28.「お見舞い」
ギルドの宿屋にはなぜか、内側からは出られない部屋がある。鍵がかかってなければ問題なく出られるが、外から鍵がかけられていれば出られない、そんな部屋。
俺はその部屋の常連で、天井の染みもひとつひとつが記憶にバッチリ焼き付いている。
宿屋での軟禁。
何度も経験したことだ。
まさか、リリアと別れてからも軟禁されるとは思ってなかったけど。
教会を出たその足でギルドに行って、パペとパーティを結成するつもりだったのだが、現実はそうならなかった。
ギルドに行き、まず頭の治療を受けることになったのだ。
かなりの傷を負っていたらしく、全治一週間、絶対安静、クエスト受注禁止、というか部屋から出るな、のコンボを食らって今ここにいる。
絶対安静なのはいいけど、心配なのはキュールとマルスだ。
廃村で彼女らと別れるときに、遅くとも三日で帰ると言ってしまっている。
パペに頼んで俺の代わりにキュールたちのところへ行ってもらおうとも思ったのだが、『防御付与』の有効範囲も持続時間も不明だ。いざ廃村についたパペがキュールに抱き着かれて八つ裂きになるのは勘弁してほしい。
もういっそのこと窓を壊して脱走しようか……。
そんなことを考えていると急にドアが開いた。
ニコニコ笑顔の受付嬢、ケイトさんである。
「ルークさ~ん」
尋常じゃなくニヤニヤしてる……ろくでもないことを聞きつけたんだろうな、きっと。
「いったいどうしたんですか」
「どうしたって、お見舞いに決まってるじゃないですか~。天下無敵のケルベロ・スレイヤーのルークさんがまさか怪我だなんてびっくりです」
ベッドサイドに椅子を引っ張ってきて、ケイトさんは俺を覗き込んだ。
あんまり心配してなさそうな顔だ。ずっとニヤニヤしてる。
「ちょっと色々あって怪我しただけです。大したことありません」
「へ~色々ですか~。こっちも色々と面白い噂話を聞いたんですよ~」
「面白い噂話?」
「ええ。どこかの誰かさんが『ヒュブリス教団』の教会を一部破壊したとかなんとか」
う。器物損壊……。
いや、でも、魔王具を破壊するにはああするしかなかったしなあ……。
「吹き飛んだ破片が民家の屋根に当たって、幸せな家族の食卓を台無しにしたとかなんとか」
うわ……本当に申し訳ない。
「ま、その家も偶然教団の信者さんのお宅だったので、
「よかった……」
「へー、どうしてルークさんがホッとするんですか? まさかギルドの一員が小規模とはいえ街の破壊に関わっているだなんて思いたくないんですけど~?」
これは……困った。
一応ギルドは王城が運営している公的な組織だし、犯罪じみた行為は断固NOの立場だもんな……。
言い訳を考えきれずに苦笑していると、ケイトさんは急に真面目な表情になった。
「で、ルークさん。詳しい話を聞かせてください」
◇◇◇
教会でのことを語り終えると、ケイトさんは案の定、頭を抱えた。
「信じがたいですよ、何から何まで。教祖様が魔王具を悪用していて、それの餌食になったルークさんがなんとか生き延びて魔王具を破壊したって、ああもう、頭がぐちゃぐちゃになりそうです……!」
「あはは……信じてくれないですよね」
誰だって信じないだろう。魔王具の破壊なんて前代未聞だ。
なかば諦めて苦笑していると、横たわった俺の頭をケイトさんが撫でた。
「信じますよ。お疲れ様です、ルークさん」
「え」
「信じられないレベルの大事件ですけど、ルークさんって嘘つくタイプじゃないですよね。お姉さんにはお見通しです」
「……ありがとうございます。ついでに
「それとこれとは別です。ルークさんに協力するためにも、絶滅したドラゴンは直接見ないと話になりません」
ですよね……。
「ただ、今回の件は条件なしに信じますよ。これで教団がルークさんに食ってかかってくるようなことがあれば、ギルドとして全力でお
ケイトさんはいつになく真剣な調子だ。
「でも、ギルドの上層部にも信者がいるんじゃないんでしたっけ?」
「ええ。でも、それがどうかしましたか? ギルドは正しい者の味方であるべきなんですよ」
西日に照らされるケイトさんの顔は、どこか誇らしげだった。
◇◇◇
ケイトさんは「後でまた来ます」と言って部屋を出て行ってしまった。
鍵をかけずに去ってくれたならよかったけど、彼女が扉を閉めて一秒後に、外鍵のかかるガチャリという無慈悲な音が反響した。
それから五分もしないうちに鍵の開く音がした。
入ってきたのは盆を持ったパペである。
「失礼しま~す。ルークさん、安静にしてますか?」
「見ての通り軟禁されてる」
「それは良かったです!」
ちっとも良くないんだけどね……。
パペがサイドテーブルに置いた盆には、なにやら料理がいくつか乗っていた。
丸パンにシチュー。そしてぶつ切りにしたクラーケンの肉を
「お腹減ってると思いまして、食堂で貰ってきました」
「お金は――」
「そういう生々しいことは気にしないでください」
パペは頬を膨らませ、両の人さし指を口のあたりで交差させた。
「そもそもですね、ボクはルークさんに返しきれないほどの大きな恩があるんです。『自爆』スキルの件といい、教団の件といい……」
「いや、気にすることじゃないよ」
するとパペはまじまじと俺を見つめ、頭を下げた。
教団を出てからギルドに向かうまでの間、彼女には
システィーナの奇跡も天罰も魔王具に依存したものであり、それを破壊した以上彼女はパペにもお母さんにも手出しできない。教団が今後どうなっていくのかは別問題だが、一件落着と考えてもいいと、パペにはそう伝えた。
「本当に……本当にありがとうございます」
「じゃあ、食堂のごはんで帳消しってことで」
顔を上げたパペは目尻に涙を溜め、けれど晴れやかな笑顔だった。
「やっぱり優しすぎますよ、ルークさん」
「そうかな」
「そうですよ! ほら、安静にしててください! ボクが食べさせてあげますから!」
パペが、手にしたフォークでクラーケンの肉を刺す。
そして俺の顔へと運んだ。
「いや、自分で食べれるから」
「ではご自分で食べてください。……あ! 今ちょっと残念そうな目をしましたねっ! パペには分かりますよ! はい、あーん」
残念そうな目なんてしただろうか。いや、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ『引き下がるの早くない!?』って思ったけども。
俺は素直に口を開け、ありがたくクラーケンの肉にありついた。
酒場で食べたやつよりも柔らかい感じがする。味付けも甘じょっぱい。煮込んだのか。
「美味しいですか?」
頷く。
するとパペはニッコリと嬉しそうに笑った。
その直後のことだった。
廊下の方から焦りに満ちた声が聞こえてきた。
「ドラゴンがでたぞ!!」
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