第十九話 混ざって主張する三色
「あーちゃん」
「碧?」
すみれさんの言葉で、よくよく見れば、確かに碧。
焦ったような顔で、額に汗をかいてる。
「二人ともバカ!」
すごい大声で叫ぶから、慌てて碧の口を塞ぎにいく。
「もう授業始まってるんだよ! 碧のバカ」
「あ、ごめん……」
しゅんとした碧に、こちらの方が申し訳なさが募る。
すみれさんは、くすくすと笑いながら私たちを見つめていた。
二人とも顔がいい。
青空背景が似合うようなキラキラしてる。
やっぱり、私とは違う人間だなと、実感してしまった。
「紅羽がすごい顔してぷるぷる震えながら、すーちゃんに連れて行かれたから心配したのに」
「ごめんごめん、大丈夫だよね、コハちゃん」
「すーちゃん、コハちゃんって呼んでるの? こはね、とも確かに読めるもんね」
碧はすみれさんが知らないと思って、必死に誤魔化してくれている。
でも、目線がキョロキョロ動いて、バレバレだ。
「あ、そうそう!」
そして、すみれさんは慌てて訂正をする。
こちらも、バレバレすぎて、私は一人でヤキモキしてしまう。
碧は、すみれさんが絵を描くことは知っていた。
でも、すみれさんなことは、知らない?
すみれさんに近寄って小声で確認しようとすれば、碧は私たちの間に割って入る。
「なに、二人して」
「いやぁ、その」
どうしていいかわからなくて、濁す。
すみれさんに助けを求めるように視線を向ければ、すみれさんは、手をぽんっと叩いた。
「あ、そっか。あーちゃん知ってるのか! コハネのこと!」
「どういうこと?」
「私も知ってるの、というか、絵師仲間、みたいな」
怪訝そうな碧は、私とすみれさんを見比べる。
そして私に確かめるように、じっと私を見つめた。
「そう、元々知り合いだったの」
「じゃあなんであんなに怯えながら連れて行かれたの」
「知らなかったから」
「はい?」
「今の今、知ったの! その人がすみ、すーちゃんだって」
すみれさんが本名かは、わからない。
それなら、すーちゃんと呼ぶしかない。
すみれさんは、うんうんと大きく頷いていた。
じとーっとした目をした碧も可愛いから、やっぱり顔が整ってるのは得だと思う。
そんな関係ないことばかり、考えてしまった。
多分、現実逃避だ。
だって、こんなに疑われるような視線を向けられると思わなかった。
体の芯が冷えて、また震えてしまいそう。
「だから、あーちゃんの心配してるようなことは、なんにもないの!」
すみれさんに肩を引き寄せられる。
私も、すみれさんの肩に手を回して、わざとらしくニコニコとした。
碧は、不機嫌そうな顔になって、私とすみれさんの間に両手をぐいっと差し込む。
「なんかやだ!」
な、なんかやだ?
いつもの碧らしくない拗ねた口調。
可愛らしくてつい、すみれさんと目配せしあう。
「私の友だちだし、大切な人だし、うれしいけど、なんかやだぁ……」
弱々しい言葉に、碧を間に入れて肩を組む。
満足したように碧は、唇を緩めた。
「すーちゃん相手でも譲らないからね」
ぼそっと聞こえた言葉に、首を傾げる。
碧もすみれさんも、何言わずにじっと見つめ合っていた。
うん、なんか、私だけ、やっぱり違う気がする。
「それ! 私探してたのに!」
碧がやっと、私の手元にあるノートに気づいた。
そして、声をまた大きくするから、碧の口を手で塞ぐ。
「私たち、サボっちゃってんだから!」
ヒソヒソと言葉にすれば、すみれさんも碧も生ぬるい目線に変わった。
なんだろう。
哀れみのような……
「別に何も言われないって」
「そーそー、ここゆるいし」
「へ?」
「私もすーちゃんも割とよくサボってるけど、怒られたことないよ」
二人して当たり前の顔して、悪い子だ。
私は、授業をサボったことなんて今までなかった。
それに、二人が許されてるのはこの見た目のせいもあるのでは……?
「成績さえ悪くならなければ、厳しくないから」
すみれさんの言葉に、ぎくりとしてしまう。
うん、二人とも頭もいいんだった。
クラス分けを思い出して、深いため息を全身で吐く。
「二人は、怒られないかもしれないけど、私は多分怒られるよ……」
言いながら、悲しくなってきてしまった。
すみれさんが碧と同じクラスだとしたら、難関大進学クラス。
私は、普通クラスだ。
二人とも私より、はちゃめちゃに賢い。
「えー? そんなことないと、思うけどねぇ?」
「そうそう、とりあえず、授業始まっちゃったし、ゆっくりしよーよ」
碧の甘い誘い文句に、頷きそうになる。
始まったとはいえ、まだ数分だ。
今戻れば、遅刻で終わらせてもらえる。
「私は、戻る!」
「はい?」
「えー?」
二人してつまらなそうな顔する。
私は、やっぱり二人とは違うから、出席すら大切だ。
だから、二人を置いて戻ろうと一歩踏み出した。
両方から手を引っ張られると思わなかったけど。
「行かせると思う?」
「ね、行かせるわけないじゃん。一緒にゆっくりするんだって!」
二人の言葉に、もう一度わざとらしく息を吐いた。
抵抗するだけの授業へのやる気があるわけでもない。
仕方ないと従うふりして、足を止めた。
フェンスに背中を預けて、三人で地面に座る。
そして、真っ青な空の下、先ほどのノートを広げた。
「やっぱコハちゃんのイラストはいいよね。多幸感が溢れてる」
「そう、切ないのに、幸せ感、わかる? すーちゃんさすが!」
両隣からの褒め言葉に、ちょっとキャパオーバー。
「これで本当にいいの?」
「紅羽はこれがいいと思ってるでしょ? 私もいいと思ってるよ」
「関係ないけど、私もいいと思う。多分、素敵なものになると思う」
まっすぐに二人に見つめられるから、両手で顔を覆った。
両隣のくすくすと笑う声は、聞こえないふりをする。
「すーちゃんも一緒にやればいいのに」
ぽそりと小さく言葉にすれば、意外なことに碧が拒否した。
「ダメ」
すみれさんの反応を確認するために、ちらりと横目で見れば笑ってる。
怒るかな、って不安になったけど、私の知らない絆が多分二人にはあるんだろう。
「違うのならいいけど、これは、紅羽だけじゃないとダメだから」
「言ってみただけ。でも、いつかは三人でできるといいね」
ふわりと吹いた風が、すみれさんの髪の毛を持ち上げた。
長いツヤツヤとした髪の下。
右耳に、碧と同じ形のピアスを見てしまった。
恋人とのお揃いかと思ったけど、すみれさんとのお揃いだったのか。
思ったよりも、ショックを受けてる自分にちょっとだけびっくりした。
「いつかは、一緒にやろうね。私もコハちゃんとコラボしたい」
「いつか、ね? これは、ダーメ!」
「はいはい、いつか、いつか」
私を挟んで会話する二人。
仲良し独特の雰囲気に、つい口を噤んでしまう。
「紅羽が黙っちゃったじゃん」
今更のことをふと思い出す。
あの時、碧は私から目線を逸らした。
すみれさんともう一人の友だちとアイスを買っていた時。
あの時は、言ってくれなかったのに。
今なら言えると、思ったのだろうか?
「まーた、一人で考えてるよコハちゃん」
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