石榴の鬼國遊記 ─転生してきた男装令嬢は乙女ゲームの世界と知らずに狩猟を楽しむ─
ヒコサカ マヒト
序章
第1話 はじまりはじまり
桜田 宏尭准将は人國との境界である草原の一角、角の生えた馬が牽く車を停められる草の刈られた場所で人國側の馬車の到着を待っていた。幾らか早く到着していたのは、か弱い人族の、殊更にか弱い令嬢を迎える為だ。
桜田准将は鬼國の軍人である。苗字を名乗ることを許される士官や将校と呼ばれる立場の一人であり、彼を慕う部下もそれなりの数がいて、愛すべき妻と既に家を出た子供3人程を持つ壮年の剛鬼である。壮年ではあるが軍人であり、剛鬼である故に桜田准将は鍛えられた身体一つでこの辺りの邪眚と呼ばれる敵性生物を一掃していた。今日は弱い邪眚しかいなかったのは幸いである。令嬢を送り届け、また鬼國からの派遣員を迎えにくる人國の者に怪我を負わせることにはならないだろう、桜田准将はそう考えてある程度の緊張感は維持しつつ肩の力を抜いていた。
暫くして馬が土を蹴る音が聞こえてくる。人國の馬車だろう、桜田准将は居住まいを正した。
草原に現れたのはやはり人國貴族の馬車であったが、その馬車から真っ先に降りた人物に桜田准将は瞠目した。
跳ぶように、しかし危なげなく馬車から降り立ち、桜田准将を見るや否や姿勢を正し、胸に手を当てて騎士の礼を優雅に熟す、なかなかに造形の整った若い人物。護衛だとすれば若過ぎる、精々が二十歳かそこらだろう、人國はこの交換派遣を軽く見ているのだろうか、と訝しんだ直後、その人物が名乗りを挙げた。
「この先の1年を貴国でお世話になります、ザロメ・クロディア・エヴァーストーンと申します」
「は……?」
青年と思しき人物が名乗った名前は確かに、事前に聞いていた令嬢の名前と一致する。だがしかし、桜田准将の目には青年が軍人であり、そして男性であると映っていた。
目を引く真紅の髪は後首が見える程の長さで整えられ、同じく紅い眼は溌溂と輝き、発せられた言葉も聞き取り易く高くはない。身長は女性だというならかなり高いことになるだろうが男性だというのなら至って平均的、前回の交換派遣の時にも見た人國の騎士団の白い制服を何の違和感もなく着熟し、馬車から降り立った時に垣間見えた運動神経から、(今までの鬼生で見てきた男女差というものから判断して)相手は男性だろう、と桜田准将は思っていたのである。
「──間違いございません。この方が今回の派遣員、エヴァーストーン嬢でございます」
青年(と思しき人物)からやや遅れて出てきた文官らしき、桜田准将と同じ程の年齢と思しき男性は困ったようにそう言った。
「所謂ところの訳アリですし回復方法も変則的ではありますが、間違っても足手纏いにはなりませんので、どうかお連れしていたければ有難く存じます」
人國の文官以上に困り果て、混乱から抜け出せない桜田准将に青年(と思しき人物)はにこやかに笑いながらそう言って頭を下げた。
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