第2話『私の親友』

 ◆第2話『私の親友』


 不審者騒ぎでキャロルが早めの下校となった日の翌日。

 いつもはギリギリまで寝ていて、毎朝慌ただしく家を出るキャロルが、今日は早くに起きて、もう既に朝食まで済ませていた。


「ごちそうさまでした!じゃあパパ、私もう出るねっ!」

「何だ、もう行くのか?珍しいな……。」

「ちょっとね!いってきまーす!」

「ん、いってらっしゃい。」


 朝食を食べ終えるなり、ローブと鞄を持って玄関へと駆けていくキャロルを、ダイナはエプロン姿のまま追いかけて見送りをする。


「……毎朝2これくらい早く起きてくれたら、朝食の後片付けも楽なんだけどな。」


 キャロルが指を鳴らして空間転移テレポートした後で、ダイナは独り小さくため息をついてぼやく。

 それでもダイナには、キャロルがこんな早くから学校へ行こうとするが何となく理解できていた。

 もちろん授業を受けるためというのはあるのだろうが、それ以上に同年代の気心知れた友達が居る、学校という環境が楽しいのだろう、と。

 そして、いつも家で楽しげに学校の事を話すキャロルの姿に、ダイナはほんの少しだけを感じていた。


「さて、そろそろもう一人のも起こしに行きますか……。」


 今更過ぎた事を悔やんでも仕方がない。

 でも自分が出来なかった分、娘にはそれを目一杯に楽しんで欲しい。

 そんな親としてのささやかな願いを胸に秘めながらダイナは、愛する妻の眠る2階へと上がっていった。


 ◆◆◆


 ダイナが中々起きないマナに悪戦苦闘している頃、いつもより早くに家を出たキャロルが向かった先は学校ではなく、だった。

 そこは昨日不審者が目撃されたという例の海岸線がある町ではあるが、それ以前にキャロルと一番仲の良い学友、ノーラが住んでいる町でもある。


「確かこの辺だったような……。おっ!この扉、あるな~?」


 前に一度だけ遊びに来たことがある学友の家を探し、少し歩いた後なんとか見覚えある家を発見するキャロル。

 家が離れていて一緒に登下校が出来ないというのなら、空間転移テレポートを使えば一瞬で移動できる、と考えたのだ。

 学友の家から学校までの距離を考えると、まだ登校するには少し早いくらいの時間の筈だ。

 自分から誰かを迎えに行く、という初めての行動にキャロルは少しワクワクしているのか、その白い尻尾をわさわさと揺らしながら、学友の家の扉をノックした。


「……はーい?」

「あっ……こ、こんにちは!」


 少しして出てきたのはノーラ本人ではなく、彼女に良く似た雰囲気の、母親らしき人物。

 完全にノーラが出てくる物とばかり思っていたキャロルは、予想外の人物の登場に少し焦り、緊張から忙しなく耳を動かしながらも、とりあえず挨拶をする。


「こんにちは……?あ、もしかしてノーラちゃんのお友達かしら?ちょっと待ってね……ノーラちゃーん?学校のお友達が来てるわよー!」


 まだ朝だと言うのに『こんにちは』と挨拶をしてくるキャロルに、ノーラの母は小さく首を傾げながらも、その学校制服でもあるローブ姿を見てすぐに娘の友達だと察して、ノーラを呼んだ。


「(ノーラって、家だと付けで呼ばれてるんだ……。)」


 結構仲良くしているつもりだったのに、今まで知らなかった親友の新情報に、キャロルは密かに胸を踊らせる。

 すると程なくして家の中から、見知った丸い眼鏡をかけたノーラ本人が出てきて、キャロルの姿を見るなり驚いた顔をした。


「お、おはようキャロル……?どうしたの?こんな朝早くに……。」

「昨日は午前までであんまり話せなかったから、迎えに来たらその分いっぱい話せるかなーって!」

「っ……そうなんだ、ふふっ。キャロルらしいね。」

「あらあら……うふふ。」


 親友に会えて嬉しさを隠しきれないキャロルが、そのふわふわの尻尾をぶんぶんと振りながらそう真っ直ぐに伝えると、ノーラは少し照れながらも笑って、玄関から一歩ぴょんっと飛び出す。

 そしてそんな2人の様子を見て嬉しそうに笑うノーラの母に見送られながら、キャロルはノーラと共に学校へと向かうのであった。


「くぁ……何だか不思議な感じ。キャロルと2人で学校に行くなんて。」

「うんうん!私も私も!でも何でもっと早くに気が付かなかったんだろう?こうしたらずっと前からノーラと一緒に登校できたのに……!」


 まだ少し眠たげなノーラが欠伸を噛み殺しながら、隣のハイテンションなキャロルの方を見上げる。

 ノーラはキャロルよりも一回り小さい、というよりはキャロルが同年代の子に比べるとかなりのだ。


「そりゃそうでしょ……帰る方向全然違うんだし、っていうか私はキャロルの家の住所知らないし。」

「それはそうなんだけどさー……あ、じゃあ今日の放課後、ウチに遊びに来る!?」

「えぇ……?そりゃぁ興味はあるけど……いきなり行ったら迷惑じゃない?」

「大丈夫大丈夫!パパもママもとっても優しいんだから!」


 そんな他愛の無い会話をしながら、ゆったりとしたペースで学校への道を歩いていると、その途中で突然ノーラが足を止め、キャロルが不思議そうに振り返る。


「ノーラ……?」

「……、キャロル。私なんかと仲良くしてくれて。」


 突然そんな事を言いだしたかと思えば、ノーラの目には何やら涙が浮かんでいて、ノーラ自身もそんなつもりは無かったのか少し自分の涙に驚きながら、メガネを上にずらしローブの袖でその涙を拭う。

 実はノーラはアステリア魔法学校へと入学して暫くの間、その内向的でおとなしい性格が災いして、誰とも友達になる事が出来ないでいた。

 魔術の成績は決して落ちこぼれというわけではなかったが、かと言って何かに秀でているわけでもなく、平々凡々。

 はっきり言って教室内での彼女のは、物であった。

 そんな彼女へと声をかけてきたのが、他でもないキャロルだったのだ。


「……何言ってるの?そんなの……、だよ!」

「キャロル……。」


 涙ぐむローラの目元を優しく指で撫で、にひひと歯を見せて笑うキャロル。

 かくいうキャロルもまた、その出自と見た目の特徴故に、入学当初はあまり友達が多い方では無かった。

 実際、高い身体能力を持つ反面、魔術の扱いを苦手とする獣人ビーストと人間、エルフ、ドワーフなどの人間系種族ヒューマリーであるとされる半獣人ハーフビーストは、その故に魔術師を志すような者は殆ど居ない。

 だからこそ特徴的な獣耳と尻尾を携えた半獣人ハーフビーストである筈のキャロルは、魔法学校という場所に置いては一際、その実力が示されるまでは存在だったのだ。


「……やっぱりキャロルは凄いね。魔術はもちろん、運動だってできちゃうし……それに比べたら私なんて……。」

「もー、またそんな事言って……私が魔術が得意なのは、殆どなんだってば!だってほら、うちのママは……エルフだし!」


 ゆっくりと歩みを再開しながら会話を続けるキャロルとノーラ。

 またしても自分を卑下するような暗い言葉を発するノーラに、キャロルはその顔を覗き込むようにしながら反論をする。

 自分が半獣人ハーフビーストでも魔術が使えるのは、魔術的エリートである母親マナのおかげなのだと、自らの獣耳を横に倒し、エルフのを真似ながら笑って。


「でもやっぱり凄いよ……それで言ったら私だって、お婆ちゃんはエルフだもん。」


 そんなキャロルに対し小さく笑いながらも、ノーラはその切り揃えられた横髪を僅かにかき上げ、一般的な人間よりは少しだけとがった形をしている自分の耳を見せる。

 この時代は既には珍しく無く、特に人間系種族ヒューマリーではよく見られる事だった。

 キャロルのような半獣人ハーフビーストもその例が少ないだけで、決して見ない種族ではない。


なんだけど……!?」

「言ってなかったからね……耳だって普段は髪で隠してるし。」


 親友に関する知らない新情報がまた出てきて、キャロルは耳をぴんっと立てて驚く。

 獣人ビーストという種が身体能力や運動能力に特化した種族であるのに対し、エルフやハイエルフは魔術に特化した種族である、というのが世間一般でのだ。

 故にノーラは、自分の血にエルフの血が混ざっているにも関わらず、魔法学校で目立った好成績を修められていない、とされるのを恐れて今まで隠していたのだ。


「えぇー!?早く言ってよー……!そしたらもっと、とかで盛り上がれたのにー!」

「なにそれ……?ふふっ、変なの。」

「おっ、笑ったな~?……やっぱノーラには笑顔が一番似合ってるよ!」

「っ……!」


 ノーラが笑顔を取り戻してくれたのを見て、自らも満面の笑みを浮かべ、さらにはウィンクまで飛ばすキャロル。

 そのキャロルの言葉が混じり気の無い本心であるという事が伝わったのか、ノーラは少しだけ頬を赤くして俯いた後、少し早足でキャロルの前へと回り込む。


「……キャロル、ありがとう。……これからも──」


 今度は嬉し涙を目に浮かべながらも恥ずかしそうに笑うノーラが、続く言葉でキャロルへと何かを伝えようとした、その時。


「──え?」

「ッ!?……ノーラッ!?」


 すぐ横の路地裏の方から、突如として伸びてきたがノーラを鷲掴みにするようにして捕らえ、一瞬にして

 突然の事に反応が遅れてしまうキャロルだったが、すぐにその後を追うように路地裏へと駆け込む。

 だがそこには、謎の黒い手によって既に遠くの方へと連れ去られていく途中のノーラの姿。


「待てッ!ノーラを……ッ!私の親友を返せッ!!」


 そう叫びながらキャロルは、目視範囲内の任意の位置へと瞬間的に移動する魔術、転移シフトを使用しながら猛スピードでその黒い手を追跡する。

 それでも追いつけない程に早い、謎の黒い手を何とか見失わないように追跡し続けた結果、やがてキャロルは怪しげな雰囲気漂う裏路地の最奥の、らしき建物へとノーラが連れ込まれるのを確認した。


「──ここかぁッ!!」


 大事な親友が連れ去られたとなれば躊躇などするわけもなく、問答無用で空き家の扉を脚力だけで蹴破り、中へと突入。

 すると中には、顔全体を覆うガスマスクにも似た、奇妙な仮面を付けたローブ姿の怪しげな者達が立っていて、ノーラはその中の1人に口を抑え込まれている所だった。


「ッ!?なんだコイツは……!?半獣人ハーフビーストか!?」

「なんでも良い!見られたからにはしろ!」


 誘拐犯達は即座に構えて戦闘態勢へと入るが、親友をさらわれ怒りが頂点へと達しているキャロルから見れば、それはあまりに遅く悠長である。

 実際今すぐこの場でキャロルが放電スパークの魔術でも使えば、犯人たちをにできるだろう。

 だがそうなればノーラにも攻撃が当たってしまう可能性が高い。ならば、どうするか。


二重加速ダブル・アクセル……ッ!」

ッ──ぅぐッ!?」


 短くそう呟きながら指を鳴らし、軽く前へと倒れるように身体を傾けた、瞬間。

 犯人達の視界からキャロルの姿が消えたかと思えば、風を切るような不思議な音と共に犯人の1人が攻撃を受け壁へと叩きつけられる。


「なんだッ!?──ぐぁッ!?」


 室内を何かが跳ね回るように縦横無尽に動き回っている事に、何とか気がついた1人が警戒体勢に入るも既に遅く、腹部へと重撃を受けたように倒れ伏す。

 それは、二重加速ダブル・アクセルの魔術によって身体能力を大幅に高めたキャロルの攻撃であった。


「(あと2人……このまま片付けるッ!)」


 目では追いきれない程の超高速で跳ね回りながらも、しっかりと残りの犯人とノーラの位置を認識したキャロルが、次なるターゲットへと狙いを付ける。

 だがその時、ノーラを拘束していた犯人が突然、まだ応戦中の、部屋全体へ向けて放電スパークの魔術による攻撃を放った。


「っぐ……っ!?」

「キャロッ──んむうッ!」


 如何に加速状態にあるキャロルであっても、圧倒的な速度で迫りくる雷撃の速度には反応できず、被弾。

 それによって加速状態が解除されたキャロルが床へと転がるのを見て、思わず声を上げるノーラだったが、それもすぐにまた男に口を抑え込まれてしまう。


「っは……!バカガキが……!大人をナメんなよ……!」


 そんな捨て台詞を残しながら床に描かれた魔法陣を起動させると、犯人の男はノーラを連れたまま魔法陣へと飛び込み、そのままどこかへと消えてしまう。


「待て……ッ!ぅッ……!」


 すぐに自分もそのゲートへと飛び込もうとするキャロルではあったが、先程受けた攻撃によって身体が痺れてしまい、惜しくもあと一歩のところでゲートが閉じてしまった。

 眼の前で親友を連れ去られ、助ける事が出来なかったという絶望に押し潰されそうになりながらも、キャロルは急ぎその空き家を飛び出す。


「(くそっ!何が、だ!全然ダメじゃないか私ッ!)」


 大口を叩いておきながら、いざという時にしくじった自分に思わず半泣きになってしまいながらも、キャロルは転移シフトを用いて素早く屋根の上へと登り、急ぎ周囲を見渡す。


「(魔法陣型の転移術は、その転移可能距離の長さと魔法陣のサイズが比例する……!)」

「(つまりあの魔法陣の大きさなら、そう遠くへは行けないはずだ!)


以前にマナから学んだ事をしっかりと覚えていたキャロルは、視覚や聴覚、嗅覚などあらゆる感覚器官を総動員して、全力で手がかりを探し始める。

まだ朝という事もあり街の人の流れは少ないが、それでもまだ誰も誘拐事件が発生した事にはまだ気づいていないようで、騒いでいるような者は当然居ない。

街の余りの平穏さに逆に不安を煽られたキャロルが、目から涙を零しそうになるのを慌ててローブの袖で拭い、もう一度顔を上げ前を見た、その時。


「……んッ!?」


涙で少し潤んだキャロルの金の両目が、奇妙な光景を捉えた。

突如として視界に現れたそれは、青く輝く細い糸のような何か。

その奇妙な糸は、街からどこかへと真っ直ぐに伸びている。


「糸……?じゃない、これは……ッ!」


それは優れた魔術師が長い努力と研鑽の果てにようやく見る事ができるとされる、魔力の経路パスであった。

それも、先程ノーラが連れ込まれた空き家の魔法陣を始点として、海岸線の方へと伸びていたのだ。


「海の方……ッ!まさか……っ!」


街の向こうに見える海岸線へと目を向けたキャロルは、昨日ノーラからも聞いた不審者の目撃情報の事を思い出す。

もしかしたら、いやきっと。その件の不審者こそ、ノーラを連れ去った誘拐犯達なのでは無いか。

そう頭によぎった瞬間、キャロルは迷わずその糸を辿るようにして、海岸線へ向けて駆け出すのであった。

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