第128話 ミルズくんの里帰り(後編)
「あら。クッキー、いつの間にかなくなっちゃいましたね」
最後に残ったナッツ入りのクッキーを
「いつの間にかって……姉さんがたくさん食べたからでしょ」
「そう? 私、五枚くらいしか食べてないつもりだけど」
「何言ってるの。ルークさんが箱を開けてから、五分で五枚食べてたよ」
「ふふ……そうだったかもね」
僕の
「けど、仕方ないでしょ? 評判通りの
そう言って、ニコニコと笑う。その笑顔を見て、僕はふと思い出した。
姉さんは、昔から凄くモテた。弟である僕の目から見て、とびきりの美人ってわけではないような気がするし、目立つような服装もしてないし、振り返られるようなスタイルの良さがあるわけでもない。けど、僕が知ってるだけでも、十人以上の男性が姉さんに言い寄ってきている。
それはたぶん、この
「それはワシらの
「ククク……その通り。美しい庭、
「ふふふ……私もそう思いますわ」
それに、普通の女性なら目が点になるようなこの二人組にも、他の男性と変わらないように接する。やっぱり、こういうところなんだろうな。
「それじゃ、次に来るときは、もっとたくさん買ってくるかの」
「そうだな。ミーくんの両親、それに、
「あの二人が来るなら、この五倍は買わねばのう」
「それは少なく
ギデゾウさんの発言に、『この量の十倍も買ったら、テーブルに入りきらないですよ』って
それからすぐ、ルークさんとギデゾウさんは申し合わせたように立ち上がった。
「それでは、ワシらはこの辺でお
「明日になったら迎えに来る。ミーくんよ。そのときに
「待ってください!」
ルークさんとギデゾウさんがこれからどう動くか、見当はついていた。今日は僕をこの家に置いていって、夜に母さんと話をさせるつもりなんだ。
けど、そういうわけにはいかない。僕は立ち上がり、二人に向かって言った。
「僕も今、お二人と一緒にここを出ます」
ただ、僕の言葉は、二人にとって意外でも何でもなかったらしい。
ギデゾウさんがルークさんに
「エリナよ。どうする? ミーくんを止めるか?」
そして、ギデゾウさんのこの言葉を、姉さんは予想していたみたいだ。
短くクスクス笑うと、はっきりとした口調で言った。
「ギデゾウさん。さっきの言葉に、嘘はありませんわ。私はミーくんの決断を支持しています」
「なるほどな。だが……はっきり言うが、危険だぞ。特にこれからは、以前とは比べられん
「覚悟の上です」
そう言うと、姉さんは目を閉じ、両手を膝の上に置いて話し始めた。
「ミーくんは小さいときから優しくて、けど、その反面気が弱いところもあって、近所の男の子たちに嫌なことをされても、決してやり返そうとしなかったんです。そんなミーくんが勇気を振り絞って行動したんですから、どんなことであっても応援してあげなきゃ――姉として失格ですわ」
姉さんのその言葉を聞いて、僕は、
東カムート地区に住んでいる人の
そんな僕が八英雄に
そして、本当に強い人に出会った。
誰よりも強いのに、決して
もう十分過ぎるくらい強いのに、いつも強さを追い求めている。
けど、ストイックって感じではなく、それどころか、いつもはボーっとしてて、ちょっとスケベで、僕みたいな年下に怒られても、平謝りしちゃうような人。
ずっと強さに
本当に強い人っていうのはこうなんだって、初めて分かった。
「ではエリナよ。一月後か二月後……今度は大人数で押しかけるぞ」
「はい。楽しみに待っておきますね」
「安心しなさい。ミーくんはエリナさんが思っているよりずっと強い子じゃ。それに、ワシらのかけがえのない仲間でもある。この老いぼれの命を
「ルークさん、ありがとうございます。けど、とても
姉さんはそう言って笑うと、立ち上がり、僕らを玄関まで見送った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
家を出てしばらく歩き、大通りに戻ってきた。もう正午はとっくに過ぎているけど、朝に山盛りの野菜を食べて、それからケーキにクッキーと立て続けに食べた僕は、まったくと言っていいほどお腹が減っていない。
「さて、大きな用事は一つ片付いたが……これからどうするかの?」
ルークさんの質問に、ギデゾウさんはやれやれ、といった表情で返事をした。
「決まっているだろう。まずは宿の手配だ。それから繁華街へ
「あの……それでしたら、ちょっと当てがあるんですが」
僕の言葉に反応し、お二人はこっちに目を向けた。
「ほう。その当てとやら、聞かせてもらえるかの?」
「ここから
それに、リンジーさんとカーライルさんに、ミアさんの無事を報告したい。二人とも、凄く心配しているだろうから。
「なるほど……ということは、
ギデゾウさんが、僕の顔を
「え、ええ。お金は取られませんね」
「しかし、急に押しかけて、食事はどうするのじゃ?」
「大丈夫です。別荘には食事用の設備がありませんから、食べるときは外で――」
「最高ではないか!」
僕が言い終わる前に、ギデゾウさんが
「確かにの。宿代が
「
ギデゾウさんが拳を
昨日初めて会ったばかりだというのに、どうしてこう息ピッタリなんだろう。
それに、黙っていても目立って仕方ないのに、二人とも全然気にしてない。何だか、僕が
「ところでミーくんや。そのクラウディアさんというのは、首都大学で
思い出したように、ルークさんが突然聞いてきた。
「あ、いえ。ローガンさんは
「
「それは……何をしたっていうか、家の仕事を何もしなかったから追い出されたみたいですね」
「ふーむ。まあ、そういうことなら仕方ないのう」
「はい。それに本人は、妹の方が優秀だから、あるべき形になっただけだって言ってて……あまり気にしていない様子でした」
「ははは。あやつらしいわい」
「というかルークさん、ローガンさんとお知り合いなんですか?」
「もちろんじゃ。弟子……というと少し
「待て。
ギデゾウさんが、ルークさんの話に割って入った。
「リンジー・クラウディアの名は聞いたことがある。ガスパールの町の領主、クラウディア家の娘で、政治情勢に明るい
「え? あ、ああ……」
ギデゾウさんの質問に、僕は即答できなかった。
リンジーさんが
けど……それを全部帳消しにしてしまう難点があるんだよな……
「どうした? 会ったことがあるのだろう?」
返事がないことを
まあ、リンジーさんについてつまびらかに話すわけにはいかないし、ここは適当にお茶を濁しておこう。
「えっと……まぁ、その認識で間違いはないです」
「よし。ならば、その女も
「おお。ええ考えじゃ。さすがに男だけってのは、むさ苦しくていかん」
ギデゾウさんの提案に、ルークさんがすかさず同意する。
「いやいや。お二人からはむさ苦しさの
僕の反応を楽しむかのように、二人は顔を見合わせ、笑った。
「何を言うとる。貴族だろうが何だろうが、
「ククク……それに、頭のいい女との会話は楽しいものだ」
「何じゃ。ギデゾウ、そういう女が好みか?」
「そうではない。
僕を置いてけぼりにして、二人はどんどん話を進めていく。リンジーさんを食事に誘うことは、あっという間に確定事項になってしまった。
それにしても、この三人で話すと、僕はいつも押し切られる。ルークさんとギデゾウさんの意見が、毎回同じだから――二対一になってしまうからだ。長年の友人ならまだしも、昨日会ったばかりでこんなに気が合うなんて、この二人、実は生き別れの兄弟だったりするんじゃ……?
「それではミルズ。案内せよ」
おお。ミルズ呼びに戻ってる。良かった……
と、それはいいとして、二人はもう
ルークさんとギデゾウさんのお喋りは、これまでと同じく、止まる気配がない。
けど、お二人の会話に割って入ってでも、聞いておきたいことがある。僕はギデゾウさんに声を掛けた。
「ところでギデゾウさん、気になってたことがあるんですけど、いいですか?」
「何だ?」
「ギデゾウさん、姉さんに、これからは以前とは比べられないくらい危なくなるって言ってましたよね? あれって、どういう意味ですか?」
僕の質問に、ギデゾウさんは微笑を浮かべながら、さらりと言った。
「決まっているだろう。今までは
「はあ。遠慮しない……ってことは!」
「それだけではない。
「そ、それって――」
笑いながら話すような内容ではないんじゃ……
と言おうとしたが、言葉が喉に引っ掛かった……ではなく身体中が凍り付いたかのように動かない。足が止まった僕を見て、ギデゾウさんは腕を組んで話し始めた。
「
「ほう。面白い。それではお主が予測した未来――聞かせてくれるかの?」
ルークさんの問いに、ギデゾウさんはクククと笑い、再び歩き出した。
「ギ、ギデゾウさん! 未来は――どうなるんですか?」
今度は僕が、少しずつ離れていくギデゾウさんに、大声で
振り返ったギデゾウさんの顔は、見慣れた
「戦争が始まる……近いうちにな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます