プサイ、オメガ


2日目 リーダー:アト(俺)、ナレッジ、パンジー、ビオラ、ストロン


3日目 リーダー:キング、ドラゴ、コブラ、ペガサ、ガーゴ


4日目 リーダー:モエ、ダイア、サファ、エメラ、ルビ


 これを1サイクルとして、当番を回していく予定だ。つまり、1日目が終わり、5日目にはまたアルファ班が当番となる。というか、なんで俺がリーダーになってしまったのか解せない。人をまとめるのはそんなうまくないんだけどなあ……。


 そんなこんなで、俺を含む20匹のG集団が出来上がったのだった。

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