迷う惑う戸惑う

空本 青大

願わくば

三月二十四日—

他の人からすればただの平日。


そして俺からすればこの世に生を受けた日……それすなわち誕生日。


二十三日から二十四日に日付が変わった瞬間、は現れた。


「わたくし女神でございます。この度はお誕生日おめでとうございます♪」

「……ありがとう?」


俺はアパートの部屋の中で誰からか誕生日メッセージが来ないかスマホを眺めていたところ、唐突に話しかけられ、反射的に返事をする。


上を見上げると羽の生えた美女が微笑みを携え浮かんでいた。


「お誕生日にはお誕生日プレゼントですよね?喜んでいただけるものを用意しました♪」

「……ありがとう?」


あまりの出来事にありがとうBotと化した俺はその女神とやらにくぎ付けとなった。


「プレゼントは選択制とさせていただきます。一つ目はこの世の誰よりも強くなれる“天下無双”の力。二つ目は一晩寝るだけで心身の傷や病気ををたちまち全快してくれる“布団”。さぁどっち‼」


声を張り上げ眼前にせまる女神にようやく俺は正気に戻る。


「ま、待って⁉なに⁉そもそもなんなのこの状況???」

「女神が~あなたに~あなたの誕生日に~二つのうちの一つの願いを叶えます~っていうそういうことです♪」

「わかりやすいけどわからん!女神ってなに⁉願いって何⁉」

「わたくしあなた様がお住いの世界を統括しております神でございます。よしなに~」

「さらっとすごいことを……その神様?がなんで俺に願いを叶えてくれるんですかね?」

「あなた様が選ばれたのはただの運でございます。宝くじみたいなものですよ」

「まじっすか、すごいな俺……」

「ちなみに誕生日が終わる本日中にお決めくださいまし~。それじゃあシンキングタイムスタート!ずんちゃずんちゃ♪」


そう言うと軽快な音楽を口ずさみながら俺の周りで奇妙なダンスを踊り始める女神。


なんともたどたどしい動き……というかシンプルに下手だな……。


「えぇ~どうしようかな~……」

「ずんちゃ♪ずんちゃ♪」


床に胡坐あぐらをかき、腕を組みながら俺は思案を始める。


(まず力か……生態系の頂点に立てるとかまさに男のロマン。だが強くなるとそれだけ狙われるか避けられるかの人間関係になりそうなんだよなぁ。でも正体を隠してヒーロー活動してもいいかもしれない。ふむ……)

(もう一つは癒し……一見地味だが寝るだけで体も心も全回復とか現代人には至高のアイテム。でも本人のスペックが上がるわけでもないからただただ健康になるだけ。それでも十分すごいんだけどちとロマンに欠ける。ふむ……)


一時間後~

「う~ん……」

「ずんちゃ♪ずんちゃ♪」


二時間後~

「う~ん……むにゃ……」

「ずんちゃ♪ずんちゃ♪」


五時間後~

「Zzz……」

「ずんちゃ♪ずんちゃ♪」


十時間後~

「……ハッ!」

「おはようございま~す!ずんちゃ♪ずんちゃ♪」


十二時間後~

「袋ラーメン食べます?」

「わ~い食べます!ずんちゃ♪ずんちゃ♪」


十五時間後~

「ポテチ昔に比べて少なくなったなぁ」

「ですねぇ。空気のほうが内容量増えてますねぇ」


十八時間後~

「卵かけご飯ってもう完全栄養食だよな」

「ゴマ油あります?」


二十一時間後

「ショート動画って無限に観られるな」

「コンテンツ界のわんこそばですね」


———————————


————————


—————


「……あれ?」


スマホで動画を観ていたさなか、ふと画面の上の時計に視線が移る。


『23:55』


「あとごふ~~~~~~ん‼いつの間に~~~~~⁉」

「あら?もうこんな時間。早いものですね」


俺のすぐ横で動画を観ていた女神がのほほんとした態度でスマホの時間をのぞき込む。


「まだ決まってね~……あの延長は?……」

「ごめんなさい♪」


満面の笑顔でお断りをされた。


「そもそもなんで力と布団の二択なんですか?俺の要望叶えてくれればいいじゃないですか?」

「わたしはあなたの“過去”と“今”の願望を反映させてみたただけですよ?さすがに二つ叶えるのは贅沢すぎなので一つだけです」

「え?“過去”と“今”?」

「はい、思い当たる節があるのでは?」


そう言われ俺は、昔と最近のことについて思い起してみた。


……小学生のころの俺はヒーロー番組に感化されて、おもちゃの武器を持って外に出てパトロールしていた。


公園でいじめをしていた同年代の連中と喧嘩をして返り討ちになっていたっけ。

自分の力があまりに脆弱でいつのまにかヒーローになる夢諦めたんだったな。


大人になってからは仕事仕事仕事……現実と戦う日々。

俺の心身は激しく摩耗していき、体を引きずるように会社に出勤している。

思う存分寝たい休みたい……それが今の俺の夢となっていた。


……なるほどな、確かに子供と大人の俺が望んでいたことだ。

子供のころの俺が今の俺を観たらなんていうかな?

つまんねーやつだなって言われそうだ。

最近忘れていた無邪気な想いが胸の奥から蘇ってくる。

俺の……俺の願いは……。


「女神様!決まりました!力を……」

「あ、もう終了ですね」


俺の答えを遮るように女神が言い放った。


手に握られたスマホを見ると、日付が二十四日から二十五日に変わっていた。


「……だめ?」

「ダメです♪」


無慈悲な返答に膝から崩れ落ちる。


「バカ~俺のバカ~……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」


体を見苦しくバタつかせ発狂する俺に女神が俺の肩にそっと触れる。


「今回は残念なことになりましたが、いろいろごちそうになったお礼はさせていただきますよ」

「え?じゃあまさか!」

「今あなた様のお布団に力を与えました。今夜ここで寝ると今日一日の記憶が消え、いつもの毎日の記憶に置き換わります」

「願い叶えてくれないんかい!うわ~ん!」

「忘れられるだけいいじゃないですか。覚えてたらたぶん一生引きずりますよ?」

「そうっすね……」


力なく言葉を吐いた俺はのそのそとベッドの中に潜り込む。


「それじゃあおやすみなさい……」

「はい!それではいい夢といい余生を~♪」


そう言うと女神は明かりのスイッチをパチッと押し、部屋は暗闇に包まれた。

そして遠くから廊下を歩く音と玄関の扉が開き閉まる音が聞こえた。


(玄関から帰るんかい……鍵開けっ放しだし……)


心の中でツッコミを入れてるうちに俺の瞼はゆっくりと閉じていった。


……その日夢を見た。


俺は誰にも比肩するものはいない天下無双の力でバッタバッタと悪いやつを退治していた。

正義のヒーローとして称賛される自分の姿に心が満たされる。

最近荒みきっていた俺は心ゆくまで夢の世界を楽しんだ―


ピピピッピピピッ


ベッド横にあるスマホをノールックで掴み、ショボショボした目で停止ボタンを押す。


スマホをベッドの上に無造作に置き、立ち上がってカーテンを勢い良く開ける。


眩い朝日を全身に浴び、大きく体を伸ばした。


「……あ~久しぶりに頭と体がスッキリしてんなぁ。でもなんだろ大切なことを忘れているような?まぁ思い出せないなら大したことじゃないか」


頭をかきながら洗面所に向かい、顔をバシャバシャと洗顔する。


卵かけご飯とみそ汁をかき込み、歯磨きを済ませ、スーツで身を包む。


「っしゃあ!いくかぁ!」


顔をパンパンと叩き気合を入れ、玄関の扉のドアノブを回す。


「あれ?鍵かけなかったっけ?気を付けないとなぁ」


施錠を済ました俺は、爽やかな気持ちを胸に会社へと歩き始めた。


辛いことばかりだけど、きっとこの先いいことがあるとそう信じて―














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迷う惑う戸惑う 空本 青大 @Soramoto_Aohiro

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