第31話
「久しぶりですね、鏡」
「あ、あぁ……うん、久しぶり」
表情では分かりづらいが、俺を見た母は嬉しげな声で俺の名を呼ぶ。
何も疚しいことはない。
顔を見て返事を返せば良いのに、それが出来なくて、顔を逸らして返事を返す。
気まずさ、だろうか。
嬉しい気持ちとは別に困惑する俺がいる。
なんと呼べば、話せば良いのか分からない。
今の俺は臆病な子供だ。
関わるのが怖くて、何を言われるのが恐くて口を噤む、そんな子供。
まさか、土段場でこうなるなんてな。
せっかく勇気を出して来たのに、こうも怖じ気づくなんて。
思わず溜め息を吐いてしまう。
このままじゃ駄目だ。
最期の時にこれじゃあ、後悔が残るだけ。
1度大きく息を吸って吐く。
覚悟を決めて顔を向ければ悲しげに笑う母の姿。
「恐ろしいですよね。こんな姿ではとても……」
「そうじゃない!」
思わず声を荒げてしまう。
びくりと体を震わせ驚く母の姿を見て、しまったと思うがもう既に遅い。
否定したい気持ちとどうにかしなければという思いが混ざり合い、支離滅裂な言葉が口から発せられる。
「いや、違う! あっ、いや、そうじゃなくて……!俺は別に恐いなんて思っていなくて、ただなんて話せば良いのか、どうすれば良いのか分からなかったというか……」
話せば話すほど、自分が何を言いたいのか分からなくなる。
言いたいことが沢山あるのに、優先順位が付けられない。
まるで言葉の海にでも沈んだかのようだ。
踠いてなんとか脱出しようとするのに、話せば話すほど泥沼に溺れるように沈んで行く。
止まりたいのに止まれない。
言い終わらなければ、そんな強迫観念に駆られて言葉を発し続けてしまう。
もはや後に引き返せなくなった俺の耳に届くのは母の笑い声。
「ふっ……ははははははっ!」
驚きのあまり言葉が止まる。
そんなに可笑しかったか?
思わず困惑気に母を見詰めてしまう。
「はぁ、はぁ……ふふ。そんなに焦らなくても、言いたいことは伝わってますよ」
「そ、そうか……」
なら、良かった――とはならない。
あんなに爆笑されると流石に恥ずかしくなる。
俺、そんな面白いこと言ったか?
いや、慌てぶりが面白かっただけか。
気まずさが消えたのは良いんだが、これはこれで別の気まずさがある。
「それにしても、随分と可愛らしい女の子になりましたね」
「あぁ~、これか」
そう言えば母は知らなかったか。
この環境で知らないのは無理もないし、普通こんな姿にはならない。
これ、なんて説明しようか。
いや、そのまま伝えるしかないんだけどさ。
どう説明しようか悩む俺に母は言う。
「話したくないのなら話さなくても良いんです。たとえ、どんな理由があろうと鏡、アナタが無事で居てくれたのなら私はそれだけで嬉しい」
「母さん……」
思わず漏れ出たその呼び名。
これでは母さん――ナヨと被ってしまうと分かっていながら、無意識にその名で呼んでしまったのは一番しっくりと来たからだろう。
というか、母親が2人居るとか普通じゃないよな。
1人は今世の母親で、もう1人は前世の母親とかホント、普通じゃない。
どんな星の下に生まれたこんな人生歩むというのか。
我が事ながら数奇な運命だと思うばかりだ。
「私の事を母さんと、そう呼んでくれるのですね。少ししか居て上げられなかったというのに……」
「時間なんて関係ない。母さんは母さんだ。どれだけ離れようと、過ごした時間が短ろうとそれは変わらない」
「そう、ですか………まさか、子に諭される日が来るなんて、思ってもみなかった……これも伊神様の、そしてナヨ様のお陰。私はとても恵まれていますね」
スゴく嬉しそうに笑う母さんを見てると、俺まで笑みを浮かべてしまう。
辺りに漂うホッコリとした空気。
さっきまでの気まずさは何処かに行ってしまったみたいだ。
「なぁ、母さん。俺の面白話、聞いてくれるか?」
「否と言う訳ないじゃないですか。私に聞かせてください。鏡の、面白い話を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます