第一幕④
沈黙、また、沈黙。
誰が何を言うべきか、譲ゆずり合うような時間があったが、言葉を継いだのは当のウエンディだった。
それも、王女にあるべき
「ちなみに、何も習っていません。マナーも、ええと……他に何を勉強するのか分かりませんが、とにかく、何ひとつ、です。だって、教えてくれる人がいませんから」
彼女は、テーブルを囲む面々をゆっくりと見回した。
「私は正しい食事の仕方も知らないし、正しい言葉遣いも知らないし、ましてや王族としての慣習や振る舞いも何もかも知りません。だから、他国に嫁ぐなんて、とんでもないことだと思いますよ?」
ローワンの心臓が、まるで止まる寸前のようにどくりと大きく動いた。冷や汗がどっと流れてくる。
そんな御方もおられたな――ウエンディの名を聞いた時の自分の感想が、改めて思い出される。
思えばその時、他の誰もが、同じような表情を浮かべていなかったか?
この王女の母親は誰だったか。そう、すでに降った
では乳母は。
誰だったか。
誰だ。
「せ……専属侍女は、本日お連れでいらっしゃいますかな」
事情を聞きたい。ドアの外に
「専属侍女?」
彼女は、まるで初めて聞いた言葉のように、そう言ったのだ。
何が起こっているのだろう。
どうすべきか、何をすべきか、何を言うべきか、どう先へ進めるべきか、ローワンの頭が真っ白になる。こんなことは、彼が宰相になってから初めてのことだ。
思わず皆が王を見る。これ以上は自分の
ローワンの仕事は、なんとかこの場をおさめることだった。
「お……恐れ入ります、ウエンディ王女殿下。ひとまずはこちらで確認をいたしたいことがいくつかございますゆえ、ご退室いただいて結構でございます。本日のご予定は……この後、出来れば自室で待機いただきたいのですが」
「ええ、いいわよ。私は、自分の部屋から出ませんから。もしかして出ても良かったの?」
その言葉に、再び全員が言葉をなくした。
出て行く際にちらりと見えたのは、ウエンディを迎えるメイドの姿だった。下級メイドが、一人。
「メイド長と、侍女頭をここへ。財務官、王女に関する
ばたばたとした時間があり、やがて、さまざまな証言と記録を確認して分かったことは、ウエンディの言葉は全て事実であるということだ。
彼女はなんの教育も受けず、どこにも出されず、誰にも気にかけられず十五年を生きてきた。
判で
食事はメイドが運び、三日に一度、フランス窓から裏庭に出てはひたすらぐるぐると歩き回る。
ちなみにこれは、乳母であった子爵家の娘が、三歳だったウエンディにそう助言したものらしい。
その直後、乳母は退職した。
以降、ウエンディは誰の
「なななななぜ、こんなことに!」
不運、としか言いようがない。
記録を
「言ってくだされば……!」
誰かが責任を
乳母はおらず、侍女もおらず、メイドが一人食事を運んで着替えさせ、そうすると、『
普通は、侍女がつき、普通は教育が
その『普通』は何ひとつ、初めから、ウエンディには与えられなかった。
「陛下……」
じっと黙りこくっていた王は、宰相に
「ウエンディにあらゆる教育を施せ。半年で最低限の
王の命令である。ついさきほど、その返事が
しかし、ここは
「恐れながら陛下……おそらく王女様は字も読めぬものと思われます。今から教師をつけたとて、半年では……」
「ではどうしろというのだ」
「ダリア王女殿下がおられます」
王の顔に一瞬、
その反応は、予想されたことではあった。
ウエンディが生まれる前、五年間は誰の懐妊もなかった。当時の末娘として生まれたダリアは、母親である側妃の美貌をあますところなく受け継ぎ、それはそれは可愛らしい子どもだった。王は、遅く生まれた彼女を、まさに目に入れても痛くないほど可愛がっていたのだ。
それに、ダリア王女誕生の直前には、王子が一人、
そうやって、親兄弟の愛情を一身に受け、美しく
つまりダリアは、王が最も可愛がっていた娘だ。生まれた時から五歳になるまで、すなわち王妃の懐妊が判明するまで最愛であったことは、誰しもが知っている。
今回の婚姻は、政略中の政略だ。中立だが、いつ敵になるとも知れない国へ、単身で行かせることに不安がないわけがない。
当然、向こうも
「……二度は言わぬ。いいな」
ほんのわずかながら、迷いがあったことが救いだった。それだけで、ローワンはそれ以上を言うことなく、王の命令に従うのだった。
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