第二十五話 胸の痛みも、ケーキの甘みも
見終わって出口で合流した時、すみれさんの目が輝いていた。
きっと、何かを思いついたのだろう。
創る人間というのは、側から見るとこんなに分かりやすいんだ。
碧も、そうだった。
何をしようかワクワクして、楽しくてたまらないという表情になる。
「すみれさん、楽しかったね」
「本当に、もう今すぐ帰って描きたいくらい」
「良いの思いついたんだ」
解散しようか? と提案しようかとも思った。
でも、きっとすみれさんはその気がないともわかる。
せっかくのお出かけだし。
「ちょっとカフェ入ろう! メモだけしちゃいたい」
「おけおけ!」
すみれさんの提案に頷いて、近くのカフェを検索する。
カエルだらけのカフェを見つけて、気になってしまった。
すみれさんにスマホを見せれば、大きく頷いてくれる。
すぐ近くらしい。
ナビを頼りに進めば、童話に出てきそうな可愛らしい扉のカフェが目に入った。
木の蔦が建物に巻き付いて、見た目から涼しそう。
すみれさんと二人で店内に入れば、ほどよい空調。
寒すぎず、暑さがすうっと引いていく。
入り口には、ショーケースにたくさんのカエルが並んでいる。
一箇所に集められてると、圧巻だった。
窓際のカウンター席に案内されて、メニューに目を通す。
ケーキセットがある!
「すみれさん、ケーキセットは?」
「それにする! アイスのブラックコーヒーと、ケーキはコハちゃん食べたいので」
「え」
「よろしく!」
私に伝え終わったか、終わらないかで、すみれさんはカバンからメモ帳を取り出した。
そして、メモ帳に付けていたペンでさっとラフを描き始める。
かぼちゃのチーズケーキとガトーショコラが、目に止まった。
すみれさんもあまり好き嫌いはないはずだ。
私はコーヒーはダメだから、ココアにしよう。
店員さんを呼んで注文を伝えれば、優しい目線で私たちを見てからオーダーを受けてくれた。
美術館近くのカフェだから、こういうのに慣れているのかもしれない。
注文を待つ間、すみれさんの手の動きを眺める。
すっすっと迷いなく引かれていく線は、いつものすみれさんのふわふわとしたイラストを作り上げていった。
輪郭が濃くなるたびに、見覚えのあるイラストになっていく。
見てるのが楽しくなってきて、真剣に見つめすぎていたらしい。
いつの間にか、テーブルにはケーキとコーヒー、ココアが並んでいた。
「すみれさん?」
小さく声を掛けてみれば、ハッと顔を上げる。
「ごめんごめん、集中しちゃってた」
「ううん、見てて楽しかった」
「それならよかった、ケーキおいしそうじゃん。半分こしよ! フォークで切っちゃって良い?」
頷けば、すみれさんは迷いなく真ん中で半分に割ってくれる。
二種類のケーキが乗ったお皿を、渡してくれた。
ケーキを頬張れば、かぼちゃのチーズケーキはほっこりとするような味がする。
「おいしい!」
「ほっこりする味だね」
私が思ったことと同じ感想で、つい、嬉しくなってしまう。
やっぱり、すみれさんとは感覚が通じ合ってるんだ。
「創る人って、何かに影響されるとすぐ手を動かしたがるよね」
「そう?」
「碧もそうだったから」
碧のあのキラキラとした目を思い出して、ふふっと笑ってしまう。
真剣にスマホに打ち込んでいた碧と、全く同じ顔をしていた。
仲がいいと行動や表情まで、似てくるのかもしれない。
ガトーショコラにフォークを差し込みながら、スミレさんはんーっと唸った。
「なに?」
「あーちゃんのそういうとこ見たことなかったから」
「え?」
すみれさんの言葉に驚いて、目を丸くしてしまう。
二人とも創作の悩みとかを打ち明けあっているんだと、勝手に思い込んでいた。
それに、こういう感じで、創作のヒントを得たらすぐ動くもいうのもしていると……
「あーちゃんが音楽やってるのは知ってるよ。ギターとか、弾いてたし」
「すみれさんが絵を描く人なことも、碧は知ってたよね」
「そうそうお互いそういう趣味があるのは知ってるけど、まぁ学校の友だちだから」
突き放したような言い方に、首を傾げてしまう。
髪を耳に掛ける仕草に、目を取られて息が詰まった。
すみれさんの耳についていた、ピアスもなくなっている。
あの日、碧のピアスもなくなっていた。
二人に、何かあったのかもしれない。
私が何かをできるとは、思わないけど。
「お互い何やってるのかは、見せることもなかったし。そういうもんでしょ、学校のバカ話する友だちって」
そういうもん、なのかな。
私には、すみれさんと碧しかいないから、よくわからない。
それでも、二人が仲違いしてるのは、嫌なことだけはわかる。
ココアを飲めば、優しい甘さが口いっぱいに広がった。
碧とすみれさんが、私にくれる優しさちょっと似てる。
「碧と何かあった?」
「え? ないよ」
表情は、いつもと変わらない。
でも、二人お揃いのピアスもしていないし……
指に目を向ければ、リングも無かった。
「お揃いのやつって」
「あぁ、やめたの」
右手の薬指を触りながら、すみれさんは困ったように笑う。
踏み込んでほしくないというアピールかも。
それでも、私は二人の友だちだから、踏み込む。
昔の自分では想像がつかなかった、自分に、笑いそうになってしまったけど。
「ケンカじゃないなら、いいけど。仲直りはしてよ」
「そういうのじゃないって。学校の友だちって、利害関係の一致じゃん。別に夏休みまで仲良しこよしする必要なくない?」
「本当にそう思ってる?」
屋上で三人で話した時、全然そんな感じじゃなかった。
二人はお互いを心から信頼してるように、私には見えたよ。
「本当だって。私にはコハちゃんが居ればいいの」
「私のことでケンカした?」
自意識過剰かもしれない。
わかっていても、口が勝手に動く。
「そんなことないって、しつこいなぁ」
「すみれさん、話逸らす時、下手くそだよね」
「なに?」
ピリッと空気が、揺れる。
図星だったのだろう。
すみれさんの纏う雰囲気が一気に、変わった。
「碧と何でケンカしたの」
「だから、そういうもんだって」
「すみれさんの嘘つき!」
「っていうか、今一緒にいるのは私。あーちゃんの話とかよくない?」
ふいっと目線を逸らされた。
すみれさんは膨れっ面で、ケーキを頬張る。
やだなぁ。私のせいで二人が離れてほしくない。
私が関わったからとか、思いたくないし。
どこまでいっても自分のためにしか思えなくて、自己嫌悪が募った。
「コハちゃんが心配することじゃないよ」
「いつかは、話してくれるならいいんたけど」
「なんにもないんだって」
「話してくれないなら、縁を切る」
罰ゲームですみれさんが言いそうだなと想像した言葉を、告げた。
シーンッとしたカフェに、すみれさんの大きな声が広がる。
「はぁ?」
しーっと人差し指を口に当てれば、すみれさんは慌てたように両手で口を押さえる。
「コハちゃんのそれは、卑怯でしょ」
「だってすみれさんが意固地になってるから」
「あーもう……」
コーヒーを一口飲んでから、瞬きを何回も繰り返す。
そして、深いため息を吐いてから、意外な言葉を口にした。
「ケンカじゃないのは、本当」
「じゃあ、どうしてお揃いとかやめたの」
「お互い、同じ人を好きになったから」
「へ?」
想像もしていなかった話に、私も大きな声を出してしまった。
碧に、好きな人がいる。
私のことをまるで、好きみたいに言っていたくせに。
そんな事実に、胸の奥がずきんずきんと痛んだ。
今は、すみれさんのことだ。
好きな人が被ったからといって、お揃いをやめた理由に、繋がらない。
「ライバルになったってわけ」
「それがどうなって……」
言いかけたところで、すみれさんは言葉を続ける。
ごくんっと言葉を飲み込んで、すみれさんを見つめた。
「勘違いされたらイヤでしょ。あのリングだってナンパ避けで、普通の友だち同志のアクセサリーなのに」
私の悪い想像は間違っていたようで、単純に、好きな人に勘違いされないように外した、だけ?
それにしては、すみれさんの反応が引っかかる。
まるで、友だちじゃなくて利用しあってるみたいな言い方をしていた。
そんなはずないのに。
「それだけじゃないでしょ」
「コハちゃんって変なとこ聡いよね」
「褒めてないことだけは、わかる」
トゲトゲとした言葉が、耳に突き刺さる。
すみれさんの心が、触れられたくなかったと言ってるみたいだった。
「それだけじゃ、ないでしょ?」
もう一度ゆっくりと口にすれば、すみれさんは諦めたように遠くを見つめた。
「嫉妬したの」
「嫉妬?」
「お互いが唯一無二の友だちだと思ってたけど、好きな人のことを優先したから。二人とも。私も同じくせに、嫉妬しちゃったの」
すみれさんの言葉に、頭がこんがらがる。
それでも、恋愛絡みでお互い揉めてることだけはわかった。
「どっちか、もしくは、好きな人の恋が成就したらまた仲直りすると思うから、コハちゃんは待っててよ」
引き下がるしかない。
渋々と頷けば、すみれさんはフォークをくわえたまま、くすくすと笑う。
「コハちゃんって情に厚いよね」
「なにそれ」
「私たちのこと、そんなに大好きなんだ?」
カチンときたけど、事実だから否定はしない。
すみれさんも、碧も大切な友だちだから。
唯一と言ってもいい二人。
「好きだよ」
「あー、ずるい」
「聞いたのはすみれさんのくせに」
「ごめんごめん」
ふふっと笑い声をこぼしながら、ケーキを頬張る。
すみれさんの緩んだ表情に、この話題が終わったことを悟った。
二人がいつか仲直りすると決めているならいい。
それに、好きな人を奪い合うライバルになったということは、私がしゃしゃりでる場面じゃないだろう。
二人の恋の行方を、大人しく見守るしかない。
本当に?
碧の恋が成就したら、私、後悔しない?
今でも、こんなに体の中心から割れるように痛んでるのに?
その後に口に運んだココアも、ケーキも、味がよくわからなくなってしまった。
碧に好きな人がいる、そんな事実がずっと脳を埋め尽くしている。
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