第二十話 ヤキモチを焼き合う
ぶにっと頬を人差し指で突かれて、すみれさんの方に気を取られる。
反対側の頬をぶにっと碧に突かれた。
「紅羽のほっぺ、めっちゃもちもちー!」
「二人して、私で遊んでるよね?」
「そんなことないよ、ね、あーちゃん」
「そうそう、可愛いなぁ紅羽はって思ってるだけ」
絶対、私の反応で楽しんでると思うけど。
笑ってる碧が可愛いから、いいか。
「で、何考えてたの?」
すみれさんは、やっぱり直接会ってもあたたかくて、優しい。
ママみに溢れてる。
「ママー」
いつものおふざけをしてしまった。
碧は、一瞬、黙り込んだけど、私に合わせてすみれさんに「ママー」と繰り返す。
「同い年の子産んだ覚えないんだけど。しかも、あーちゃんまで乗らない」
「すーちゃん、ママっぽいの、わかるー!」
「わかるーじゃないの。ほらまた話が逸れた」
「そういうとこが、めっちゃママ」
「コハちゃんもややこしくしないで」
叱られながらも、二人の間が楽しくなってきた。
こんなことになるなんて、想像もしていなかった。
だって、学校に友だちが二人もいて。
その二人も友だちで、授業をサボって、楽しくおしゃべりしてる。
ドキドキと、予想外で、頭は熱を帯びてるけど。
「で、何考えてたの?」
もう一度すみれさんに問われて、碧に真剣に尋ねてみることを決める。
どんな答えが返ってきても、多分大丈夫。
最悪、すみれさんにママーって甘えよう。
「すーちゃんと、碧、コンビニでアイス買ってた、でしょ? 不思議な味のやつ」
「結局買わなかったけどね」
「あれ、あんときコハちゃんもいたの?」
すみれさんは、私に気づいていなかった。
それはそうか。
私がコハルだとは、知らなかっただろうし。
碧は、うんうん、と頷きながら、私の話に耳を傾けている。
「いたんだけど。碧と目があったのに、ぷいって逸らされてさ。かっちんってきたんだよねぇ」
私の言葉にすみれさんは、私がぐちぐちと文句を言っていたのを思い出したらしい。
「あー、あの時の、ね」
「え、なに? そんなに怒ってたの? え? え?」
碧だけ一人、急に焦り出す。
悪気があったとか、なかったとかは、どうでもいい。
でも、私はだから、知られたくないんだと思っていた。
私みたいな人間と一緒にいること。
「違う、違う!紅羽を無視したかったわけじゃなくて、紅羽が返信くれないから、気まずくてって前に言ったじゃん!」
「言ってたけどね、言い訳だと思ってたの。って、返信?」
「コハルのアカウントに、一緒にやりませんかって送ってたじゃん」
思い返してみれば、碧から私が勝手に逃げ回ってる期間だった。
じゃあ、あの時碧が目線を逸らしたのは、本当に私のせい?
それに、私怒ってたの?
事実に気づいて、さぁああっと血の気が引いていく。
確かに碧はそう言っていたけど、ただの言い訳だと思い込んでいた。
「引かれるかなとは思ったけど、どうしても諦められなくて……送っちゃった」
私のことをコハネとして、最初から碧は知っていたから。
はにかみながら答える碧に胸がいっぱいになる。
「勝手に一人でキレてごめん……」
「そんな勘違いしてるなんて、思いもしなかった!」
あっけらかんと碧が答えるから、血が全身に戻ってくる。
碧は、私のなんでも受け止めてくれちゃう。
ずるいなと思う反面、やっぱり嬉しいなとも思ってしまった。
だから、無言でぐりぐりと頭を押し付ける。
すみれさんも拗ねたように、私たちに寄りかかってきた。
「私だけ置いてけぼり」
「ごめんごめん」
「さっきの私がそうだったんですけど?」
「言っとくけど、あーちゃんより先に仲良くなったの私だからね?」
また私を間に置いて二人がバチバチと会話をし始める。
二人とも、どんな私でも受け入れてくれる優しい友だちなのに。
「ね、コハちゃん!」
すみれさんに左手を取られて、ぐいっと引っ張られる。
すみれさんの右手が目に入った。
いつだかに見たリングが、薬指にハマっている。
「あ」
私の声と、すみれさんの声が重なった。
私の左手には、碧とお揃いのバングル。
目線の高さに持ち上げられて、すみれさんは不機嫌そうに眉を顰めた。
「これ、お揃いでしょ!」
「すーちゃんのその指輪だって、お揃いでしょ」
私だけの物じゃなかった。
そんな苛立ちと失望。
相手がすみれさんだとしても、胸が痛い。
「それは、ねぇ、あーちゃん」
「んー?」
うつらうつらと碧は私の右側で、舟を漕いでいた。
つい先程までのやりとりも忘れてしまう。
碧のゆるっとした雰囲気に、つい笑っていた。
「あーちゃんがバチバチにモテるから、ナンパ避けにお揃いのリングしてるんだよ」
「すーちゃんだって、バチバチにモテるからお揃いにしよって話だったじゃん」
聞いてしまえば、あっさりとした答えにホッとする。
私は、碧に対して独占欲を持つほど、好きになってるんだ。
自覚したら、右隣の碧の体温に心臓が狂ったように脈打つ。
「で、このお揃いのバングルは何?」
碧が私の前に左手を突き出して、バングルをすみれさんに見せつける。
碧も付けてくれていたんだ。
そんなことに、ふわりと体が宙に浮かびそうになった。
「この前買い物行った時に買ったの、いいでしょ。すーちゃんは、紅羽とのお揃いないのー?」
急にすみれさんを煽りだす碧。
落ち着かせようと左手を掴めば、すみれさんはますます驚いた顔をして私たちを見比べた。
「しかも二人の色じゃん……」
二人の色?
私のバングルは、ブルー。
碧は、ピンク。
「碧の青に、紅羽の紅色でしょ?」
意識していなかった事実に、胸が張り裂けそうになる。
すみれさんのお揃いに嫉妬する前に、私も手にしていた。
碧と私だけの特別。
「いいでしょ、ぴったりだなと思って」
「気づいてたの?」
「え、紅羽は逆に気づいてなかったの?」
こくん、と小さく頷く。
碧は呆れたように、ふっと鼻で笑った。
そして、私の膝に頭を預けて、目を閉じる。
「騒いだら眠くなったから、貸して」
「あーちゃん、話は終わってないでしょ」
「妬くくらいなら、最初からちゃんと手を繋いどけば良かったのにね?」
碧の意味のわからない言葉に、はてなが浮かぶ。
それ以外何も答えずに、私の膝の上で目を閉じた。
完璧な造形だと思う。
しっとりと長いまつげに、きゅるんっと口角の上がった唇。
艶々の白い肌も、キラキラの青い髪も。
メイクで作り込んでるとはいえ、あまりにも、完璧だった。
つい、碧の髪の毛を撫でる。
ふわりと柔らかい髪は、綺麗な青色に染まってる割には傷んでいなかった。
「紅羽の手は、眠くなるね、おやすみ!」
嫌がられなかった事に安心しながら、何度も髪の毛を撫でた。
「コハちゃんは、碧とそんなに仲良しなわけ?」
「んー、どうだろ。仲良しというより、運命共同体?」
あの日、碧が名付けたその言葉が、私は気に入ってる。
だから、友だちよりも、そちらの方で呼びたかった。
すみれさんは、私の答えが腑に落ちないようだ。
眉を顰めてから、私の肩に頭を預けた。
「私の方がコハちゃんと、先に仲良かったんだからね。碧より、いっぱい話してるし」
「すみれさんって、嫉妬するんだね」
「当たり前でしょ。コハちゃんは、特別」
私は、特別?
だから、あんなにずっと私はもっと知られるべきと言っていてくれたのだろうか。
すみれさんの中で、私は特別な絵師仲間。
二人とも、友だちというよりも仲間とか、運命共同体とか……
恥ずかしくなるような青くさい呼び方の方が合ってる気がする。
そして、それはなんだか、私にとっては心地が良かった。
「すみれさんも、碧も私の中では特別だよ」
「それでも、碧は別格でしょ」
「え?」
「声しか知らなくても、わかるよ、コハちゃんのことなら、ね」
どういうこと。
聞こうとした瞬間、すみれさんも目を閉じる。
碧もすみれさんも、寝逃げする気らしい。
私のこの胸の中の気持ちは、丸見えなんだろか。
私が、碧を好きになってしまってること。
まんまと、碧のラブソングにやられてしまったこと。
単純だし、チョロいとは思う。
それでも、私は、もう碧のことを好きなことを自覚してしまった。
すみれさん相手に、妬いてしまうくらいには。
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