第五話 崇拝に近い、好き
「神聖化しすぎじゃない?」
あぁ、そうか。
すみれさんは絵師で、碧もスイマジも歌手だ。
だから、かもしれない。
自分自身も絵を描くから、ある程度身近なものとして見れているのかもしれない。
「だって、神様みたいなんだもん。スズハルは」
「神様って……」
「生きるための指針だし、スズハルがいなくなっちゃったら、生きてられないと思う」
それくらい、大きな存在だ。
スズハルの歌が好きだった。
でも、キリリとした目も、物事に関する捉え方も、本当に神様がこの世にいたら、こんな形だろうなって思うほど、美しい。
「スズハルに出会って人生変わったからさ」
「たとえば?」
呼吸が楽になったし、世界が色づいた。
急に、ピントがあったようなそんな感じ。
恋のようなものだと思ってた。
でも、違う。
スズハルは私にとっての神様なんだ。
生きる意味なんてないから、思うように生きていなさいって歌うから、私は生きてる。
自分の人生の時間の全てを、スズハルが作るスイマジのために使おうと決めた。
スイマジに出会うまでは、したいことも、生きている理由も私の前にはなかったから。
「おーい、コハー?」
「スイマジの曲に触れて、生きてたくないなぁめんどくさいなぁって気持ちが消えたんだよね」
「めんどくさいなぁっていうのが、コハちゃんっぽいわ」
死にたいとか、消えたいとか、じゃない。
ただ、息をするのも、歩くのも、学校に通うのもめんどくさかった。
どうして、世界に生まれ落ちてしまったのかわからない。
私は何も見ず、考えず、流されるように生きていた。
積極的に死ぬほど、何が辛いことがあるわけでもなく、何かに熱中できるほど楽しいわけでもない。
他の人から見たらほどほどの日常だろう。
「スズハルの歌ってちょっと、哲学っぽいんだけど」
「あー今を生きるってやつ?」
「そうそう、生きてる理由なんかないからこそ、今を思い思いに生きる、みたいな」
哲学の本を読んでみたけど、よくはわからなかった。
それでも、生きてる理由もなく、無駄に生きてることに罪悪感を抱かなくなった。
碧にも、そう思ってしまうかもしれない。
いや、もう、だいぶ好きになってる、私。
重症すぎる。
「だめだ、多分もうかなり好き」
「だろうね」
イヤホン越しで、すみれさんは楽しそうに笑う。
他人事だと思って……
「いいじゃん、やってみなよ。今を生きるんでしょ」
「それとこれは別でしょ」
「頑なだなぁ」
ため息混じりの声に、むっと頬を膨らませる。
だって、別だもん。
私は、碧の世界には入れない。
私がやってることは、ファンアートで公式じゃない。
碧が求めてるのは公式のMV。
「想像しただけでむりー」
ぐーっと伸びをすれば、ギィっとチェアは音を鳴らしてしなる。
天井を見つめれば、画面を見つめすぎていたせいか目がチカチカとした。
「どんな子なの?」
「どんな子ってなに」
「グイグイで、ばちばちに強い系なのは、わかった。あとは?」
あとは……?
碧を脳内で思い出す。
ふわりと揺れるクラゲのしっぽ。
あれ、しっぽなのかな?
触手……?
どうでもいいことを考えて、首をぶんぶん振る。
「クラゲみたいな髪型してて、頭真っ青」
「えっ!?」
すみれさんのペンの音が、ぴたりと止まる。
真っ青は、珍しいも思う。
アイドルとかでは、いるかもしれないけど。
だからこそ、私は名前を知らないものの碧の存在を知っていた。
「珍しいよね、青髪」
「そうだね。でも、クラゲヘアー、ふわふわで可愛いよねぇ」
「すみれさんもクラゲ? ってか、本当にクラゲなんだ」
クラゲっぽいなとは思っていたけど。
本当にそんな名前だとは、思わなかった。
「私は普通にロング」
「イメージは、黒髪ストレートだった」
私の中でのすみれさんは、綺麗な黒髪ストレートでちょっと落ち着いた感じ。
メガネを掛けていても似合いそう。
脳内でふわふわと、すみれさんが出来上がっていく。
「ざんねん」
「何色?」
「秘密」
秘密にする理由はわからないけど、青髪だったりして。
想像してみたけど、濃い深い青なら似合うかもしれない。
室内だと黒に見えて、外に出たら光を通して青っぽく見えるような。
イメージでしかわからないけど、すみれさんらしい気がした。
「すみれさんと会ってみたいなぁ」
「オフ会? する? 逃げるかもよ」
「逃げるわけないじゃん」
すみれさんとオフ会。
二人でカフェに行ってお話をしたり、イラストの交換をしたり……
想像だけで胸が高鳴る。
「やろーよー」
「まぁ、そのうちね」
そのうちっていうのは、だいたい達成されない。
知っているけど、私も「そのうちねー」と追うオウム返しをした。
すみれさんに会いたいけど、幻滅されそうで怖さもある。
私がすみれさんを勝手に想像するように、すみれさんもきっと私を勝手に想像してる。
その範疇から外れていたら、この関係が終わったら……
悪いたらればは、いくらでも浮かんで身体をずっしりと重くさせた。
「あ、ごはんみたいだから落ちる。またね」
「いってらっしゃーい! 愚痴聞いてくれてありがと」
「またいつでも、いってきます」
シュンっと音が鳴って、通話が切れる。
愚痴というか、一人でうじうじしてただけな気もするけど。
でも、私は、はっきりとわかった。
碧のMVは、作れない。
パソコンをシャットダウンして、ベッドへと向かう。
ごろんっと横になれば、急に睡魔に襲われた。
考えすぎて眠くなるとか、赤ちゃんみたい。
自分のことをバカにしながら、目を閉じる。
頭の中では、青い色をした髪の毛の女の子が必死に空に向かって走っていた。
空からは柔らかそうな手が、差し伸べられている。
あまりにも、碧の曲にぴったりな映像だった。
***
昨日あれだけ、すみれさんに無理な理由を並べ立てたというのに。
私は旧校舎の教室で、碧を待ち侘びていた。
授業が終わったと同時に教室を飛び出して、いつものように職員室へと向かう。
美術の顧問は私の姿を見た瞬間、いつものことのように旧校舎の鍵を手に持って近づいてきた。
「はい、あんまり遅くなりすぎないようにね」
「ありがとうございます」
受け取って、職員室を出る。
新校舎から旧校舎までは、一度外に出なければいけない。
昇降口で靴を履き替えていれば、楽しそうな友人同士の声が耳に入った。
「でね、ピジェラのカラコン、がちで可愛いの」
「髪の毛、それ何色なわけ?」
「新しくできたカフェ行った? 配信者の……」
浮き足立つ放課後の昇降口は、ちょっとだけ苦手。
楽しそうなのが羨ましい反面、騒がしくて耳を塞ぎたくなる。
逃げるように靴に足を突っ込んで、かかとを踏んだまま走り出した。
目の端に、ピンク色がふわりと揺れて一瞬目を奪われる。
ばちんっと音がしそうなくらい、がっつりピンク色と目が合ってしまった。
急いていた足が、ぴたりと止まる。
ぶつかりそうになったわけでもないのに……
ゆるくカールしたピンク色の髪の毛。
胸元が開いてる着崩した制服。
そして、しっかりと作り込まれたメイク。
可愛いというよりも、キレイ系。
でも、ギャルっぽいし碧と仲良さそうだな、という感想が浮かんでしまう。
ぺこっとおじぎをされて、カクカクっと不自然なおじきをし返した。
外に出れば容赦ない太陽がじりじりと焼き付いて、頭に熱が溜まりそうだ。
ぷはっと息を吸い込んで、気づく。
ピンクに目を奪われて、呼吸を忘れてた。
旧校舎に入れば、校内は外よりは幾分かマシ。
「あっつい、本当やになる」
ぶつぶつと文句をつぶやきながら、借りている教室へ向かう。
碧、来てるかな。
まだ、さすがに来ていないかな。
三日ぶりの教室は何も変わらず、ただ静かにそこに在る。
黒板を覆っていたシートもそのままに、イスに座る。
黒板のイラストはあの日から、全く進んでいない。
全部、碧がしつこく勧誘するからだけど。
机の上に、スケッチブックを開く。
シャーペンをカチカチっと鳴らしてから、線を引く。
夢のような、妄想のような、ベッドの中で見たあの映像を再現するように。
黒板のイラストの進みとは正反対に、手元のスケッチブックはあっという間に埋まっていく。
碧に見て欲しかった。
そして、もう一度碧の曲を聴いて確かめたい。
教室にはシャッシャッとペンが走る音だけが、こだまする。
空調の整っていない教室は相変わらず、暑い。
窓を開けて換気すれば、生ぬるい風がスケッチブックを捲っていった。
「がんばれー!」
窓の外から応援の声が聞こえて、一瞬怯んだ。
私に対して、言ってるわけじゃない。
それでも、碧に見せるかどうか悩んでる私の背中を押してくれてるように聞こえた。
まぁ、いつもの陸上部の練習なんだろうけど。
出来上がっていくイメージイラストに、心臓が変な音を立てる。
見たら、やっぱりやめた、って言われるかもしれない。
「そうなったら、そうなった時だけど」
小さく声に出してから、バカらしくなってきた。
別にやると決めたわけじゃない。
でも、寝る前の映像が脳裏に焼き付いてる。
碧のためのイメージだと思ったから、見せるだけ。
MVを作るか、どうかはまだ別。
自分に言い聞かせながら、スケッチブックはどんどん暗く染まっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます