第十章:They are the best toys.

「うーむ、つまらんなぁ…」天地創造の神である『テラス』はやりたいことが思いつかずに退屈な日々を過ごしていた。部屋にある白い壁をぼーっと見たり、雑に数を数えてみたりもしたが、それすら飽きてしまった。今はただ漫然と時間をやり過ごさなければならず、彼にとっては生き地獄のように思える。


彼には「この世界を創造する」という大切な使命があった(それは使命というより、生まれながらに背負っていた運命と言った方がしっくりくるかもしれない)。

その始まりは、今からず〜っと昔の紀元前5508年。「狭いのは嫌だな」と、今まで見たことのないくらい大きな宇宙を創造し、しっかりと奥行きと広がりのある『安心の広々設計』を施した。続いて「明るすぎると疲れるから」とちょうどよい明るさの光を。地面も広くて安定しており、海は深く神秘的に。すべては「快適さ」を基準に調整した。


生き物たちを創造する際にも、同様に快適さを重視した。喧嘩や拒絶が起きず、共存できるようバランスを考慮し、870万種類を創造した(今思えば作り過ぎた)。カラフルな鳥たちが空を舞い、かっこいい見た目の魚が海底を移動する。これほど完璧な世界はないと思う。こうして彼は世界をたった一人で創造した。


そう、創造してしまったのである。彼の使命は「この世界を創造する」こと。だから創造が終われば彼の役目はおしまい。残りはやることなしである。初めのうちは「やることがなくなってラッキーだな〜」などと思っていた。なぜなら創造にはものすごいエネルギーを使うから。できれば創造など自分はしたくなかった。しかし、何十年、何百年、何千年と時間が経つにつれてその考えも変化した。今はどんな手を使ってもいいから創造したい、何か楽しいことがやりたい。この退屈な日々にはもう飽き飽きだ。



「そうだ、また彼らの観察でもするか」その退屈を紛らわせるために、彼には熱中していることが一つあった。それは「人間の観察」。あのとき、神に似た存在がいたら面白そうだなという突然の思いつきから生み出した人間を、心ゆくまで観察してみることが最近の彼の日課になっている。テラスは机の引き出しから虫眼鏡を取り出すと、部屋の中央に置いてあった地球を観察し始めた。


「どんなに難しい問題があっても、話し合えば解決するのです!!さあ、無駄な争いなんてやめて平和に過ごしましょう」今日は、民衆に向かってスピーチをしている男性を見つけた。民衆たちは「いかにもその通り」と言わんばかりにうなずき、ただじっと聞いていた。

「あはははは」思わず声を上げて笑ってしまった。漫才やコントでも見ているような感覚である。人類の歴史を振り返れば、その多くは争いの連続であり、戦争や対立、権力の闘争、民族どうしの衝突など、「話し合い」ではなく「力による解決」が選ばれてきた方が圧倒的に多い。そんな消したくても消せない過去の汚点が体にしみついているにも関わらず、現代の人たちは「話し合いで解決するべきだ」と口にする。それなのに、まるでそれが理想的で唯一の方法であるかのように振る舞う。だが現実はどうだろうか。政治の世界でも、教育の現場でも、家庭でも、すれ違いは深まり、話し合いではどうにもならない溝が広がっていく。話し合いが万能なら、なぜ争いはなくならないのか?「話し合いこそが解決の鍵」と言い切るのは、過去の重みから目を背けることと似ている。そのくせに、いまだに「話し合いで解決する!!」なんて言ってる大人たちが面白すぎる。


「いや〜やっぱり人間ってすっごく面白いな。もっと知りたくなってきたけど、どうしようかな……そうだ!」行き詰っていた思考に、一閃の光が差し込んだ。彼は手始めに四次元空間を六つ作った。一つは自分が中に入る場所。では残りの五つは何をする場所か?答えは人間を中に入れて、観察する場所だ。四次元の中にはお祭り的な場所からステージまで、どれも夢のように彩られている。粘土で作った管理人も配置しておこう。これをレベルが簡単な順から積み上げて行き、それぞれはエレベーターで移動できるようにした。上へ、さらに上へと、人間たちは欲望に突き動かされるままに昇っていく。外側から見ると、それはただの朽ちかけた廃ビルのようにしか見えない。そのビルには<クラーキャッスル>という名を与えた。彼の思いつきで名付けられた名前だ。

そこから人間たちに噂を流す。

「クラーキャッスルの最上階に行けば、どんな願いでも叶う」と。

それだけでよかった。欲望に忠実な彼らは、自らの足で、喜んで地獄へと歩いていく。最上階? そんなの、誰も辿り着かせるつもりはないな。きっと途中で逃げていく。あるいは、狂いながら死ぬ。まあ、その過程こそが、自分の楽しみであり、観察すべき「実験」なんだけどね。






「じゃ、じゃあ願いを叶える気なんて最初からなかったってこと?」神社のような場所である六階で、私はすべての表情が消え、蒼ざめた。

「そうだよ。そもそも自分が人間の願いを叶えるメリットがないし」

「そうなると、私たちは一体何のためにこのビルにやってきたんだろう…」私は自分自身をもっと疑うべきだった。この世界はそんなご都合主義じゃないし、思えば「願いを叶えるビル」なんてそんなものがあるはずなかった。「『神様に踊らされた』。今までの私たちの行動はそういうことだった。

「で、でも『願いを叶えて帰ってきた人がいる』って噂を聞いたよ」隣でミナトが聞いた。

「え、そんなの嘘に決まってるじゃん」ミナトの目から光がなくなってしまった(私の目からも、同じく光は消えていった)。


「いやーそれにしてもあなた達の言動は、観察していてとても面白かったし、いいものを見せてもらった。だって、最上階にたどり着けないように設計したのに、最上階にたどり着いちゃったんだもの。こんなの初めてだし、狂った願いを持つ彼と、未来を見つめる彼女。それだけでもうドキドキわくわくしちゃう。君たちは最高のおもちゃだよ!!(They are the best toys.)」

「…」

「だからね、特別に、あなた達の願いを叶えてあげる」

「本当?」

「そう、本当だよ。その代わりに…」

「代わりに…?」

「その代わりに、あなた達の記憶を頂戴?」

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