人類総アイドル化計画成功例
高遠みかみ
人類総アイドル化計画成功例
「ではなにかね。キミの提案によると、この私もアイドルになるというわけかね」
「ええ、そのとおりです」
壮年から中年の男たち、みなスーツを着ている、がせせら笑う。発言したのはそのなかでもとびきりの中年で、脂ぎった額がてらてらと照明の光を反射していた。
「そもそもキミの説明するアイドルというのはなんだ」
「一般的に、決められたコスチュームに身を包み、歌い踊る人々のことです。もちろんアイドルの形は人それぞれですから、みなさんがアイドルとなった際には別のアプローチも……」
「悪いが、キミの胡乱な話をこれ以上聞いていられない。退室してくれ」
会議室には備え付けのリモコンがあり、操作すると天井からモニターが出現する。私はすばやい手つきでモニターとノートパソコンをリンクさせる。
「なにをしているんだ」
横やりを無視し、画面に映像を投影する。それはとあるアイドルのパフォーマンスシーンだ。
「こちらをご覧ください」
「見ずともわかる。世界的アイドル『S.t.』だろう。知らない方がめずらしい」
「私はS.t.に頼まれたのです。この世のすべての人間をアイドルにしてくれ、と」
ふたたび会議室は嘲笑の渦を巻く。
「バカなことを。キミがS.t.と知り合いなわけがない」
「同級生なんです」
私は持参していた紙袋の中身を机の上にぶちまけた。卒業アルバム、私とS.t.が写った旅行中の家族写真、プリクラ。
「家が近所で、親同士も仲が良かったので」
中年たちが写真に群がる。だれかが「フェイクだ」と言う。「でたらめだ」とも聞こえてくる。
「疑われるのも無理はありません。ご存じのとおり、S.t.には顔がありませんから。AIと共同でつくられた理想のアイドル像。だれが見ても、その人の好みの容姿になる。服装や性別までも変わります。しかし、S.t.は結局のところ、現実的な範囲までのアイドルにしかなれないのです。S.t.はアイドルのその先を夢見ているのです。私は頼まれました。すべてをアイドルにしてくれ、と」
私は中年どもを見渡し、高らかに宣言する。
「みなさんにはアイドルの素質があります。今日はあなた方のアイドルデビュー記念日となるでしょう」
そこからは早かった。私は会議室の中年たちを束ねたアイドルグループ『アブラギッシュ☆セブン』を結成。改造ビジネススーツを着込んだ男女七名の年配アイドルだ。当然、売れない。だれにも見られない。踊りは下手で、歌もカラオケレベル。動きながらだとさらにパフォーマンスの質は落ちるし、席の前の方に皮脂がぴゅんぴゅん飛ぶ。
しかし、S.t.にはもうひとつの目論見があった。それはアイドルを資本から引き離すこと。儲かる儲からないではない、より究極的なものへの昇華を求めていた。私は幸いにも、アイドルプロデュースの天才であった。
アブラギッシュ☆セブンの元に人が集まる。ギトギトの汗が飛んでくる前列を、我先にと奪いあう観客たち。ライブを見るのにお金は必要ない。会場代もスタッフの人件費も、すべてS.t.の財布から出ている。S.t.の元には、すべての人間からのお金が集まってくる。だから、他のアイドルたちが各種費用を気にする必要はない。すべてはアイドル概念のために行われるのだ。
踊る中年たちのパフォーマンスはどんどん向上し、いまや世界中から注目されている。心配なのは膝の調子ぐらいだ。私はライブ中にいわゆるオタ芸を披露している団体に近づく。もちろん理由は決まっている。
「みなさんにはアイドルの素質があります」
そこからは芋づる式にアイドルを勧誘していった。アイドルオタクたちのアイドルグループ『アイ手ドル』結成。そして、そのライブしていた箱で後方腕組み彼氏面をしていた女子たちをひとりずつアイドル化させた。
だが、アイドルが内輪だけで完結してはいけない。外の世界に手を広げる。通行人。学生。ニート。生活困窮者。夫婦。老夫婦。赤ちゃん。おなかのなかの胎児(エコー検査で踊っていた)。大きな人。小さな人。囚人。エンジニア。鳶職人。農家の人々。鷹匠。フィギュア原型師。ノーベル文学賞作家。素粒子物理学者。なんでも、だれでも、アイドルへ。
時が移動した。目の前には世界地図の映像があり、色分けがなされている。現在進行形で、オレンジ色があらゆる大陸を攻め落とすように進行している。これはアイドル化した人類の分布を表しているのだ。諸島はすでに制圧されており、残すところはアフリカ大陸のほんの一部。ここもすぐ色が変わるだろう。アイドルの波はまるでウイルスの感染のように世界中へ広がり、もう地道な勧誘をする必要もなかった。
数時間後、マップが更新され、世界地図は海以外を橙色に染めた。北極や南極すら例外ではなかった。私は電話をかけた。
「S.t.か? 人類総アイドル化計画は成功したよ」
「そうか。いままでご苦労様」
S.t.の声を耳にした瞬間、心の底から安堵した。それと同時に、快楽を感じる中枢をわしづかみにされたような興奮に襲われた。S.t.は神域に到達している。
「あなたとは長い付き合いだから、本当の目的はわかっている。アイドルのその先なんて、あなたは興味がない。自分が最高のアイドルになるため、他のすべてのアイドルを超越するためのデータが欲しかったんだ。S.t.というアイドルを完璧にするためのね」
S.t.のくすっと笑う声がした。私は背筋を震わせ、膝をついた。よだれが出てきた。
「さすが。きみはすべてを理解してくれている。これからS.t.はすべてのアイドルを過去にする。きみには最前列のチケットをプレゼントするよ」
「残念だけど、それには及ばない」
私は電話を切った。目の前にはすばらしい性能のテレビカメラがこちらを向いて立っていた。私が合図をすると、カメラが起動する。
「アイドルのみなさん。本日、すべての人類がアイドルとなったことをご報告いたします。そして、真のアイドル化計画はこれからスタートします。S.t.は私に言いました。すべてをアイドルにしてくれと。もちろん、すべてとは、すべてなのです」
私は一張羅のスーツジャケットを脱ぎ捨てた。その瞬間、ジャケットは地面に落ちず、腕をぱたぱたと旋回させた。靴やズボンも同様だった。それぞれの無機物は、それ特有の動きをした。椅子と机が四つ足でステップを踏み、共に踊る。絨毯がめくれあがり、窓ガラスを突き破って空を飛ぶ。割れたガラスの一片一片は、重力に従わず、ビルの隙間を風のように推進する。では、風は? 風も当然、原則を無視してあらゆる方向へ吹きすさぶ。ちぎれた髪の毛が宙でうねうねと情熱的な腰つきを魅せる。
私はビルから飛び降りる。重力もまた、もちろんアイドルである。アイドル化した重力は私の身体をぴゅんと遠くまで運び、ふわりと着地させる。S.t.は困惑の表情を隠せないで目の前に立っている。
「いっしょに行こう、S.t.。いや、相良天くん。すべてがアイドルになった世界では、きみもまた相対化される。野望も、苦しみも、すべてアイドルのものだ」
差し伸べた私の手に、相良はそっと片手をのせた。
地が、水が、自然が、地球が、宇宙が、太陽が、銀河がアイドルになる。アイドルが次々と伝播する。すべてがアイドルになることは、あるのだろうか。すべてという情報のすべては、決して完結しないのではないか。
なんにせよ、いまは……アイドルを自由に楽しむだけだ。過去がアイドルになった。私と相良が見える。そうか、小学生のときは、そんなに素朴な衣装を着ていたんだったね。
未来がアイドルになる。幾万年、幾億年のアイドルが約束されたことを知ったアイドルたちは、つまり私たちは、眠りというアイドルをときに楽しんだ。
人類総アイドル化計画成功例 高遠みかみ @hypersimura
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