第9話 公爵令嬢フェリシアは献上した

「フェリシア・ストゥーレ。そなたのリルブロル領有を認める」



国王陛下の宣明に、カーテシーの礼で応える。


領有権移譲の書面がふたつ並び、わたしは叔父と並んでサインした。


これで、わたしは正式にリルブロルの領主となった。


大広間に立ち並ぶ貴族たちから盛大な拍手が贈られる。


領有権は国王陛下の勅許もなしに貴族の勝手で移動させられないし、本来は売買もできない。それだけ神聖なものだ。



「リルブロル領有をお認めいただいた国王陛下に、心ばかりのお礼の品を献上させていただきたく存じます」


「うむ。献上を認めよう」



陛下のお言葉を受け、侍女になってくれたアニタに合図を送る。


緋色の布をかぶせたトレイを恭しく捧げ持ったアニタが静かに進み、国王陛下の脇に控えられる宰相閣下の手に渡った。


その光景を見守る叔父と従妹のディアナは、満足気な笑みを浮かべている。


宰相閣下の手によりトレイが国王陛下の前に差し出され、緋色の布が取られた。



「これは……?」



と、怪訝な表情を浮かべた国王陛下が、トレイに置かれた紙片を手に取られた。



「我が家に伝わる家宝にごさいます」


「……相当に古い文書もんじょのようだが?」


「400年前、時の国王陛下より賜りました勅令にございます」


「ほう……。して、なにが書いてあるのだ? 不学にして古文書は読めんのだ」


「僭越ながら、申し述べさせていただきます」


「そうか。フェリシアは博学であったな」


「恐れ入ります」


「うむ。教えてくれ」


「王弟眠るリルブロルを守るマルコ・ストゥーレを公爵に叙爵する。以後も累代、リルブロルを継承する者が、公爵位を継承せよ。……と、書かれております」


「なっ!!」



と、叔父の声が響いた。



「う、うむ……。そうであるか」


「リルブロルとは〈弟〉を意味する古語。時の王国大乱で王弟殿下を亡くされた国王陛下の、深い慈愛の心が伝わります」


「そうであるな……」


「いや、そのような文書もんじょ、私は聞いたこともございません!!」



と、叔父の取り乱した声が響く。


そちらには視線を向けず、声を低く発した。



「幼き日々には本邸にてお育ちになりながら、書庫には一切の目を向けられず、家史も王国史も学んでこられなかった叔父様がご存知ないのは道理にございますわね」


「な、なにぃ……」



国王陛下のお側には博士たちが寄り、文書を確認しておられる。



「400年の王家の正統を受け継がれる国王陛下におかれましては、どうぞご叡慮のほどを」



わたしが言葉を添えると、国王陛下も力強く頷かれた。


結局、貴族令嬢の運命など後ろ盾次第だ。


だけどそれは、国王陛下にしても同じこと。


父である先代国王に王位簒奪の疑義がついて回る現国王陛下にとって、王位継承の正統性は喉から手が出るほどほしいもの。


400年前にいた先祖王の勅命を尊重することは、現国王の権威を補強し得る。


つまり、歴史を後ろ盾にしたいという一点において、わたしと国王陛下の利害は一致しているのだ。


そして、歴史はいくら媚びたところで微笑まない。ただ学んだ者だけが活用できる。


博士たちが頷き合い、なにやら囁くと、国王陛下が私に向き直られた。



いにしえの勅命に従い、フェリシア・ストゥーレの公爵位継承を認める」


「ありがたき幸せ。新公爵となりましたからには、国王陛下と王国への、より一層の忠誠を誓わせていただきます」



国王陛下にカーテシーの礼を執ってから、叔父に向き直った。



「叔父様。リルブロルの領有権譲渡で、わたしの公爵位継承を半年早めてくださいますとは、一人前とお認めいただきましたようで、とても嬉しく思いますわ」


「あ、ああ……」


「父亡き後、公爵家をお守りいただいた功績に報いるため、分家の創設を認めさせていただきます」


「な……」


「王宮にご出仕なされる叔父様に、これ以上、公爵家の雑事で煩わせる訳にも参りませんものね」



と、そのとき。聞き覚えのない透んだ声が響いた。



「恐れながら、叔父様の邸宅は私がご用意させていただきましょう」


「なんだ、そなたは!?」



叔父の感情的な怒鳴り声にも、透んだ声の主が怯む様子は窺えない。


よく見えないけど。



「申し遅れました。フェリシアの夫、レンナルト・バネルにございます。妻の祝いの席に駆け付けさせていただいておりました」


「あら、あなた。いらしてくださっておりましたのね」



爵位を持たないレンナルトは、はるか下座に立っている。


ぼんやりとしか見えないけれど、本人がそう言うからには、レンナルトなのだろう。


正妻に相応しい微笑みで応える。


従士のラグナルが、侍女のアニタの口を両手で押さえてるように見えるのは、陛下の御前でなにをじゃれているのだろう。


後で叱っておかないと。



「か、勝手なことを申すな!」



と、叔父が悲鳴のように怒鳴った。


レンナルトの声が、皮肉めいた響きを帯びる。



「分家を立てながら部屋住みとは、いささか体裁が悪うございましょう。妻の叔父ならば、私の叔父。バネル家所有の邸宅をひとつお譲りさせていただきますが?」



――それとも、買うか?



という響きが言外に乗っている。


この場を出れば国王陛下の御前で述べた言葉は既成事実化し、この場で言い争えば、国王陛下に対する不敬ともなりかねない。


公爵継承を諦めきれない叔父が立ち往生する様は、実に無様な負けっぷりだった。


どうせ、叔父は別邸から追い出さないといけなかった。


レンナルト。突然現れて、なかなかいい仕事をしてくれた。


見かねたのだろう、宰相閣下が、



「よい話ではないか。今後も王宮にて忠勤に励むため、お受けせよ」



と、助け船を出されて――叔父にとってはトドメを刺されて――、その場は収まった。


宰相閣下が叔父の後ろ盾であることは周知の事実。叔父の無様は、宰相閣下の名声にも傷を入れる。切り捨てられて当然のふる舞いだった。


墓守こそは我が家の家職と国王陛下に言上し、リルブロル常駐を認めていただき、わたしのために開かれた式典は幕を閉じた。


女公爵として領地経営はしないといけないけど、リルブロルに引きこもる読書三昧の日々は確保できた。


帰り際、ディアナがわたしを睨んでた気がする。だけど、わたしにはよく見えない。


にっこり微笑んでおいた。

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