第33話

「りっくん……」


「空が帰ってくるから、俺はもうお前の傍にはいれないんだ」



りっくんは私の首筋から手を離し、その瞬間冷たい空気に晒された。

りっくんは私の明るく染められた長い髪を梳くように掬う。


そうしてとても哀し気に、見たこともない大人びた表情で微笑んだ。



「桃子に泣かれたら、俺は離れたくなくなるから……言えなかった……」



そして、今度は私の髪にそっと口づけをした。



「桃子。元気で」



そうして彼は立ち上がった。


知らない男の人みたいに、彼は私に背を向けた。




――りっくん待ってよ!


幼い頃の様に、無邪気にその背中を引き留める事はもう、二度とできない。


――おせーよ桃子。


意地悪を言いながらも絶対に待ってくれていた彼が、私の声に足を止めることももう、二度とない。



あの手に触れる事も、一緒に歩く事も、もう二度とない。




大切な、私の半身だった男の子……


いつの間に私たちは離れてしまっていたんだろう。




――……俺で、いいの?


――私は、そうちゃんがいいの……




ああそうか。

先に手を離したのは、私だったんだ……


そうちゃんを選んだ時、私はりっくんの手を離していたんだ……



「……ごめんね」



静かに冷たい涙が頰を伝い、私はりっくんの姿が見えなくなるまでその背中を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る