【リリア視点】3.「性悪令嬢は心に誓う」

 左右を平原に挟まれた街道をテクテク歩いていた。

 隣には不愉快極まりない新入り召使いのカルロ。


 空は晴れ渡り、草原を渡る風はこんなにも気持ちいいのに……気分は最悪。


 お父様はアタシのことを「冒険者失格」だなんて言ったくせに、アタシが家出してもう一度ギルドに行くことが分かっていた。

 結構。それは結構なことよ。


 で、アタシの監視役にカルロを付けた。

 腹立たしいことこの上ないけど、それも百万歩譲って結構とするわ。


 でも――。


「なんであたくしがクエストを受けちゃいけないんですの!?」


 カルロは、アタシが冒険者として再出発するに当たって条件をつけた。


 ひとつ。

 パーティリーダーはカルロであり、クエストの受注は全部彼が行う。アタシはギルドに出入り禁止。


 ふざけてるわ。召使いの分際ぶんざいで。


「お嬢、私は元々Sランク冒険者と共にパーティを組んでいた冒険者です。実力も経験も判断力も、今のお嬢よりは上ですので我慢してください」

「ふん!! 嫌でしてよ! お父様に言いつけて貴方なんてクビにしてやりますわ!」


「段々本性が出てきましたね、お嬢……。侯爵に言いつけてもかまいやしませんが、そのときはピクニックは中止です。お嬢が冒険者として復帰するには、私のおりが絶対条件ですから」

「う……あ、貴方以外の冒険者を見繕みつくろってもらえば済む話でしてよ!」


 我ながらいいこと言ったんじゃないかしら、アタシ。

 そうよ。カルロじゃなきゃ駄目な理由なんてどこにもないじゃないの。


「お嬢。勘違いしちゃいけません。侯爵は信頼のおける人間の同行しか認めませんよ。で、今のところ侯爵が信頼を寄せてくださっているのは私ひとりです。実力もそうですが、それ以上に個人的な繋がりがあるもんで」

「個人的な繋がりってなんですの!? 馬鹿なこと言っては駄目でしてよ!」

「ともかく今のお嬢には我慢が必要です。一流の冒険者になりたかったら、何もかも思い通りになるだなんて幼稚な考えは捨てることですね」


 アタシが冒険者失格なら、こいつは召使い失格だ。侯爵令嬢にこの態度だなんて……万死に値すると言っても過言ではないどころか妥当だとうよ。


 でも、背に腹は代えられない状況というのは分かってる。

 邸に戻ったところで、きっとお父様はこいつの肩を持つんだから。

 馬鹿ルークにしてやられたときみたいに。


「納得はしてませんけど、それは一旦保留しますわ……」


 我慢ならないことはまだある。


 カルロは先ほどアタシに二つの道具を渡した。


 まず腕時計。しかも、元々アタシが使ってたやつ。

 てっきりギルドに返却したと思ってけど、こっそりお父様が持っていたらしい。


 腕時計を返してくれたのはありがたい。

 でも。


「なんで貢献度がゼロでCランク冒険者になってるんですの!? 覚えた魔法はちゃんと全部残ってるのに!」

「そりゃ当然です。ギルドに申請してこれまでの貢献度が全部不正によるものだったと報告したんですから」


 当たり前みたいに言うカルロが憎たらしい。

 そもそも不正って何よ。アタシがルークの分まで貢献度をもらってたことが駄目だったって言うの?

 だとしても、クエストを地道にこなしてコツコツ貯めたポイントには違いないでしょ。


 そんな正論を頭に浮かべてみたけれど、カルロに抗議したところで元に戻るものではないことは分かってる。


 問題は、もうひとつの道具の方だ。


「なんであたくしが『木の杖』なんていう初期武器を使わなきゃいけないのかしら!?」


 魔法職が真の力を発揮するためには、魔力を媒介する武器が必要。これは常識だ。アタシだって理解してる。


「初期武器を使いこなしてこそ本物の実力者なんですよ、お嬢」

「はい!? 上位武器の方が魔力の消費も少ないし、発動する魔法だって威力が上がるのをご存知ないのかしら!?」


「お嬢が色んなものに胡坐あぐらをかいていたことは、先ほどペガサス・ボアピッグに殺されかかったことで証明済みです。お嬢は自分以外の何かに頼りすぎなんですよ。武器しかり、ルークさんしかり」

「ルークのことは今関係ないんじゃなくって!?」


 カルロの目が、なんだか可哀想なものを見るみたいに細くなる。眉が八の字に下がる。


 何よその顔。生意気。


「お嬢ひとりじゃボアピッグにすら足をすくわれるじゃないですか。ルークさんを盾役にしていたからでしょう?」

「う、うるさいですわね! ルークとあたくしのパーティがどういう作戦を使ってたとしても、貴方には関係なくってよ」

元来がんらい、作戦というのは信頼関係の上に成り立つんですよ。お嬢は信頼を失ったじゃありませんか」


 なんで酷いことばかり言うのよ、この最低な召使いは。


「今後は貴方と一緒にパーティを組むんでしょう? なら、貴方が盾役になればそれでいいんじゃなくって?」

「何を言ってるんですか。私は戦いませんよ。ただのおりです」


「はあ!? 貢献度をネコババするってこと!?」

「そういう意味ではイエスです。正確には貢献度と素材ですね。お嬢には『素材回収鞄』を渡しません。必要なアイテムは全部私が適切なタイミングで使うのでご心配なく」


「何よそれ!! 最低!! もはや犯罪でしてよ!!」

「クエスト達成前にキックしたりはしませんので、その点はお嬢よりだいぶマシだと思いますよ? それに、この条件は事前に侯爵からの許可を得ています」


 みんながグルになってアタシを叩きのめそうとしてる。

 そうとしか思えない。


 あ、いいこと考えついたわ。


「ねえ、カルロ。あたくしと勝負しませんこと?」

「へえ、勝負ですか」

「あたくしが勝ったら、貴方はあたくしの命令通りに動きなさい。もしあたくしが負けたら、これまでの条件全部呑んであげてもよくってよ?」



☆ミ☆ミ☆



 アタシはカルロを絶対に許さない。

 許さないんだから。


 決闘開始二秒で決着はついた。

 あの最低最悪な召使いは、アタシの放った最強の雷魔法を避けて、アタシのお腹に膝蹴りを入れたのだ。

 そのせいでアタシは今朝食べた全部を街道に撒き散らし、自分の口から飛び出た吐瀉物としゃぶつの海に沈むこととなった。


 普通、手加減するでしょ。

 普通、女の子のお腹を蹴ったりしないでしょ。

 普通、侯爵令嬢をゲロに沈めたりしないでしょ。


 ああもう、気分が悪い。

 というか気絶しちゃいそう。



☆ミ☆ミ☆



「気が付きましたか、お嬢」


 目を開けると、暮れかけの空が広がっていた。


 綺麗な夕焼けだこと。


 手足や顔に触れる雑草の感触で、自分が街道脇の平原に寝かされていることに気付いた。


「侯爵令嬢を地面に寝かせるだなんて、頭おかしいですわ」

「お元気そうでなによりです」


 寝起きだからか言い返す気にもなれない。

 なんだかすごく疲れてしまった。


 だから、迂闊うかつなことを言ってしまったんだと思う。


「お母様みたいになりたいだけなのに」


 目を閉じると、すごく小さい頃に見たお母様の面影が浮かぶ。

 一緒に過ごした記憶はほとんどなくて、いつも、帰ってきたと思ったらまたすぐ出かけてしまうのだ。だから、後ろ姿だけが思い出深い。


「今のお嬢とマーガレットさんは、まったく違いますよ」


 不躾ぶしつけにもアタシの顔のそばに腰かけて野草を噛んでるカルロが、そんなことを言った。


 なんでこいつがお母様の名前を知ってるのかしら?


「マーガレットさんなら、ルークさんを見捨てやしませんでしたしね」

「うるさいですわ」


 ふと身を起こすと、平原の先に荒れた畑が見えた。

 その端っこにぽつんと納屋なやが建っている。


「お嬢、どこへ?」

「うるさい」


 アタシはカルロを無視して納屋へと足を運んだ。


 なんで自分が納屋へと歩いてるのか、深くは考えていない。ただ、その場所が記憶に残っていたというだけの話だ。

 アタシはどうして町から離れた平原の、ちっぽけな納屋のことなんかを知ってるんだろう。


 ああ、そうだ。

 思い出した。

 いつだったかルークと一緒に遠出したんだ。

 もう町に戻らないつもりで。


 納屋に入ると、ところどころに空いた穴や自然にできた亀裂から、鋭い西日が差し込んでいた。


 そういえばルークと遠出して、どうなったんだっけ。

 確かここでひと晩明かすつもりだったような。

 なのに、今くらいの夕暮れ時にお父様たちが探しに来て――。


 ――ルークはここに残るのよ、いい?

 ――駄目だよリリア。僕も一緒に怒られてあげるから。


 ――いいの。ルークはここにいて。みんないなくなったら一人で町に帰るのよ。それで今日のことは全部忘れて、また遊びましょ。

 ――いやだよ。一緒に冒険者になるんだって約束したじゃないか。


 ――そのうち、もう少し大人になってから……今度はみんなを説得して一緒に冒険しましょ。ね?

 ――うん。


 ――そのときはずっと一緒だから。どんなことがあっても。



 ぶち、と嫌な音がして口のなかに血の味が広がった。

 ほっぺの内側を噛み千切るなんて初めてのことだった。


 納屋の一角。すっかりせた壁の下側に小さな文字が刻まれていた。

 石か何かで彫った、あらい、下手くそな文字。


『ずっと一緒』


 アタシは気が付くと、打ち捨てられていたクワを振り回して、ちょうど文字の刻まれた箇所かしょをめちゃくちゃに破壊していた。

 それでも飽き足らず、納屋を内側から壊していく。


 塵やほこりせても、ちっとも気が収まる気配はなかった。


 多分アタシは、はしたなく叫んでいたと思う。

 それらはちゃんとした言葉ではなくて、絞り出した音の塊でしかなかっただろう。


 ひとしきり納屋をブチ壊すと、少し離れたところでカルロがじっとこちらを見ていることに気付いた。


「お嬢。なんで泣いてるんですか?」

「泣いてませんわ。貴方の目の錯覚でしてよ」


 涙には必ず理由があるはずだ。

 でも今のアタシには涙を流す理由なんてない。

 つまりアタシは泣いていない。


アタシ・・・は、絶対に、間違ってない」


 アタシは何ひとつ間違えてなどいない。

 ルークはあのとき、本当は『俺が囮になるから逃げろ』と言うべきだったのだ。

 そうすればアタシは――。


「何が正しいかなんて誰にも分かりゃしませんよ。ただ、侯爵令嬢ともあろうお方がストレス発散のために納屋を壊すってのは、なかなか驚きですね」


 アタシはカルロに向き直った。彼の軽口に反応したわけじゃない。

 クワを投げ捨て、口を開く。


 これは必要な宣言だ。アタシにとっての。


「カルロ。アタシはSランク冒険者になる。誰よりも強くなる」


 オレンジ色に染まった草原を風が渡り、あざやかな波が立つ。

 まるで自分が、火の海の中心にいるような錯覚があった。

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