ZERO外伝『均衡なき抑止の果てに』 第一幕:加速する均衡

─この世界には、誰にも触れてはならない“引き金”がある。

それは神の怒りではない。

人間が、恐怖の均衡の上に築き上げた、最も脆弱な“平和”の象徴。


そしてその名は、「核」。


北半球最大の軍事国家・大陸連邦。

その戦略司令室では、人工衛星がバサラ共和国上空の熱源反応を検知していた。


「――これは、地下核実験です」

若き女性分析官が報告する。


司令官たちは無言のまま互いを見合った。

やがて、大陸連邦主席レオン・ヴァイスマンの指示が下る。


「報復の準備を進めろ。演習規模は、先制対応を想定した最大値で」


同時刻、南東の島国連合ではテレビに速報が走る。

“バサラ共和国、核実験に成功と発表”


その映像は、歓声を上げるバサラの市民たちの姿と、厳粛な表情のラヒム・アリシア評議会議長の演説で締めくくられていた。


「我々は、ようやく世界の中で対等に語る力を得た。これは防衛であり、正義である」


世界は分断された。


核を持つ国々は正義を語る。

核を持たない国々は沈黙するか、裏で開発を急ぐ。


非核保有国の一部では、むしろ「核兵器があるから大戦は起きていない」と歓迎する声すら上がった。


SNSでは、冷笑的な投稿が流行する。


「核を持てば平和になるんでしょ?じゃあ全員で持てばいい」


不気味な静寂。

だが、その均衡は、既に限界を迎えつつあった。


誰もが思っていた。

『まさか本当に使うわけがない』と。


それこそが、抑止という神話の“最も危うい幻想”だった。


ZEROはその神話の中心に、静かに足を踏み入れた。

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