第30話

「いつもお前のとこから食ってるし。」




「それは、そうだけど・・・。」





なんとなく言い出しにくくなって黙り込んでしまったあたしの所為で、妙な沈黙が二人を包む。





「・・・で?」





その沈黙を破るのは和泉。




もう一度、聞こえてくる同じ音。




それがさっきよりも優しさを含んでいる事も分かってしまう。





「・・・気が付いてた、んだよね?」





そうなんだ。




和泉は、人の気持ちを読むのが天才的に上手い。




「まあ・・・。ずっと隣に居るし。」




隣に居ても、気が付かない人は気が付かない。



あたしの武器である笑顔に、あたしはそれなりに自信がある。




人に、気取られない自信がある。





「・・・。」



「話しも聞いてたし?」




それでも、いつだってあたしの些細な変化に気が付いてくれる。




和泉の前ではいつだって、呆気なく武装解除で白旗だ。




こんな気持ちで、お客様は和泉の差し出す契約書に判を押すんじゃないかな・・・。





こいつが優しくて、人の気持ちをちゃんと分かって、痛い所にそっと触れてくるような男だから・・・。





だからあたしはいつだって情けない自分をあっさりと晒してしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る