第3話『来訪者』

 ◆第3話『来訪者』


 犯人への手がかりを必死に探し求めていた時、キャロルの目に突如として視えるようになった魔力の経路パス

 親友ノーラを攫った犯人達に繋がる唯一の手がかりとなるその糸を追って、キャロルは海岸線へと辿り着いた。

 しかしそこで、今し方まで見えていた筈の経路パスが急に見えなくなってしまい、ここからどこへ進むべきかわからなくなってしまう。

 どうやらキャロルのその力は、未だ完全には覚醒していないようだ。


「そんな……!?糸が……ッ!」

「うぅっ……どうしよう!私がノーラと一緒に登校したいなんて考えたから……!」


 唯一の手がかりが途絶え、自責の念に頭を抱え塞ぎ込んでしまいそうになっていた、その時。

 今度はダイナ譲りの優れた嗅覚が、潮の香りに僅かに混ざったを嗅ぎつけた。


「……の、匂い……?」


 どこからか漂う嫌な感じの匂いに、キャロルは良くない想像をしてしまい、さぁっと青ざめる。

 もしかしたら、でも、だったら。頭の中でぐるぐる巡る最悪な想像を、頭を横に振ってかき消した。


「集中しろッ私……!この血の匂い……どこから……!」


 その僅かな匂いの出どころを探るため、キャロルは目を閉じ両耳を手で押さえ、鼻先に神経を集中させていく。

 やがてキャロルは暗闇の中を手探りで進むようにして、その匂いを辿り移動を始める。

 そうして少し走って辿り着いたのは、海岸近くの小さな洞窟。

 しかしその入口は、恐らく安全上の理由からか、随分昔に鉄格子によってされているようで、出入りのための扉などはついていない。


と間違えた……!?いやっでも確かにあれは……ッ!」


 まさかこの錆びついた鉄格子と血の匂いを嗅ぎ間違えたのか、と焦るキャロルが確かめるように鉄格子へと手を伸ばした、瞬間。

 鉄格子へと触れるはずのキャロルの手が、するりと目の前の鉄格子を


「ッ!?これは……!?」


 想定外の感触に思わず一度手を引っ込めるキャロルだったが、確認のためにもう一度、今度はゆっくりと鉄格子へと手を伸ばす。

 するとやはり同じようにキャロルの手は鉄格子をすり抜け、その向こう側へと通り抜ける事ができた。


幻影ヴィジョンの魔法……!って事は……!ぁ痛っ!」


 目に見えている鉄格子が魔法によって生み出された、の存在である事を理解すると、キャロルは手足を使ってその実体と幻の境目を探る。

 途中手などをぶつけたりもしたが、結果としてその鉄格子には丁度、大人一人が入れるくらいの大きさのが開けられている事を確認した。


「絶対怪しい……ッ!ノーラッ……!」


 まだ洞窟の先に親友が囚われていると決まった訳でもないのに、キャロルはある意味確信のような物を持ちながら、その鉄格子の穴から洞窟内部へと足を踏み入れた。

 薄暗い洞窟の中を、灯火ライトの魔法で照らしながら慎重に進んでいくと、やがて洞窟内には不似合いなへと辿り着く。

 壁には、潮風によって酷く錆びついた1枚の鉄扉があり、そこについた小さな格子窓からは明かりが漏れていた。


「っ……!(血の匂い……あそこからだ……。)」


 進むにつれて濃く感じ取っていた匂いの発生源と思われる場所を発見し、キャロルは一旦自分の明かりを消してから、忍び足で扉の方へと近づいていく。

 するとキャロルの良く動く獣耳ケモミミが、誰かの話し声と、何か苦しんでいるようなうめき声を捉えた。


「う、うぅ……か、勘弁してくれよぉ……俺達、言われた通りにやっただけじゃねえか……!」

「(……、……!あそこに居るの、ノーラだ……!)」


 キャロルが格子窓からそっと中を覗くと、中では先程逃した誘拐犯らしき男が床へと這いつくばりながら、その前に立つ別のローブ姿の男にを受けているような所だった。

 誘拐犯は左脚の太腿を刃物か何かで深く刺され大量に出血しており、もはや自力で立つこともままならないようだ。

 さらに部屋の奥の方にはノーラを含めた幾人かの人々が、手足を縛られ目隠しされた状態で、まるで荷物のように雑に押し込められている。


「私は、と言ったんです。言葉の意味は、わかりますか?」

「や、やめ……ッぎゃぁぁッ!?」

「それを見られた上に、もせずにおめおめと逃げてきたんですか?」

「呆れますよ、貴方の無能ぶりには。……ですが、所詮はですから、それも仕方ありませんか。」


 少し苛立ったような声で問いかける長身のローブの男が、その腰から刀にも似た長い刃物を抜くと、嘲笑するような声で誘拐犯の背中を強く踏みつけて、右脚へとその刃先を容赦なく突き刺した。


「ぅッ……。(仲間……じゃないの?でも、あんな……!酷い……!)」


 そんな酷い現場を息を殺しながら覗いていたキャロルが、その噎せ返るような濃い血の匂いに嫌悪感を示し、口を押さえて小さく呻いた、その時。


「……おや、がいるようですね。」

「(やば……ッ!)」


 部屋を覗くキャロルの存在に気がついたらしいローブの男が、小さな格子窓の方を向いたかと思えば、血溜まりの上をゆっくりと歩きながら鉄扉の方へと近づいていく。

 ここは一度逃げるべきか、それともここで戦うべきか。

 徐々にこちらへと近づいてくる男を前に、迷っている時間はあまりない。

 そしてその判断をキャロルが出来ないまま男が扉の鍵を開け、取手へと手をかけようとした、次の瞬間。

 突然、部屋の中から何かガタッという大きな物音が響き、男の注意が一瞬、部屋の中へと向けられる。


「ッ……放電スパーク!」


 その一瞬の隙をと見て、キャロルは格子窓越しに見える男の背中目掛け先制の一撃を放った。

 指先から放たれた青い雷がバチバチと音を立てて迸り、部屋の中から男の悲鳴を響かせた。


「やったッ!ノーラッ!!……ッ!?」


 完全にと確信し、急ぎ扉を開け中へ突入するキャロル。

 しかしそんな彼女の眼の前には、仕留めたはずのローブの男が平然とした様子で立っており、その長い刃物の先をキャロルの方へと向けていた。


「……随分と大きなネズミだ。いや、犬の方が正しいでしょうか?」

「洞窟探検に来た、というわけでは無さそうですが……ふむ。」

「っ……ノーラを返して!」


 眼前へと刃を向けられているにも関わらず、キャロルは臆さず眼の前の男へと叫ぶ。

 その大きな声が洞窟の中で幾重にも反響して、やがて消えて行くまで、キャロルと男は互いに睨み合ったまま動かない。


「……そんな大きな声で叫ばなくとも聞こえていますよ。これだから獣人ビーストは……。」


 やれやれと言ったようにため息を漏らしながら、首を横へと振る男。

 そんな男の態度に少しむっとするキャロルだったが、依然として迂闊には動けないでいた。

 そんな時、部屋の奥の方から誰かのか細い声が聞こえてくる。


「……っ……キャロ、ル……?だめっ!逃げて……ッ!」


 叫び声を聞いて、キャロルが自分を助けに来たことを理解したらしいノーラだったが、何かに怯えたような声で逃げるように伝えてくる。

 必死に身を捩りもがくノーラの方を男が横目でちらりと確認して、事情を察したように再びキャロルの方へと目を戻す。


「……なるほど。を助けに来たわけですか。いや、素晴らしい。」

「先程の不意打ちからの放電スパークも、実に良い判断だと言えます。」

「雷の魔法は速攻性と威力に優れ、相手が素人であれば人数不利な状況をも覆せるポテンシャルを持っていますからね。」

「1つがあるとすれば……金属鉄扉の近くで使ってしまったら、その優位性も台無しだという所でしょうか。」


 急に饒舌に喋りだしたかと思えば、先程のキャロルの攻撃についてのを始めた男に、キャロルは怪訝そうな表情を浮かべる。

 金属の近くで雷系統の魔法を使う場合、そのによって攻撃の威力や範囲が低減してしまう、という基礎的な事などもちろんキャロルは知っていた。

 その上であえて放電スパークを攻撃手段として選んだのは、捕まっているノーラや他の人達を攻撃に巻き込んでしまわないようにする為だ。

 それでも計算外だったのは、鉄扉によって威力が低減された一撃とはいえ、確かに攻撃が当たった筈の男がだったと言う事だろうか。


「……!(でもどうして……確かに悲鳴が──!)」

「『攻撃が当たったはずなのに、何故平然としているのか?』でしょうか。」

「ッ!?」


 まるで頭の中を見透かしたかのように、自分の考えている事を言い当てて来た男に、キャロルは小さく動揺する。

 だがそれを悟られないように平静を装いながら、その理由を必死に考える。

 そしてキャロルは、扉を開けた時はまだ、放電スパークの影響によって痙攣していたが、今は全く動かなくなっている事に気がついた。


「っ……まさか!」

「ええ、ご明察の通りです。先程の悲鳴は、そこで寝ているの物ですよ。」


 先程キャロルが、仕留めたと判断する直前に聞いた悲鳴は、どうやらローブの男の物ではなく、誘拐犯の男の物だったようだ。

 しかしそうなるとまた新たなが生じる。

 それは、何故ローブの男が無傷で、床に倒れていた誘拐犯の男だけが攻撃を受けたのか。

 位置関係で言えば、誘拐犯の男よりもローブの男の方がに居た筈なのだ。


「……私も、何もと戦うのは初めてではありませんのでね。攻撃から身を守るくらいは常に用意しているのです。」

「もっとも、先程ので1つになってしまいましたが……。」


 ローブの男は残念そうに呟きながら、懐から焼き焦げた装飾品のような物を取り出すと、それを繋いでいた紐を引きちぎり床へと雑に放り投げる。

 どうやら男はローブの中に、する魔道具マジックアイテムを身につけており、それによってキャロルからの攻撃を無効化していたようだった。


「そして、金属による威力低減を受けて尚この威力……色々とが行きました。」

「貴女……獣人ビースト等ではありませんよね?恐らくは──」

言わないでッ!!」


 魔道具マジックアイテムを破壊する程の魔法の威力と、その見た目の特徴から何かに気がついた様子の男は、仮面越しにキャロルの顔をじっと見つめる。


「……なるほど。を隠している理由は、何となく察しました。」

「と、なると……私個人としても、貴女に少しが湧いてきました。」

「ですが、こんな所で立ち話をするのも何ですから、私と一緒にどこかへ移動しませんか?お嬢さん。」


 男はキャロルへ突きつけていた刃を突然下げると、軽く振って血を飛ばし、腰に下げた鞘へと納める。

 そして何を思ったのか、まるでお茶にでも誘うように、キャロルへ向けて手を差し伸べて来る。

 そんな男に対して、キャロルは警戒は解かないまま少し考える。


「(相手は武器を収めた。でも多分、魔法防御の魔道具マジックアイテム1……なら物理で戦う?)」

「(だめ……こっちの目的がである事がバレてしまってる以上、一撃で仕留め損なったら、ノーラ達にどんな被害が及ぶかわからない……!)」


 数秒の思考の後で、キャロルは一度だけノーラの方を見てから、ローブの男の方へと目を戻す。

 相手は明らかな。目的も正体も不明である以上、ここでキャロルが取れる行動はそう多くはない。


「……ノーラと、あそこで捕まってる人達を全員してくれるなら、良いですよ。」

「おお……素晴らしい。実に賢く、そして優しい子ですね。」


 結果としてキャロルが選んだ行動は、自らをとしたであった。

 そんな少女の勇気ある選択に少し驚いた男は、軽く称賛の拍手などをキャロルへと贈る。


「良いでしょう……貴女の望み通り、彼女らを解放すると約束しましょう」

「ただし解放をするのは、貴女との話が終わってからです。それでも、よろしいでしょうか?」

「……わかりました。」


 斯くしてキャロルは、ノーラ達人質の解放と引き換えにして、ローブの男に一時同行する事となってしまう。

 もちろん、注意深く狡猾で残忍なローブの男がそのまま人質を街に返すなどするわけが無いのだが──。

 幸か不幸か、今のキャロルにそれを知る由は無い。


 ◆◆◆


 あれからしばらくして、時刻は夜。

 夕飯の時間になっても帰ってこないキャロルに、流石に何か変だと考えたマナは、ダイナを家へと残してひとり、アステリア魔法学校へとやって来ていた。

 しかし学校側の話を聞いた結果、キャロルは今日は登校した姿を誰も見おらず、どの授業にも出席していない事が判明。

 なんならいつもよりも早く家を出たはずのキャロルが、学校に来てすらいないのは明らかなだった。

 学校に残っていた教員や寮生などからも話を聞いて回るが、有益な情報は得られない。

 次はどこを探したものか、とマナが頭を悩ませながら早足で校門から出てきた、ちょうどその時。


「あっ、あの!さんかしら!?うちの娘っ……ノーラちゃんを見てないかしら!?」

「っ!?い、いやワシは……。」


 凄まじい剣幕で突然マナの両肩を掴み問い詰めて来たのは、ノーラに似た丸い眼鏡をかけた、ノーラの母であった。

 どうやら彼女もまた、この時間になっても娘が帰ってこないのを心配して学校まで訪ねて来たようだ。


「今朝ウチに来たって子と一緒に学校に行ったまま、そのまま帰ってこないの!それで心配になって……!」


 どうしたものかと考えていた所、ノーラの母の口からキャロルの名前が飛び出し、マナは顔色を変える。


「……待て、キャロルじゃと?それはもしや、頭の上に獣のような耳を生やした、白髮の……?」

「そ、そう!ご存知なのね!?」

「キャロルは……ワシの娘じゃ。ワシも今、こんな時間になってもキャロルが帰ってこないので、もしやと思い来たのじゃが……。」

「あぁ……!そんな……!」


 ノーラの母はマナの残念そうな顔を見て、自分の娘も恐らく学校には来ていない事を察し、口を手で覆い絶望して青ざめる。

 娘を心配する母の気持ちは同じなため、そのままノーラの母を放って置く事はマナにはできない。


「……キャロルは確かに今朝、お主の家に来たのじゃな?お主の家はどのあたりじゃ?」

「え、ええと……すぐそこの港町ですけれど……。」

「よし、わかった。」


 マナは彼女に家の場所を聞くや否や即座に指を鳴らし、彼女と共に空間転移テレポートで学校近くの港町へと急ぐのであった。

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