よくある試される大地と大怪魔。


北の大地。その最奥に大怪魔を封印した所為で年中極寒になっている地方がある。

封印が続く限り、ブリザードが止むことがない。


封印地は細長い建物と四角い建物と丸い建物が組み合わさり、建物自体が封印陣を形成していた。


「今日も荒れ狂った天気だね」

「外に出られないのはいつも通りだろう」


結界で強化された窓ガラスに雪と風がぶつかる。

それを見て二人の女性退魔師はコーヒー片手に雑談する。


退魔師は全体で女性8割。男性はたった2割しかいない。封印地も例外ではない。男性数名で女性数十名が監視と封印維持の任務に当たっている。しかし数の暴力はどこにでもあり、必然的に3Kの封印維持は男の役割になっていた。これが将来有望な若い男なら彼女達も気の毒に感じ、ローテーションにするだろう。だが連盟本部でイキっているだけの中年から老害までの男性退魔師なら遠慮することない。特に派閥争いで冤罪や自分のモノにならなかった。靡かなかった。恋人に愛人にならなかった。そんな私的の理由でここに送られた女性退魔師にとって、彼等は元凶そのものだ。

非人道的な奴隷扱いをされてもおかしくはない。現に隷呪の首輪を付けられて死なない程度に封印維持の為だけに扱われ、それでも死んだら封印の礎にすればいいという扱いをしている。自業自得なので気の毒に思う女性退魔師は皆無だった。


ここに封じられている大怪魔は『蜃気狼』という。夢や幻を実体化させるチカラを持った白狼型の怪魔。その被害は国がひとつ傾いたほどだ。

なおニホンオオカミである。


その封印地を見下ろす二つの影があった。

こんな辺境の地で黄金のローブを身に纏った男と、黒いローブの女性だ。


「我々の使命は『蜃気狼』の開放だ」

「大怪魔として遠く離れた地にもその名は聞こえております」


黒いローブの女性は恭しく答えた。


「しかり」

「……夢や幻を実体化させるチカラ。確かに……黄金郷の鍵といえますね」

「では、頼む」

「ええ、参りましょう。平和的に」


男女は封印地に歩き出した。

護衛の式神がふたりを目撃するのは当然で、封印地は警戒レベルを上げる。

そして退魔師たちが集まる。彼女達は一流だ。ミカグラなどに比べると劣るところはあるが、それでも並大抵では相手にならない。


しかしそのどれもが無駄だ。何故なら相手は―――魔法使いだからだ。

この世界で4人しかいない魔法使い。そのふたりがこの地に居た。


「平和的解決か」


黄金のローブの男は皮肉めいて言う。

彼こそがマルコ=ポーロ派の黄金結社総帥。

世界で4人しかいない魔法使い。アラニ=ゴルトゴールド。


「あら、とても平和的でしてよ。誰も死なないんですもの」


フフッと笑う黒いローブの女性。

赤い仮面をつけている。

彼女も世界で4人しかいない魔法使い。ソメイユ=シュラーフセウン。


そう誰も死んでいない。ただし無事ともいえない。何故なら全ての退魔師が眠りに落ちていた。ソメイユの睡眠魔法だ。彼女は別名『毒リンゴの魔女』という。


「死なないだけだろう」


アラニは苦笑するとソメイユは薄く微笑む。


「だって起こす方法を知らないんですもの」


眠らせることは出来るが起こすことは出来ない。

だからといって使わないというわけじゃない。彼女はこの魔法しか使えない。魔法とはそういうものだ。複数の魔法を扱える者はこの世に存在しない。


「それは残念だ。ちょうど今の計画に必要な分をここの女性退魔師で補充しようと思っていたんだがね」

「あら、どんな計画?」

「大したことじゃないさ。ボクのスペアを造ろうと思ってね。ボクたちも不老不死じゃない。いずれ死ぬ。だけど黄金郷に辿り着く前に死ぬつもりはないんだ。もう何人か既にスペアは産ませて育てている」

「あらあら、男女?」


ソメイユは楽しそうだ。いたずらっ子の悪巧み感覚で聞いている。


「一応、男子だけがスペアで女子は産む方かな」

「どのくらい確保するの?」

「一応、100近くかな。どれだけスペアとして使えるか分からないけど、無理だったらうちのマイスターに渡そうと思う。期間は10年ぐらいかな」

「随分と気長で呑気な計画ね」

「そんなに重大じゃないからね。あくまでも保険だ。君もどうだい?」

「それは産むほうとして?」

「もちろん。君ならきっといいスぺアを作ってくれそうだ」

「あら、遠慮しておくわ。あなたのこと好きじゃないの」


ソメイユはキッパリと笑顔で断った。


「そりゃ残念。あっ、寝ていても子供ってつくれるのかな?」

「さあ、たぶん。出来るんじゃない?」

「それなら帰りに何人か貰っていって実験してみよう。それにしても退魔師は綺麗なのや可愛いのが揃っているね。どの子にしようか迷うよ」


あちらこちらで眠っている女性退魔師に目移りするアラニ。


「どうぞ。好きにしたら」


無関係とソメイユはため息をつく。

そうして散歩をするように歩くふたりは足を止めた。


十数人の男が一列になって眠っている。若者はおらず中年と老人ばかりだ。

退魔師なのに中年と老人ともに太っている者が多い。


「権力者階級だった者だね」

「醜いわ。なんで権力者って皆こうも醜いのかしら」

「そうだね。あげく権力闘争に敗れ、こんなところで死ぬまでこき使われる。幸せじゃない。やはり人類に黄金郷は必要だ」

「そうかしら」

「さて、着いた着いた。この扉だ」


巨大な木製の扉が二人の前に現れる。見上げるほど巨大な扉だが所々粗末な造りになっていて朽ち果てた色合いは年月を感じさせる。扉はこれまた大きな鋼鉄の鎖で幾重にも巻かれ、大きな札が貼ってあった。封印地の最奥。この先に大怪魔『蜃気狼』が封じられている。


「恐ろしい。なんと厳重な封印」


可視化されるほどの封印の力が空気で伝わってくる。


「でもボクの黄金魔法には意味がない。なにせ」


アラニは右手を……黄金に輝く右手を扉にピタっと貼り付けた。


「封印も何もかも黄金にするからね」


瞬間、巨大な木製の扉が―――巨大な黄金の扉になった。

封印の力も完全に消えた。


触れた右腕で何もかも黄金にする。なにもかも黄金にするので封印すらも黄金となってなくなる。ただし右腕にだけ発動出来て、触れなければ効果がない。そして左腕で触れると解除できる。黄金の扉から元に戻る。封印が消えた木製の扉は本来の通りに時間が経過し、朽ちて崩れた。どんなものも黄金にしてどんなものも解除する。

それがアラニの黄金魔法だ。


封印地の中心。そこは水晶の森だ。人の背丈ほどの水晶が木々のように生えている。真ん中に天井に届く水晶の巨柱があり、巨柱の中には真っ白い六つ目をした狼が封じられていた。まるで氷漬けだ。


「綺麗ね」

「美しい……黄金にしたい」

「するのは水晶だけよ」

「はははっ、分かっているさ」


アラニは水晶の柱に手をあてた。

一瞬で黄金の柱になると、六つの目が一斉に開いた。黄金の柱に大きな亀裂が入る。


「目覚めるわね」

「さあ、『蜃気狼』。封印は解いてあげたよ。黄金郷を示してくれ」


『ヴオオオオオオオオオォォォオオオォォォォォォォォッッッッ!!!!!』


崩れる黄金の柱から出た『蜃気狼』は大地が振るえるほどの遠吠えを放つ。


アラニとソメイユの周囲に狼の群れが出現した。四つ目の白い狼だ。

唸ってアラニに飛び掛かる。


「おっと」


四つ目の狼に触れると黄金になる。その調子で黄金にしていく。

ソメイユの周囲では四つ目の白い狼は眠っていた。

だが四つ目の白い狼は次から次へと『蜃気狼』の周辺から増えていく。


「キリが無いわね」

「それなら」


アラニは地面に手を当てた。

地面が一気に黄金と化していき、四つ目の白い狼の群れも全て黄金になっていく。

そればかりか『蜃気狼』の前脚も黄金になり、凍るように黄金が侵食していった。


『ヴオオオオオォォォォォォォ』


『蜃気狼』は遠吠えする。白い霧が立ち籠り始める。

濃霧が発生すると周囲の空間が歪み始める。

その危険性にソメイユが言った。


「これはまずいわね。撤退するわよ」

「そうだね。引き上げるとしよう」


歪んだ空間から五つ目の白い大狼が現れた。牙を剥き出して威嚇で吠え、アラニに襲い掛かる。アラニは五つ目の白い大狼を殴って黄金にする。その隙にソメイユは小瓶を取り出し、それを地面に叩き付けた。割れた瞬間、尋常じゃないほどの黒煙が瞬く間に封印の間を埋め尽くした。2体目の五つ目の白い大狼を黄金にして、アラニとソメイユは封印の間から逃げた。途中でアラニがこん睡状態の女性退魔師2人を拉致して、封印地から逃げおおせた。


その直後。

四つ目と五つ目の怪魔の狼の大群が占領し、封印地は地獄と化した。






















芦屋家別邸。特別訓練場。


「いやー参った参った。オジサン。参ったよ……」


最強の退魔師・芦屋堂曼は尻もちをついて苦笑する。

ちょっとボロボロになっていた。


「よもや。これほどとは」


着物姿の少女。芦屋道雪は目を見開く。


「晴音姉さま。強い。さすが。ステキ。抱いて」


安部観歌は興奮していた。ふだん絶対やらない飛び跳ねもしている。

投げキッスもしていた。


「…………こんなに強かったなんて……」


堂曼を倒した芦野晴音はポカーンとしていた。

まさかこんなに強くなっていたとは本人も思っていなかった。


一方、久瀬正介は欲望に抗っていた。

夜22時のコンビニチキンの誘惑を必死に堪えていた。


そして花日火華は黄金結社の日本支部で上司と出会っていた。

上司の名はフレイアーナ=ファイバード。

火炎の魔術師である。


「フレイアーナ様。大切な要件とはなんですか」

「お聞きなさい。火華。総帥アラニ様がしばらくこの日本支部に滞在致します」

「総帥がこの日本に来ているのですか!?」

「総帥に近付くことは許しません。そして粗相の無いように行動しなさい」

「はい。わかりました」


フレイアーナは些細な違和感を覚えた。


「あなた。何か変わったかしら」

「いいえ。なにも?」

「そうよね」


フレイアーナは小首を傾げる。

火華は内心ドキドキしていた。















1か月後。

北の大地全土は『蜃気狼』の領域となり、立ち入り禁止となる。








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