第二十三話 尊重し合う関係性
届いた日替わり定食は、おいしそうな匂いを漂わせる。
空腹を感じていなかったのに、ぐううっと鳴った。
碧の方からも聞こえたから、同じだったのだろう。
「早く食べよ!」
「はいはい」
「いただきまーす!」
両手をきっちり合わせて、ピンとした背筋。
碧の美しい仕草に、時々めまいがしそうになる。
私もなるべく、背筋を伸ばして両手をを合わせた。
「いただきます」
一口食べれば、ほっとする優しい味付けだ。
「おいしいでしょー?」
まるで自分が作ったかのような、ドヤ顔。
碧のそういうとこが、好ましく思えてるのは、だいぶ、やられてるんだろう。
小さく頷いて、ごはんもおみそ汁も、食べ進めていく。
「いつか、紅羽と来れたらなって思ってたから嬉しい」
碧はふふふっと笑い声付きで、微笑む。
行きつけのお店だったんだろう。
こんな見つけづらいところにあるのに、迷いなく進んでいたのもそういうことだ。
碧のお店のセンスがいい。
ちょっと、高校生っぽくないとこも含めて。
「紅羽といろんなところいっぱい行けたら、いいなぁ」
「付き合うよ、いつでもとは、言えないけど」
「言質取ったから! 次はどこ行こうかなぁ」
もうすでに次のことを考え始める碧。
私は優しい味に舌鼓を打ちながら、二人で行きたいところはどこだろうと考えていた。
海が似合うと思う。
碧は、青色が似合うから。
爽やかな透き通るようなブルー。
海の飛沫を浴びて目を細めて笑う碧を想像したら、またイラストを描きたくなってきた。
「おいしい〜」
幸せそうな声に、碧を見つめる。
頬が垂れ落ちそうなくらい、とろけた表情だ。
魚も好き。
自分の脳内に、碧のことをメモする。
知らなかった碧を知れるのが、嬉しい。
きっと、すみれさんは私の知らない碧をたくさん知ってるけど。
無性に湧き上がる、胸の中の炎に気づかないふりをして最後の一口を飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
「あったかいお茶、飲む?」
「あ、ありがとう」
飲み物はセルフだったようで、気付けば先に食べ終わった碧が持ってきてくれた。
一息つきながら、あたたかい緑茶を飲む。
外気温が暑いからか、空調が効いていて店内は涼しい。
だから、あたたかい緑茶は、ちょうど良かった。
「あ、そうだ。碧に見せたいものがあるの」
お客さんも他に少ないし、ちょっとくらい長居しても許されるだろう。
テーブルの上の食べ終わった食器を端に寄せる。
そして、碧の前に私のスマホを置いた。
「もしかして、できたの? え、さすがに早すぎない?」
「全部なわけないでしょ」
「だよね、焦ったぁ! 私のやつ、まだ完成じゃないから焦っちゃった」
あれで完成ではなかったのか。
かなりの完成度で、音源をもらったと思う。
「歌詞もね、ちょっと悩んでるところあるから」
困ったような顔で、目を伏せる。
碧の長いまつげが、ばさりと揺れた。
「良いことは言えないかもだけど、私で良かったら相談乗るよ?」
いつもの自信満々の碧ではなく、つい心配になってしまう。
碧は瞬時に顔を変えて、にこぉっと効果音がつきそうなくらい笑顔になった。
「ありがと! 紅羽のそういうとこ、マジで好き」
ハートマークを手で作って、私に送る。
本当に、赤いハートが飛んでるような錯覚を起こした。
クラクラとハートにやられながら、話題を変える。
「とりあえず、見てよ。出来たとこまで」
「そうだった! 再生していい?」
「あ、音楽に合わせて見る?」
「あー、イヤホン貸して!」
少しためらってしまう。
イヤホンの兼用って、友だちならするもの?
私は全然良いんだけど。
イヤホンをカバンから取り出して、おしぼりで何回も拭き取る。
「意外に潔癖?」
碧が不思議そうに聞くから、首を横に振った。
私は良いんだよ。
でも、碧に汚いものを渡すわけにはいかない。
「碧が嫌かなって」
「嫌だったら、貸してとか言うわけないでしょ」
碧が机越しに体を乗り出して、私の手からイヤホンを奪っていく。
そして、ためらいなく耳に差し込んだ。
スマホをポチッと操作して、真剣な眼差しで見始める。
どんな反応だろうか。
不安というよりも、碧に引かれないか心配だった。
あまりにも、あの女の子は碧すぎる。
描き込んだ背景も、碧と私を反映しまくっているし。
ゆっくりと碧がこちらに顔を上げて、そして、真っ白な歯を見せて唇を開いた。
「マジで良い。さすが、紅羽! もっかい見せて!」
私の返答を聞く前に、もう一度スマホを操作する。
たかだか、十秒程度だ。
まだほぼ、イラストと大差ない。
ちょっと女の子が首を振ってギターを構える程度。
それでも、碧は目を輝かせて見入っている。
「よかった」
口から漏れでたのは、安堵のため息だった。
三週ほどしたあと、碧はイヤホンとスマホを私に返してくれる。
そのまま、私の両手を握りしめて、じっと私の目を見つめた。
「やっぱり、紅羽は私の女神様みたい」
「へ?」
「見えたの。私は、これで羽ばたける。いっぱいの人に愛されるよ、私と紅羽のこの作品」
碧が言うと、本当になりそうだ。
それに、私は碧が全国で愛される歌手になってほしいと思ってる。
私のMVとかは、置いておいて。
碧がたくさんの人に知られて、愛されるなら、なんだって出来そうだった。
それくらい、碧という人間の歌を、私が一番愛してる。
自分で考えて、赤面してしまう。
碧という人間が好きな上に、歌の才能まで愛してるんだから、どうやっても碧には勝てない。
惚れてしまったのだから、最初から負けが決まってるのだ。
それなら、思う存分碧に振り回されてやろう。
「続きもできたら、見せてね」
「当たり前でしょ」
「紅羽と話してたら、歌詞悩んでたところ浮かんできた!」
私だったら、そうなってしまったらもう直したくてうずうずするはずだ。
だから、楽しみだったけど、今回の約束はキャンセルしよう。
碧の歌が好きだからこそ、そちらを優先して欲しい。
「カラオケやめる?」
私の提案に、碧はブンブンと風を切るように首を横に振った。
そして、むっとした顔をする。
「絶対、いく。ちょっとだけ待って、メモしちゃうから」
碧は自分のスマホを、ポケットから取り出す。
そして、両手で素早く何かを打ち込み始めた。
高速で動く碧の親指の動きを見ながら、続きを空想する。
窓の外の光が移り変わっていくのは、絶対入れたい。
あとは、どんな描写がいいだろうか。
あまり凝りすぎない方が、碧の歌が届く気はする。
「できた! じゃ、カラオケ行こ!」
どうやら、ものの数分でメモが終わったらしい。
碧の打ち込む速度は尋常じゃなかったから、納得だけど。
ポケットにスマホを入れてから、勢いよく立ち上がる。
お店の時計を確認すれば、十時半。
移動すれば、ちょうど開店数分前くらいにカラオケ屋さんに着けるくらいだ。
「行かないの?」
止まっていた私に、碧は左手を差し出す。
掴めば、空調のせいかひんやりとしてる。
さすさすと両手で温めれば、くすぐったそうな声を出した。
「くすぐったい」
「あ、ごめん。冷えてたから、つい」
「なにそれ、過保護! 行こう行こう!」
お会計をサッと済ませて、お店を出る。
太陽はますます照らしていて、地面からむわりと熱気が上がってきていた。
「あっつー!」
「あ、碧にもらったクールリング持ってきたんだった」
「あれ、いいでしょ! 涼しいもんね」
碧が開いてる右手で、髪をかき上げる。
ちらりと見えた耳には、ブルーのピアスが消えていた。
すみれさんと、何かあった?
聞けば、碧は素直に答えるだろう。
それでも、ちょっとだけ聞きづらいのは、どうしてかな。
何も言えず黙ったまま、碧と手を繋いで道を歩いた。
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