追い出された!


「きゃあ」


叫び声をあげるグレイスには目もくれず、男たちはまっすぐにラウラへと向かっていく。

先頭は、丸太ぐらいの腕を持った料理長のネヴィル。

その後ろには、いつも力自慢をしている庭師のオロフ。

さらにその後ろからは、うつろな目をした使用人や薬師たちが、ぞろぞろついてきていた。


「「「「にせものをーおいだせーーー!!」」」」

「ちょっと、みんな声揃えすぎじゃないの」


自分を追い出そうとする男たちに、ラウラ自身もどうしてよいかわからず、声をかけることしかできない。

もちろん、彼らの耳に届くことがないのは理解している。


ラウラは後ずさりをしながら、サイドテーブルの上に置いていた革張りの本を胸に抱えた。

そうっと右手を伸ばし、一緒に置かれていた山羊皮の巾着ポーチをポケットにねじ込む。

次の瞬間、ラウラの体がふわっと宙に浮いた。


「!?」


料理長のネヴィルが、ラウラの身体を持ち上げている。

しかも、お姫様抱っこの状態だ。


「え?」

「「「「やったーおいだせー」」」」


薬師たちの歓声が部屋に響いた。

ネヴィルはラウラを抱えたまま部屋を出ると、廊下を大股で進みはじめた。

ラウラは抵抗する気力もなく、ネヴィルの丸太のような腕の中で、身動きせずに息をひそめる。

力強く進むネヴィルの横では、庭師二人がラウラの頭と足を支えていた。

その後ろには、うつろな目をした薬師たちが「おいだせー」と、行列のように連なっている。

おかしなパレードが出来上がっていた。


途中、廊下の隅にグレイスがしゃがみこんでいるのが見えた。

グレイスが無事なことを確認して、ラウラはホッとする。

ただ、もう一つ気になることがあった。

自分を抱えている料理長を始め、魂の抜けたような目をしている全員から、まったく悪意を感じられないのだ。

こんなに大勢で押し掛けてはいるが、運ばれているだけで危害を加えられる様子がない。


本当に私をここから追い出すことだけが目的なの? なにそれ? 


ラウラが不思議に思っていると、このおかしなパレードは、屋敷裏の使用人専用口へと到着した。

運ばれている間も、ずっとあの甘い香りがゆらゆらと追いかけてきている。

この香りに屋敷全体が包み込まれている……ラウラはそう感じていた。


「「「「おいだす!」」」」


突然、後ろに連なっていた薬師たちが、前に回り込んで裏門を全開にした。

ラウラを抱えているネヴィルの腕に、グッと力が入る。


駄目だわ、きっと放り投げられてしまう。


ラウラは手に持った本を、包み込むようにして体を丸めた。


「はいよ」


地面に転がることを想定して身体を固くしていたラウラは、ネヴィルの掛け声とともに地面におろされた。

ラウラは慌てて顏をあげて、体勢を立てなおす。

やっと、お姫様抱っこから解放されたと思ったその場所は、バルウィン家の門の外だった。


「えっ?」


焦るラウラに、ネヴィルは笑顔一つ見せず、ガシャンと門の鍵を閉めた。

さっきまであれほど執着していた薬師たちは、全員ラウラに背を向けて屋敷へと戻っていく。


「待ってください!」


ラウラは大声を出して格子を掴んだ。しかし、門はびくともしない。

ネヴィルは呼びかけに対して振り返りもせず、庭師のオロフと一緒に屋敷の中へと消えていった。

ロクセラーナの登場から、全てがあっという間の出来事だった。


呆然とするラウラは、ふと誰かに見られているような気配を感じ、屋敷を見上げた。

そこには、濃紺の天鵞絨のカーテンの間から、笑顔で手を振るロクセラーナがいた。

顔いっぱいに満面の笑顔を見せ、子供のように両手を振っている。


濃紺のカーテンは、当主であるフィデリオの部屋にしか使用されていない。

しかも、ロクセラーナがいる場所は、寝室がある部屋だ。


勝手にフィデリオ様の寝室に入るなんて!! 


一瞬イラっとしたラウラだったが、さっきの薬師たちの顔が頭に浮かぶ。


もしかして、フィデリオ様もどこかで会った彼女にメロメロになってしまってるの?

だから、ロクセラーナはこの屋敷に来た……?


違うっ! 


ラウラは大きく頭を振った。

一週間前の朝、馬車から手を振るフィデリオの笑顔を思い出し、胸が苦しくなる。


フィデリオ様はそんな人じゃない。

そうだわ、絶対に違う!

今こんなところで考えているより、まずはロクセラーナのことを調べなきゃ!


ラウラは、追い出される前にポケットに入れた山羊皮の巾着ポーチの中身を確認した。

自分のお小遣いとして、毎月の手当から分けておいたお金がまだ残っている。

これで2~3日は、どこかに宿泊することが出来る。

町はずれの宿屋なら、辺りも静かでこの本を読みなおすにはぴったりの場所だ。


そうと決まったら、ここにいても仕方がない。


ラウラは、分厚い本を胸に抱え直し、もう一度屋敷を見あげた。

そこにはもう、ロクセラーナの姿はなかった。

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