第七章:I will help you.

※残酷な表現を含みます。ご注意ください。




「つまり、地下にある薬を使えば彼女は助かるのです!」四階で彼に襲われた彼女を必死に抱えながら五階に逃げてきた僕。そこは劇場のような場所で、僕は彼女をロビーのベンチにそっと置いた。どういうわけか彼が五階へ追って来ないことは嬉しいが、彼女の魂が破壊されてしまったせいか、目から涙がこぼれ落ちる。そんな絶望的な状況の中、僕の元へやってきたのは一匹のカタツムリだった。

「やぁ。お困りのようだね」

「誰…?」

「ミーはクラーキャッスルに住み着くカタツムリ!ここのことならなんでも知ってるよ!!」そのカタツムリは丸いぱっちりとした目でそう話した。

「『なんでも知ってる』…。じゃあ、イクラの魂を元に戻す方法、ある?」世界というものはそんなに都合良くないし、そんな方法あるわけないだろうと思いつつ、一応聞いておく。

「あるよ!」...あるんだ。

「実はクラーキャッスルには、地下階があります。そこは病院みたいなところなんだけど、そこにある『魂修復薬』というものを彼女に振りかければ、助かるかもしれないね」

「その地下階にはどうやったら行けるの?」彼女はそう聞いた僕に一枚のカードを渡した。表面には『地下階接続』と書かれている。

「そのカードをエレベーターにかざしてみて。そうしたら地下階へ行くことができる」

「わかった。ありがとう」僕は一目散にエレベーターへ駆け出し、指示された通りカードをかざした。するとエレベーターは扉を閉めて静かに動き出し、地下へと向かった。彼女を絶対に助けたいという決意を持った僕を乗せて(I will help you.)。




そこは病院というよりも、廃病院といった方が正しい場所だった。腐食した天井からは水滴が静かに落ち、タイルのひび割れた床に小さな水たまりを作っていた。館内はほとんど真っ暗で、カバンから懐中電灯を取り出し、慎重にスイッチを入れた。光の円が床をなぞりながら、壁に沿ってゆっくりと進んでいく。

だが、闇に包まれたこの空間は、ただ暗いだけではなかった。ところどころから聞こえてくるうめき声が、僕の鼓膜を震わせる。人間が発するものとは思えない、低く湿った声。病院特有の強い消毒液の匂いが鼻を突き、奥底にわずかに腐臭が混じっているのがわかる。

進むたび、足音が不自然に響いた。いや、僕の足音ではない。誰かが、もしくは何かが、暗闇の中で並走している。背筋が凍りつくのを感じながら、僕は息を殺して懐中電灯を少し上向けた。

ロビーに足を踏み入れた瞬間、僕は息を呑んだ。クーラーが効いた冷たい空間に、無数の死体が静かに横たわっていた。それらはまるでパズルのように、糸のようなもので縫い合わされ、乱雑に置かれていた。手足が奇妙な角度でつながれ、一つの大きな塊となっていた。まるで何者かが「別の存在」を創り出そうとしたかのように。

「早く『魂修復薬』を探さなきゃ」僕がそう呟いた瞬間、『薬保管室』と書かれたプレートが貼ってあるドアを見つけた。おそらくその中に目的の薬があるのだろう。僕は恐る恐るドアを開けると、中にある薬を片っ端から物色し始めた。あっちの棚にある薬は…『精神安定剤』だから違う。こっちの棚にある薬は…『睡眠薬』だから違う。そっちのカゴに入っている薬は…『風邪薬』だから違う(この薬、『OD用』って書いてある…)。奥の棚にある薬は…あっ、あったよ、『魂修復薬』。僕はそれを手でしっかり持つと、今度はエレベーターの方へ向かった。これでイクラが助かると思うと、自然と顔に喜色が浮かぶ。


それにしても、なぜここはこんなにも不気味なのだろうか。雰囲気自体も不気味だが、ロビーにある肉体たちや所々に落ちている骸骨を見ると、この世のものとは思えない狂気さを感じる。探索中、壁に赤い文字で書いてあった『Don't come here.』や『I don't want you to become a victim of human experimentation.』などの文字も気になった(僕は英語が読めないので、どういう意味なのかはわからない)。そんなことを思いながら僕はエレベーターに乗り込み、イクラの待つ五階へ戻る。エレベーターのドアが閉まるとき、四階の管理人が持っていそうな鋭い刃と、若い男のような死体を手にした医者がちらりと見えたが、まあいいか。




「これでイクラが助かりますように…」僕は地下階から持ってきた、粉雪のように舞う薬をイクラに振りかけ、反応を待つ。するとどうだろうか。真っ二つに割れていたイクラの体がみるみるうちにくっついていき、幽霊特有の白くて美しい輝きを取り戻した。さっきまでの取り返しのつかない絶望に陥った、蒼ざめた顔もだんだんほぐれていく。

「あれ、私って確か四階の管理人にいきなり襲われて…」彼女はあっという間に目を覚ました。彼女は助かったのだ。僕は思わず体が震えるほど喜びがこみ上がり、声を漏らしてしまった。これでまた二人そろってのクエストができる(とはいえ、五階を攻略したらもう終了だけどね…)。

僕らは『この先何があっても、恐怖しかなかった四階には絶対に行くものか』と心に決め、少し休憩を取ることにした。これは四階から始まったなんやかんやで疲れてしまったからであり、彼女も全く同じ理由。目の前には劇場へ入る扉が見える。おそらくあの中に入ったら五階のクエストが始まるのだろう。






「ところでさ、ミナトは神様に何をお願いするの?」ふと疑問に思ったのか、イクラが質問してきた。少し前に僕が聞いたので、今度は逆ということか。

「僕のお願い?それは、『神様に僕を殺してもらうこと』かな」僕は静かに笑った。


これから語るのは、僕の消えた希望と、胸に深く刻まれた痛み。そして、闇に呑まれた過去。

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