第十一話 新発見をする
碧は当たり前のように、難題を私に突きつける。
それでも、できる限りやると答えたからには、探るしかない。
「わかった」
惜しみなく、私の全力を注ごう。
ここまで私を望んでくれる碧に応えるために。
ぎゅっと拳を握りしめて、決意を固く結ぶ。
「じゃ、スイマジのライブ鑑賞会しよー」
「へ?」
「何事も勉強、でしょ?」
DVDプレイヤーを起動させながら、碧はいい笑顔を見せる。
テレビで始まったのはスイマジの海をテーマにしたライブ「大海探検」だった。
碧は当たり前のように私の隣に座って、ハムスターのぬいぐるみを抱きしめる。
触れそうな太ももに少しだけ、心臓が変な音を立てた。
距離が近づいた分、甘い香りも強まる。
「この衣装可愛いよね。海なのに、天使みたい」
パッとテレビを見つめれば、確かに羽に見えなくもない衣装だった。
スズハルのメイクも海というより、空のような青さ。
「メイクも空っぽいよね」
「え、やっぱわかる? 紅羽なら伝わるかなって思った」
すぐ至近距離で笑われて、つい、テレビに目を逸らしてしまった。
スズハルがいつもの顔で、私たちを見つめている。
アイシャドウも羽のように入れられてるように、見えた。
スズハルは海にも、空にも見えるように作ったのだろうか。
スズハルのことだから、たまたまなど絶対にない。
「私はこれ、空の話だと思ってるんだ」
「どうして?」
「衣装が天使っぽいのもそうだけど、歌もほら全部、生きていくこと、死ぬことを歌ってるでしょ」
碧はセトリを、私に差し出す。
スイマジは死生観を歌ったものも、多い。
どうせ終わりが来るという諦めと、だからこそ、好きに自分の思う通りに生きるというメッセージ。
見方によっては、スズハルの音楽はとても冷たい。
誰にも期待をしていないから。
それでも、全ての人が報われるように。
不幸にならないように。
今の生を全うできるようにと、優しく祈ってる。
そういう曲が多くあるとはいえ、全部の曲がそうではない。
「たしかに、そうかも」
セトリの曲は全てが全て、終わりが来るまでのことを祈るような曲だった。
時には強い諦めや、痛みを爆発されるもの。
時には、優しく抱きしめるようなもの。
様々な種類があるとはいえ、全て終わりにつながっていく曲だった。
「碧はすごいね」
ため息をこぼしながら褒めれば、碧は不思議そうな顔をする。
ライブの時の歌い方が好き。
だから、ライブ映像ばかり聴いている。
それなのに、私はそんなことに気づきもしなかった。
ファンアートを描くために、映像だって血眼になって見ていたはず。
「そう……?」
恥ずかしそうな困ったような顔で、碧が微笑む。
「私にはなかった視点、だったから」
私の方まで恥ずかしくなって、声が小さくなっていく。
肩をすくめてから、碧は誤魔化すようにテレビを指さした。
「ここの、マルくんのギターかっこいいよね」
「マルくん推し?」
「えー? 箱推しかな」
私はスズハル推しだ。
スズハルの曲を完璧な完成度で演奏してくれるギターのマルくんにも、スズハルを支えてくれてるであろう幼なじみでドラムのハナくんにも感謝はしてるけど。
私は、スズハルの言葉を吸収したくてスイマジを聞いている。
二人が居てこそのスイマジだとは思う。
それでも、あまり注意して見たことはなかった。
マルくんの真っ青な髪を見つめながら、こんな顔をしていたんだと今更気づく。
イタズラっぽく口元を歪めて、細めた目がセクシーだった。
「マルくんも、髪真っ青だね」
呟いてから、碧と見比べる。
長さの違いはあれど、フォルムも似ていた。
青色も深い青空のような、青で同じに見えるような……
「えっ?」
碧とテレビのマルくんを、何度も交互に見れば碧は顔を覆った。
憧れて、マネしてる……ってこと?
ちょっと、いいなと思ってしまった。
私もスズハルと同じ髪色にしたいかもしれない。
この時のスズハルは、黒髪にカシス色のメッシュが入ってる。
カシス色か……さすがに厳しい。
「変……かな」
一人で思案していれば、碧の掠れた声が聞こえた。
「え?」
「マネしてるの。マルくんに憧れて、ギター始めたから」
てっきり、私はスズハルから入ったと思い込んでいた。
だって、碧の書く歌詞は、あまりにもスズハルの影響を受けてる。
「マルくんから、だったんだ」
「テレビでギターの演奏してる時、見て、なんて楽しそうに生きてるんだこの人たちって」
スイマジを楽しそうに生きてると評する人には、初めて会った気がする。
テレビや音楽の上澄みだけを掬えば、きっとそう見えるだろう。
だって、ポップな曲ばかりだ。
音は。
中身を見れば、全然ポップではないけど。
「そこから歌詞を聞くうちに、あぁ、私に向けられてるなってハマった感じ」
「わかる! 私に向けられてる曲ばっかだなって思った。多分、みんな同じように悩んでるんだよね」
「そう! 生き方は違うし、多分悩みも違うけど、深掘りしていったら、同じとこに辿り着くと思うんだよ」
だから、碧の曲は寄り添おうとする気持ちが入ってるんだ。
私は、碧の歌を聴いた時も、私に向けられた曲だと思った。
強がってるくせに、スイマジが無ければ何も感じなかった私への応援歌。
「碧の曲も、私に向けられてると思ったよ」
「ほんと?」
「うん、だから、イメージがいっぱい沸いちゃったんだと思う」
えへへと頬を緩めて、碧は私の肩に寄りかかる。
その重さにぐらつきそうになりながらも、床に手をついて耐えた。
碧の少し高い体温が、私にも移ったみたい。
空調が効いてるはずの部屋が、ちょっと暑く感じ始めた。
「私もスズハルみたいな髪色にしようかなぁ」
碧なら、いいと思うって肯定してくれる気がした。
私自身は、肯定できない。
私なんか、って絶対に思ってしまう。
それでも、碧はいいじゃんって言ってくれると思った。
だから、甘えて声に出してしまったんだ。
「似合うと思う。紅羽イメチェンしない?」
「はい?」
「素材がいいから、もっと、可愛くなるなって思ってて……いや、私好みになるというか」
「ナニソレ」
碧好み、とは?
ギャル?
いや、ギャル好きだし、なれたらいいけど。
私は、ギャルにはなれないタイプだ。
地味だし。碧みたいに、陽のオーラを持ってもいないし。
「似合うと思うんだよねぇ、やってみない? 夏休みだけとかでも」
「考えとく」
「私の服貸すし!」
隣の碧に、目を移す。
うっすい腰に、主張する胸。
すらりとした脚。
上から下まで見てから、首を横に振った。
「着れるわけないでしょ!」
「やってみないとわからないじゃん」
「サイズ考えなさいよ、サイズ!」
ぶーっとわざとらしく声を出しながら、碧は頬を膨らませた。
つんっと人さし指でつついて、破裂させる。
「今度一緒に服見にいかない? 試着だけでいいから!」
碧のぐいぐいは、やっぱり苦手だ。
私が私じゃなくなるみたいだから。
でも、それくらいなら付き合っても……
頷きそうになって、首を横に振る。
「絶対、無理! むりむりむり」
「なんで!」
「碧こそ一緒に買い物とか無理でしょ」
だって、友だちには私との関わりを知られたくないんだから。
口には出さなかったけど、胸の奥がちくんと痛む。
私は、碧にはやっぱり釣り合わないから。
それでも、碧のために全てを変える気もない。
可愛い服は好きだし、着てみたいとも思う。
でも、今の自分が楽で、私は嫌いじゃない。
ウジウジしてしまうところや、似合わないと逃げ出すところは、まぁ、ちょっと嫌いだけど。
「私は、紅羽とおでかけしたい、よ」
いつになく弱々しい言葉に、隣の碧を見つめる。
指をもてあそびながら、モジモジとしていた。
きゅうんと胸が痛む。
「見られたらどうすんのよ」
「見られちゃいけない人でもいるの?」
ぽかーんっと驚いた顔をされる。
この前のコンビニでの出来事を、すっかり忘れ去ったのだろうか。
机の上の麦茶が、カランと音を立てる。
手も付けずに忘れ去っていた。
コップを持って、ごくごくと麦茶を飲み干す。
氷が溶けかけの麦茶は、キンキンに冷たかった。
「碧が目を逸らしたんでしょうが!」
「へ?」
「コンビニで変な味、違った」
勢いをつけたはずだったのに、間違いのせいで止まってしまった。
碧は首を横に振って、私の手からコップを奪う。
そして、コップをテーブルの上に避難させてから、私の両手を強く握った。
私の方に向き合って、碧は口を開く。
「逸らしたのは、紅羽が嫌がってると思ったから」
嫌がってると、思ったから?
意外な言葉に今度は私が、ぽかーんっとしてしまう。
「嫌がってるって」
「旧校舎行ってもいないし、避けてたじゃん!」
自分のしてきたことを思い出して、冷や汗が額から吹き出した。
うん、してた。
してたわ。
逃げてた。
嫌がってはなかった。
とは言えないな。
ちょっと困惑と恐怖で逃げていたのは、事実だ。
「だから、気まずくて目を逸らしたというか」
「えぇ……友達に見られるのが嫌なのかと思った」
「なんで?」
至極当たり前のことのように、碧は首を傾げる。
言い訳かもしれない。
そう思ってしまうけど、考え方も価値観も違うから。
私が勝手に想像して、落ち込んで、ヤケになってただけだったって、ことにしよう。
「碧はキラキラしてるのに、私はキラキラしてないから」
「意味わかんない」
「生きてる世界線が違うの」
「同じ学校で、隣のクラスで、こうやって話してんのに?」
それはそう。
それでも、私にとっては碧たちは、違う世界の人間だった。
今までは。
「うん、そうなんだよね。私が一人でバカみたいに変なこと考えてた、だけ。だから、なんでもない」
「うん? うん?」
碧はよくわからないのか頷いたかと思えば、時々首を傾げる。
そして、パァアっと笑顔を咲かせて、私の目を見つめた。
「じゃあ、出かけてくれるってこと?」
「そこまでは言ってないんだけど……」
急に話が飛躍したなと、思ってしまう。
碧の口が少しだけひくひくと動いていた。
うん、確信犯だった。
「そんなに出かけたい?」
「友達とは遊びに行って、色々知り合いたいじゃん」
「わかった、付き合うよ」
「言ったね? 言質取ったからね?」
碧の聡明さで、伝わらないはずがない。
きっと、世界線が違うと言ったことも、本当は理解していただろう。
だって、人の気持ちを掬い上げるような歌詞を書くんだから。
それでも、私を否定しないためにか、わからないフリをしたんだろう。
嘘が、ずいぶん下手。
口元に、すぐ現れてる。
そんな碧の姿に、ちょっとだけ親近感を覚えてるから、もう手遅れかもしれない。
私は碧に、かなりやられてる気がする。
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