第3話 愛を語る詩人

 エリオの旅は、緑豊かな丘陵に広がる美しい町へと続いていた。町には詩を愛する人々が集まり、広場では誰もが自由に詩を詠むことが許されていた。


 その町の片隅に、かつて「愛の詩人」と称えられた男がひっそりと暮らしていた。




 エリオが立ち寄った古びた小さな酒場で、詩人レオルドの名を耳にした。


 「昔は愛を語らせれば彼の右に出る者はいなかった。だが今や、酒に溺れるばかりさ。」


 店主は哀れむように語った。


 夜の帳が下りる頃、エリオは詩人のもとを訪ねた。そこには、空になった酒瓶を並べ、うつろな目をしたレオルドがいた。


 「詩を詠む意味など、もうない。愛とは幻だ。」


 レオルドの声には深い絶望が滲んでいた。彼は、最も愛した人に裏切られ、その心の支えだった言葉を失ってしまったのだ。


 「君が詩をやめたのは、愛が失われたからか?」


 エリオは静かに問いかけた。


 「愛はただ人を傷つけるだけだ。あんなものを詩にしたことが悔やまれる。」




 エリオは一本の蝋燭に火を灯し、その揺らめく炎を見つめながら語り始めた。


 「この炎は、消えることを恐れていると思うか?」


 レオルドは訝しげに答える。


 「炎はただ燃えているだけだ。恐れなど感じるはずがない。」


 「では、人の心はどうだろう?愛が消えることを恐れ、傷つくことを恐れ、やがて言葉を失う。」


 エリオの言葉は、かすかな風のようにレオルドの心に触れた。


 「愛は幻ではない。傷つくことも、失うことも、それが愛の一部なのではないか。言葉は、その痛みさえも形にして、人の心に寄り添う力を持っている。」


 レオルドはその言葉に沈黙した。胸の奥に眠っていた何かが、ゆっくりと目覚め始めているのを感じた。




 翌朝、レオルドは久しぶりに筆を手にした。震える手で紙に言葉を綴る。


 「愛は終わりではなく、心に刻まれた余韻だ。

  たとえ姿が消えようとも、言葉はその想いを宿し続ける。」


 町の広場に立つレオルドの声は、かつての輝きを取り戻していた。


 人々は彼の詩に耳を傾け、忘れかけていた愛の温もりを思い出した。


 エリオはその様子を見届け、微笑みながら再び旅立つ。


 「言葉は人を癒し、未来へと導く。愛を語る言葉がある限り、心は決して枯れはしない。」

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