「サレ妻、夜に咲く復讐の花」
ソコニ
第1話「気づいた日」
東京の高級住宅街に佇む白亜の邸宅。その2階の窓辺に立つ麗子は、庭に咲く真紅のバラを眺めながら、静かに微笑んだ。38歳とは思えない美しさを保った彼女の瞳は、かつての輝きを失っていた。
「お帰りなさい、あなた」
玄関から入ってきた夫・哲也に麗子は完璧な笑顔を向ける。高級スーツに身を包んだ哲也は、疲れた表情を浮かべながらも軽くキスをして応えた。
「ただいま。今日も遅くなってごめん。会社の案件が...」
「分かってるわ。大丈夫よ」
麗子は夫の言葉を遮るように言った。その声には柔らかさはあるが、温かみはなかった。哲也はそれに気づく様子もなく、「シャワーを浴びてくる」と言って2階へと上がっていった。
彼の姿が見えなくなると、麗子の表情は一変する。完璧な微笑みは消え、冷徹な眼差しだけが残った。彼女はリビングのソファに腰掛け、スマートフォンを取り出した。画面には、「哲也追跡記録:Day 15」というメモが表示されている。
***
5ヶ月前のことだった。夫の様子がおかしいと感じ始めたのは。
「麗子さん、この間の同窓会の写真よ」
友人の涼子からLINEが届いたのは、哲也が出張と称して家を空けた週末だった。高校時代の友人たちとの女子会の写真に混じって、一枚の画像が目に入った。表参道のレストランで食事をする哲也と若い女性の姿。
ショックではあったが、麗子は冷静だった。むしろ、これで全てが辻褄が合った。最近の帰宅時間の遅さ、休日の「急な仕事」、そして何より、彼女に触れなくなった夫の態度。
初めて気づいた夜、麗子は泣きもせず怒りもしなかった。
「ありがとう、涼子。気にしないで」と返信し、証拠の写真は保存した。
翌朝、麗子は鏡の前で長い黒髪を見つめていた。「変わらなきゃ」そう呟いて、髪をバッサリと切った。
***
麗子と哲也の結婚生活は15年目を迎えていた。子供はなく、二人だけの生活。麗子は専業主婦として家庭を完璧に切り盛りし、哲也は大手商社の部長として出世街道を走っていた。
表面上は何の問題もない夫婦。しかし、その実態は違った。
「哲也さん、今日も残業ですか?」
会社の受付で働く小雪は、帰りがけの哲也に声をかけた。華奢な体に似合わない大きな瞳が特徴的な25歳。
「ああ、ちょっと用事があってね」
二人は会社を出て、タクシーに乗り込んだ。行き先は六本木のホテル。
彼らが知らないのは、その光景を離れた場所から一人の女性が見つめていることだった。麗子は帽子とサングラスで変装し、冷静に全てを記録していた。
証拠集めを始めて1ヶ月が経った頃、麗子は決断した。離婚するつもりはなかった。ただ、裏切った者たちに相応の報いを与えたいだけだった。
***
「奥様、お召し物のご用意ができました」
高級ブティックの店員が麗子に声をかけた。ショートカットになった髪に合わせて、麗子は自分の服装も一新していた。
「ありがとう。今日のパーティーに最適ね」
麗子が向かうのは、哲也の会社の創立記念パーティー。経営陣とその配偶者が集まる高級ホテルでの催し。彼女は何年も参加していなかったが、今回は特別だった。
「麗子さん、久しぶり。素敵になったわね」
哲也の上司の妻・優子が麗子に話しかけた。以前から麗子のことを快く思っていなかった女性だ。
「ありがとう。あなたもいつも通り素敵よ」
麗子は完璧な社交スマイルを浮かべる。その姿は、パーティーの主役と言っても過言ではなかった。
「奥様、お久しぶりです」
背後から声がした。振り返ると、そこには哲也の部下・健太郎がいた。彼は昔から麗子に好意を抱いていることを、彼女は知っていた。
「健太郎さん、元気にしてた?」
麗子は健太郎と談笑しながら、部屋の隅で小雪と話す哲也の姿を見逃さなかった。小雪は麗子を見て、一瞬表情を硬くした。
パーティーの終盤、麗子は意図的に小雪の近くへ行った。
「あなたが噂の受付の小雪さんね。哲也がよく話してたわ」
小雪は動揺を隠せず、「あ、はい...」と答えるのがやっとだった。
「一度、お茶でもしましょうか」
麗子の言葉に、小雪は青ざめた顔で頷くしかなかった。
***
翌日、麗子は新宿の喫茶店で小雪を待っていた。約束の時間より10分早く、小雪は現れた。
「座って」
麗子の声は冷たかった。小雪は言われるまま席に着く。
「私から言うことは一つだけ」麗子は穏やかに微笑んだ。「あなたは、私から何を奪ったと思う?」
小雪は答えられなかった。
「時間よ。私の15年という時間」麗子はカップを持ち上げ、一口紅茶を飲んだ。「でも安心して。あなたを責めるつもりはないわ」
小雪は困惑した表情を浮かべた。
「哲也はね、5年前にも不倫してたの。その時の相手は今、精神科に通ってるわ」
麗子の言葉に、小雪は震え始めた。それは嘘だった。しかし、小雪にはそれを見抜く術がなかった。
「私はただ、忠告したいだけ。あなたも被害者なの。彼から逃げなさい。今なら間に合うわ」
麗子は財布から一枚の名刺を取り出した。「私の知り合いの弁護士よ。何かあったら連絡して」
小雪は混乱した様子で名刺を受け取った。麗子は立ち上がり、「もう会うことはないでしょう」と言い残して店を後にした。
***
帰宅した麗子は、リビングのソファに座り、スマートフォンを取り出した。画面には小雪のSNSアカウントが表示されている。麗子は数日前に偽アカウントを作成し、小雪と友達になっていた。
「これで準備は整ったわ」
麗子は小雪の投稿を一つ一つチェックしていく。彼女の友人関係、趣味、弱点。全てを把握するためだ。
そして夜、哲也が帰宅すると、麗子はいつもの完璧な妻を演じた。夕食を用意し、彼の話に興味深そうに耳を傾ける。
「最近、元気がないわね」
麗子が言うと、哲也は一瞬動揺した。
「そんなことないよ。ただ、仕事が忙しくて...」
「そう。無理しないでね」
麗子は優しく微笑んだ。その笑顔の裏に潜む冷酷さに、哲也は気づいていなかった。
***
数日後、哲也のスマートフォンに一通のメールが届いた。差出人は「真実を知る者」。内容は短かった。
「あなたの秘密を知っています。このままでは奥様にバラします」
哲也は焦った。しかし、それは始まりに過ぎなかった。
翌日、会社に届いた小包。中には彼と小雪が密会している写真が入っていた。宛名は哲也だったが、開封したのは彼の秘書だった。
「部長、これ...」
秘書は驚きの表情を隠せなかった。哲也は慌てて写真を受け取り、誰にも見せないよう懇願した。
帰宅した哲也は、いつもより憔悴していた。麗子はそれを見逃さなかった。
「どうしたの?具合が悪い?」
「ちょっと疲れてるだけだよ」
哲也は麗子の問いかけを軽く受け流した。その夜、彼は寝室で小雪に電話をかけた。しかし、彼女は電話に出なかった。
***
「小雪さん、最近見ないですね」
会社の同僚が哲也に話しかけた。小雪は3日前から無断欠勤していた。
「ああ...そうだな」
哲也は動揺を隠せなかった。彼はオフィスに戻ると、すぐに小雪に電話をかけた。しかし、電話は切れていた。
不安に駆られた哲也は、小雪のアパートに向かった。しかし、そこにも彼女の姿はなかった。管理人によると、彼女は数日前に荷物をまとめて出ていったという。
混乱する哲也のもとに、再び匿名のメールが届いた。
「彼女は安全です。ただ、あなたからは遠ざけました」
哲也は恐怖に震えた。誰が彼の秘密を知り、こんなことをしているのか。
***
麗子は静かに微笑んだ。彼女の計画は順調に進んでいた。小雪は麗子の計らいで、地方の姉のもとに身を寄せていた。麗子は小雪の両親の死、姉の存在、そして彼女の弱みを全て調査済みだった。
「これはまだ始まりに過ぎないわ」
麗子は真紅のバラの花びらを一枚ずつ摘みながら呟いた。そして、次の標的に目を向けた。哲也の上司であり、麗子を見下してきた優子の夫・田中専務。
夜になり、麗子はノートパソコンを開いた。画面には田中専務の浮気相手との写真が表示されている。麗子はそれを優子に送信するための準備を始めた。
***
翌朝、哲也が出勤した後、麗子はジムに向かった。そこには優子の姿があった。
「あら、麗子さん。珍しいわね」
優子は相変わらずの高飛車な態度で麗子に話しかけた。
「最近、健康に気を使ってるの」
麗子は優子と世間話をしながら、彼女の様子を観察した。まだメールは送っていない。タイミングを見計らっていた。
「ところで優子さん、ご主人との関係は順調?」
麗子の唐突な質問に、優子は一瞬戸惑った。
「ええ、もちろんよ。なぜ?」
「いえ、何となく」
麗子は微笑んだ。その夜、優子のもとに匿名のメールが届くことを知っているからだ。
***
夜、哲也が帰宅すると、麗子はワインを開けていた。
「今日は何かあったの?」
哲也の問いに、麗子は肩をすくめた。
「特に。ただ、気分がいいだけ」
実際、麗子の気分は最高だった。計画が一つずつ実を結び始めていたからだ。
「ところで、会社ではどんな噂があるの?」
麗子の質問に、哲也は顔色を変えた。
「別に...何も」
「そう」麗子は微笑んだ。「でも、田中専務が奥さんと大げんかしたって聞いたわ」
哲也は驚いた様子で麗子を見た。
「どうして知ってるんだ?」
「女の勘かしら」
麗子は優しく微笑んだが、その瞳は冷たく光っていた。
***
翌朝、麗子は早起きして庭のバラの手入れをしていた。鮮やかな赤い花びらを眺めながら、彼女は次の一手を考えていた。
「麗子」
背後から哲也の声がした。彼は出勤前の姿で、麗子を見つめていた。
「どうしたの?」
「最近、何か変わったな」
哲也の言葉に、麗子は微笑んだ。
「そう?気のせいよ」
哲也は何か言いかけたが、結局黙ってしまった。彼は麗子の肩に手を置き、「今日は遅くなる」と言って家を出た。
麗子はバラを一輪摘み取り、その香りを楽しんだ。
「さて、次は誰かしら」
彼女の計画はまだ始まったばかりだった。夜に咲く復讐の花は、これからもっと鮮やかに咲き誇るだろう。
***
夕方、麗子は小雪から電話を受けた。
「麗子さん...もう限界です。彼に会いたいんです」
麗子は冷静に対応した。
「まだよ。もう少し待って」
「でも...」
「あなたを守るためよ。信じて」
小雪は泣きながら電話を切った。麗子は満足げに微笑んだ。全ては計画通りだった。
そして夜、麗子は再び完璧な妻を演じるために、夕食の準備を始めた。テーブルにはバラの花が一輪、静かに置かれていた。
「これは始まりに過ぎないわ」
麗子は呟いた。その声は、夜の闇に吸い込まれていった。
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