01.
「……」
目を覚ますと、俺の視界の先にあったのは、白い天井だった。一目見て、先ほどまでいた世界でないことは、理解できた。
ピー、ピー、と拍を打つ電子音に、聞き馴染みがある。
ここは、病院だ。俺が元いた世界、現実世界の、病院だ。
咄嗟に身体を動かそうとするが、上手く動かない。俺の腕には、点滴だけではなく、様々な管が繋がっていた。口元の酸素マスクを外そうとすると、警報が鳴って看護師さんが走って来た。そして、俺が動いているのを見て、驚いたようにまた病室から出て行った。
まだ朦朧とした意識の中で、これが夢か現実かも分からず、俺は茫然としていた。
もしかすると、俺は、帰って来たのだろうか……。
仲間たちのことが脳裏をよぎる。彼らも、現実に戻されたのだろうか。あっちの世界にいたときには、現実の話は何もしてこなかった。それは、彼らにとっても、俺にとっても、一種のタブーのように感じたからだ。
それを今、少し悔やんでいる。彼らのことをもっと知っていれば、こっちの世界でも会うことができただろうに。
床が揺れるような足音を立てて、医者が入室してきた。それからは、どこの数値が正常だとか、意識がどうとか、細かい検査を続けられた。
医者の話によると、俺は異世界に行った五年間、ずっと意識を失っていたらしい。
五年間も身体を保たせることができるとは、現代医療には脱帽だ。あっちの世界だったら、蘇生魔法はあったものの、ここまでの延命はできなかっただろう。
しかし、五年間……か。
俺は、高校三年生の夏に、ある日突然、異世界へ転生した。だから当時は十八歳で、今は二十三歳。同級生たちは、もう大学を卒業して、殆どが就職をしている年齢だ。既に結婚している人も何人かいるんじゃないだろうか。一方で俺は、大学進学は勿論、高校を卒業すらできていない。
五年という月日は残酷だ。異世界で得たスキルも、女神の加護も、精霊との契約だって、こっちの世界へは引き継がれていない。この世界には女神も精霊も、あれだけ憎かった魔族たちもいない。
そして一番ショックだったこと、それは――家族が亡くなっていたことだった。俺は幼くして父親を事故で亡くし、母親ひとりに育てられた。母は……俺が意識を失った後も、ずっと病院に通い詰めて、仕事も、家事もして……その果てに、亡くなったそうだ。もしかすると、俺の存在が、母にとって、かなりの負担になっていたのではないだろうか。
呆気なかった、なんて言葉は、どう考えても不謹慎だが……もうあの人との思い出が、増えることはないと考えると、どうにもやるせない気持ちがあった。
俺の五年間、あの世界を救ったことは、俺の人生にとって、本当に良かったことなのだろうか……いや、良かったのだと、言い聞かせるしかあるまい。
「さて……」
上手く動かなくなった体を、眺める。
そして、何度も何度も、問い詰める。
……なあ、俺よ。
勇者ではなく、ただ一人の人間である、俺よ。
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