第2話 はじまる前のこと
桜田准将の鬼生最大規模の混乱から遡ること一月前、人國のエヴァーストーン公爵領へ現王の三男、つまり第三王子が視察に訪れていた。
エヴァーストーン公爵領は人國有数の狩猟区域を有し、シカやサル、鳥類など多種多様な獲物が狙えるので高い人気を誇るのだが、稀に邪眚が発生することも併せて知られていた。要するに、王侯貴族の行楽から騎士団の訓練まで公私共に訪れる者は多いのだが、貴人は腕に自信がある上で護衛を連れ歩くことは必須条件なのである。
今回に訪れた第三王子は15歳、兄王子達はそれぞれ国営と外交などで活躍し、妹王女は未成年ながら既に婚約者がいて花嫁修業の真っ最中。この第三王子だけ特にすることが決まっておらず、加えて反抗期が重なってやんちゃを繰り返していた。今回のエヴァーストーン公爵領への視察訪問もその類で、最初こそ大人しくしていたようだが隙を突いて護衛を撒いたらしい。
慌てて報告を行った護衛の一人から話を聞いて、国都で働く父兄や社交に忙しい母妹に代わって領地運営をする為に屋敷に独り残っていた令嬢ことザロメは嘆息して一度、護衛の前を辞した。
再び現れた彼女は普段から愛用しているらしい狩猟用の服に着替えており、困惑する護衛を置き去りにして単身で狩猟区域へ走り出したのである。何の武器も持たず危険地帯へ赴くとは思えない軽装で令嬢が単独先行したことに護衛は焦ったが、地の利がある上に令嬢とは思えない脚力で走り去ってしまった彼女に、比較的に軽量とはいえ金属を多く使った鎧を着けた護衛が追いつける筈もなく、不甲斐なさに心折れつつ彼女が残していった通信機からの連絡を待っていた。
『テメェ死にてえのか!?』
暫くして風を切る音の代わりに令嬢と思しき人物の令嬢とは思えない怒号と、何かを強大な力で殴打したような轟音が通信機から聞こえた。まさか発見した直後に第三王子を殴りつけたのか、と護衛は血の気が引いたが、次いで耳障りな悲鳴のような咆哮のような音が響き、不安は方向性を変える。
邪眚と接敵したのだ、と知れた。第三王子の、否、第三王子から目を離した自分達の所為で罪のない令嬢が命を落としてしまう、という最悪の事態が頭を過ったのも束の間、
『テメェの身の上をよく考えろ』
『ついてきた臣下に悪いとは思わねぇのか』
『国王陛下に一報入れさせて貰うからな首を洗って待っていやがれ』
等々、通信機から聞こえる声は確かに令嬢のものだが、台詞は明らかに令嬢のそれとは思えない内容が続く。更には何かを殴打する轟音は激しさを増し、邪眚の声と思しき音は徐々に力をなくしていく。そして、
『ァアア!!!!』
硬質な何かが折れるような鈍い音の後、酷く静かな空白があり、
『──殿下は回収しました。屋敷へ戻ります』
護衛は思考を放棄した。
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