第四章 ラウラと優しい領主
消えた魔女
「ん……」
窓から差し込む光でラウラは目覚めた。
昨晩ロクセラーナのことを考えているうちに、眠ってしまったようだ。
全身に異常な倦怠感が広がり、身体を起こすのが億劫に感じる。
魔女と話したことが、思った以上に堪えたのだろう。
なんだか体の力が抜けて、だるくて仕方がない。
ラウラはゆっくりとベッドから降り、鏡の前に立った。
そこに映る自分の姿に、思わず目を見開く。
予想以上に疲れた顔に驚き、慌ててハーブウォーターを手に取った。
顔を洗い、髪を整え、イヤリングをつける。
作業用のワンピースに着替えていると、廊下を誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。
「ラウラ、グレイスよ。起きてる?」
ノックと共に聞こえたグレイスの声は、明らかに焦っていた。
ラウラはロクセラーナが来た日のことを思い出し、足先に冷たい水を掛けられたような感覚を覚えた。
急いで扉を開けると、グレイスはラウラの顔を見てほっとした表情を浮かべたが、それはすぐに困惑へと変わる。
「どうしたの?」
「フィデリオ様が北の塔に来てほしいって!」
北の塔!?
ロクセラーナになにかあったんだわ!
そう思ったラウラは、グレイスの両手をしっかりと握りしめた。
グレイスの指先は冷たくなっている。
「フィデリオ様は他に何か言ってた?」
「ええ。ラウラに声をかけた後は、全員部屋で鍵を閉めて待機するようにって……」
「わかったありがとう。グレイスは早く部屋に戻って」
「大丈夫なの、ラウラ?」
「うん大丈夫。今日はフィデリオ様がいるわ」
「でも……」
「心配しないでグレイス、行ってくるわね! 鍵は閉めてね!」
ラウラはグレイスに軽くハグをし、急いで廊下を駆け出した。
途中、エルノとすれ違う。
エルノは大きなぬいぐるみを抱え、グレイスの部屋へと走って行く。
ラウラは少し安心した気持ちになりながら、屋敷の北側にある塔へ向かった。
早朝の北側は日差しが届かず、少し肌寒く感じる。
芝生を歩いて行くと、北の塔の前にフィデリオの姿が見えた。
その横には守護団の制服を着た男が二人、頭を垂れて立っている。
どうしたのかしら、嫌な予感しかしない。
あれ……? 塔の扉が開いてる!
「え、嘘っ!」
思わず声をあげたラウラに、フィデリオが気づいて手を上げた。
ラウラは扉まで足早で向かう。
「フィデリオ様……まさか……」
「申し訳ございません!」
焦るラウラに、制服を着た二人の男が深々と頭を下げた。
昨日案内してくれた看守の顔は、血の気が引いたように青ざめている。
フィデリオはラウラに向かって頷いた。
その表情に、ラウラの最悪の予感は確信へと変わった。
「いま二人から話を聞き終わったところだよ」
フィデリオの言葉に、守護団の二人は膝をついた。
「バルウィン侯爵、罪人の監視を怠った私の責任は重大です。どのような裁きでも受ける覚悟でございます」
「いや、その責任は私にもある。罪人の危険性について十分な説明を怠っていた。団長への報告は私から行うよ」
「しかし!」
「本当にいいんだ。さあ立ってくれ」
フィデリオの穏やかな声に、二人はゆっくりと立ち上がった。
そして、もう一度深々と頭を下げる。
「ご配慮、深く感謝申し上げます」
「心配することはないよ、戻って休んでくれ。あと……この件については一旦我々だけのものとしよう」
「かしこまりました」
二人は数歩後退して頭を下げると、執事のセルジュと共に屋敷の方へ姿を消した。
フィデリオは深く息を吐き、ラウラに視線を向ける。
さっきまでの緊張感は感じられないが、その表情にはわずかに心配の色が見えた。
「ラウラに見てほしいものがあるんだ」
フィデリオはそう言って、塔の入り口を指さした。
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