魔女からの手紙


扉が開け放たれ、ラウラはフィデリオに先導されて塔の中へと入った。

廊下を進んでいくと、微かにロクセラーナの甘い香りを感じる。


「あの看守は、泣いている声が聞こえてつい扉を開けてしまったと言ってたよ」

「私が話したときも、最後は泣き真似で追い出されました」

「うん。その時にロクセラーナの姿を一瞬見ていたらしいんだ。それを覚えていて、子供が泣いてることが可哀相に思ってしまったと」

「そんな……」

「不思議なのは、この塔の中は魔術が発動できないはずなんだよね」


フィデリオは廊下の壁に手を滑らせて首を傾げる。

ラウラはその姿を見ながら、ロクセラーナとの会話を思い返していた。


彼女は『魔法は使えない』とはっきり言っていた。

それでも、今までのことを考えると、あの香りが魔力そのものなのだろう。

魔法ではなく、身体から漂うその香りに力がある……。

きっと普段はその力を意図的に抑えることもできるはず。

それは天性のもので普通の人間にはどうすることもできない。


だから、ロクセラーナが好きになった相手は、無条件で彼女に魅かれてしまう……。


ラウラはふうっと息を吐き、フィデリオに精霊の石を渡しておいて良かったとあらためて思った。


廊下の奥に続く階段を下りると、開け放たれた地下牢の扉が目に入った。

扉の向こうには、赤い絨毯が敷かれた広い部屋が広がっている。

フィデリオがランプに灯りを入れると、部屋がほのかに照らされた。

鉄格子の扉は当たり前のように開けられており、暴れた形跡やもめた様子も見当たらない。


「看守の話だと、鉄格子の中で美しい女性を見た記憶があるらしい。でも、次に目を覚ました時には、自分が塔の外で気を失ってたそうだ」

「美しい女性!?」

「うん、おそらく元の姿に戻ってたんじゃないかな」


フィデリオがそう言いながら、鉄格子の奥へと入る。

ラウラも続いて中に入った。

部屋の中は、昨日ロクセラーナと会った時と特に変わった感じはない。

投げられたクッションもトレーもそのままの状態だ。


辺りをきょろきょろ見ているラウラに、フィデリオが手招きをした。


「ラウラ、これを見てほしいんだ」

「なんですか……あっ」


フィデリオが指さした先には木製のテーブルがあり、その上には一枚の紙が置かれていた。

そこに書かれている文字を見るなり、ラウラは思わず声をあげた。


「この文字、僕にはまったく読めないんだ。ラウラなら知ってるかなと思って」

「凄いっ、凄いです‼」

「読めるのかい?」

「はい読めます! わー、これをロクセラーナが!」

「前まではなかったからね。多分そうだと思うんだけど、確信が無くてさ」


フィデリオは申し訳なさそうに眉を下げた。


「これはとても古い文字なんです。しかも数百年前からほとんど使われていません。それをこんなに美しく書けるなんて!」


ラウラの言葉に驚いたフィデリオは、その文字に目を凝らした。

興奮を隠せないラウラは、目を輝かせて机に手を伸ばす。


数百年前、魔術師たちが修練の場としていアダンクでは、神聖な呪文や貴重な言葉を外部に漏らさないようにと古代文字を使っていた。

その文字はあまりにも複雑で読み解くことが難しい為、他の地方からは『精霊の文字』と呼ばれていた。

ラウラは幼い頃から村の石碑などでその存在を知り、その後王宮で修業をするときに読み書きができるようになるまで学んだ。

それでも、ここまで美しい文字を見たのははじめてだった。


師からもらった本に、ムンテ国の王妃ロクセラーナのことが書かれていた。

彼女が魔女かどうかは不明とされてきたけど、今この文字を見て確信が持てた。

200年に存在した王妃も、ロクセラーナに違いないわ!


「何が書かれているんだろう……」


不安げなフィデリオの様子に、少し浮かれていたラウラは我に返る。

そうだった、魔女を逃がしてしまったんだわ……。

その事実にラウラは背筋を伸ばした。


「まかせてくださいフィデリオ様、私が読み上げていきます!」

「頼りになるね」


フィデリオは優しく微笑み、ランプを机の上に置いた。

ラウラは一行目から大きな声で読み上げた。


「では、『森で育った田舎娘へ』……へ?」

「ん?」


ロクセラーナの手紙の一行目は、ラウラへの言葉から始まっていた。

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