3 茜の誘拐


### 1. 予期せぬ来訪者


結月たちが避難した部屋には、すでにヒットマンが待ち構えていた。窓際に立ち、冷酷な笑みを浮かべている。


「来ないかと思ったよ」ヒットマンは冷ややかに言った。


「誰だ!?」結月は驚いて立ち止まった。


「ガヴリロ様からの使者だ」男は低く答えた。「ご挨拶にきた」


結月の警護スタッフが武器を向けたが、ヒットマンはまるで舞うように動き、瞬時に彼らを床に叩きつけた。


「お前たちの腕では無理だ」ヒットマンは冷静に言った。「機械の相手は任せておけ」


男は素早く動き、茜に向かって突進した。茜は身構えたが、その攻撃は光のように速かった。


石川が部屋に飛び込んできたが、時すでに遅し。ヒットマンは茜を捕らえ、窓から飛び出していた。


アンドロイドである茜は多少の負傷で死ぬことはないから、石川は発砲したが、ヒットマンには当たらない。「くそっ…遠すぎる」


結月は床に倒れ、怪我をしていた。石川は通信機を取り出した。「全員、茜様の救出を最優先に!」


しかし、外の戦闘は激化していた。石川たちは敵の猛攻に押され、追跡どころではなかった。


### 2. ずんだの決断


ずんだは激しい戦闘の末、最初のヒットマンたちを倒していた。息を切らしながら、退避した人々がいる方向へ向かった。


「結月さん!茜ちゃん!」


部屋に着くと、ベッドに寝かされた結月と石川がいた。だが、茜の姿はない。


「どうしたの? 茜ちゃんは?」


石川が答えた。「誘拐されました。黒いスーツの男に」


「なんだって!?」ずんだは愕然とした。


結月は痛みに顔をゆがめながらも言った。「テレビ局から飛び立った…あいつらだ」


ずんだは窓の外を見た。遠くに小さな点が見える。それは飛行機体に乗ったヒットマンと茜だった。


「追いかけなきゃ」ずんだは決意を固めた。


「無理だ」石川が止めた。「あの速度では…」


「でも…」


「別の方法で探しましょう」石川は静かに言った。「ガヴリロは何かを要求してくるはずです」


ずんだは拳を握りしめたが、石川の言うことも理解できた。


「わかった…でも、どうやって?」


結月はベッドから身を起こした。「野中に聞こう」


「野中さんって?」ずんだは尋ねた。


### 3. 野中との対面


豪勢な部屋で、大きなテーブルでひとり食事をとる野中。


「君たちテレビジョンは肝心なところで迷子になるな」野中はワインを飲みながら言った。


「茜ちゃんを助けたいんです」ずんだは切実に訴えた。


野中は携帯を取り出して言った。「なら犯人に聞くといい」電話をかけスピーカーにする。「やあガヴリロ、君を捕まえたいハンターがいるんだがね。どこに行けばいい?」


ガヴリロの声が響いた。「俺を捕まえたいんだって?」


ずんだは前に出た。「茜ちゃんを返して」


ガヴリロは笑った。「機械の分際で偉そうだな。第一戦略目標も決まってねぇのか。腐ってるねぇ」


「腐ってる? どういう意味です?」ずんだは不快感を露わにした。


「正しい質問だ」ガヴリロはモニター越しに笑う。男の横には茜が座らされていた。茜の表情は固く、恐怖よりも憤りが見てとれる。


「俺はショーマンだ。キラーコンテンツの王になるつもりだ。そして何より、人間の優位性を証明してみせるんだ。そんなもんがわからねえヤツは参加資格なしってことだ」


「勝手なこと言うな!」ずんだは声を荒げた。「茜ちゃんをどこへやったんだのだ? ぶち殺しに行くから教えろ!」


ガヴリロは目を細めてずんだを見つめる。「そうかい、じゃあ教えてやるよ。旧東京タワーにいる。ここは俺の本拠地だ」


「東京タワー?」


「そう、あのオレンジ色の塔さ。昔は観光名所だったが、今じゃただの廃墟だ。俺が支配している」


野中はワイングラスを置き、指で軽く叩いた。「東京タワーか。懲悪省の管轄外だな」


「こうしよう。娘を選挙から降ろせ。アンドロイドに政治は任せられない。そうすれば娘を返してやる」


「お前本気で市長になるつもりか!?」


「そうだ。人間による人間のための政治を取り戻すんだ。客はそれが見たいんだよ」


野中は静かに言った。「なるほど、アンドロイド差別を政治的武器にするか」


「まあ、お前が取り返しに来てもいい。デスマッチだ。お前が負ければ娘はどうなるか……」彼は茜の髪を乱暴に掴んだ。


「やめるのだ!」ずんだは叫んだ。


「決めろ。俺か、娘か。明日の正午までに決めろ」


通信が切れた。

ずんだは野中を見つめた。「どうすればいいんですか?」


「彼は確かにショーマンだ。観客が何を求めているか知っている。そして反アンドロイド感情も巧みに利用している」


「僕はただ茜ちゃんを助けたいだけです」


「それだけか?」野中は振り返った。「ずんださん、これはアンドロイドの権利にも関わる問題だ。選択しろ。友情か種族の誇りか」


ずんだは拳を握りしめた。「両方を選びます」


### 4. マイクロテレヴィジョン本社


結月はベッドから起き上がり、ウィスキーを一口飲んだ。「よし、これからどうする?」


「東京タワーに行きます」ずんだは決意を固めた表情で言った。


「だが、選挙は? ガヴリロは琴葉の娘が降りることを要求している」


「茜ちゃんは絶対に降りません」ずんだは強い口調で言った。「僕がガヴリロの前に立ちます。選挙戦は続行したまま、茜ちゃんを救出するんです。アンドロイドの政治参加権は琴葉市長が命をかけて勝ち取ったものです」


「なるほど」結月は目を輝かせた。「ガヴリロの要求を無視して挑むわけか。奴の言うデスマッチの展開になる」


「そうです」ずんだは眼を輝かせた。「茜ちゃんは市長選を続け、僕が戦います。それが僕たちのやり方です」


結月は驚いた表情から徐々に笑みを浮かべた。「なるほど! 話が見えてきた。これは……」


「ショービジネスです」ずんだは言い切った。「しかし同時に、アンドロイドの権利を守る闘いでもある」


「ガヴリロがショーマンなら、僕たちもそれに応えます」


石川が前に進み出た。「ずんださん」


石川の表情は厳しくも信頼に満ちていた。「私は人間ですが、琴葉家の警護として、私も全面的に協力します。琴葉市長はアンドロイドでしたが、私にとっては尊敬すべき主人でした」


「ありがとうございます」ずんだは頭を下げた。


「お願いがあります」ずんだは真剣な表情で続けた。「カメラは全部入れてください。ガヴリロとの戦い、茜ちゃんの救出、すべて撮影して配信してください。人々に見せるんです、アンドロイドの闘いを」


「勿論だ」結月は笑みを浮かべた。「これは史上最高のキラーコンテンツになる」


「もう一つ」ずんだは指を立てた。「最新のサイバネティック戦闘機を用意してください」


「高いねえ」


「価値はあるはずです」


結月はしばらく考え、うなずいた。「いいだろう。太田!」


ドアが開き、白髪の技術者が入ってきた。「はい」

「最新型の準備を」


「了解しました」


### 5. テレビスタジオ


ずんだはカメラの前に立っていた。いつもの姿のままで、真剣な表情をしている。


カメラの赤いランプが点灯した。


ずんだは咳払いをして話し始めた。「市民の皆さん、ずんだです。琴葉茜さんはガヴリロによって拉致されましたが、彼女は決して市長選から降りません。茜さんの意志を継いで、選挙戦は続行します」


スタジオは静まり返った。


「僕は友人として、ガヴリロに立ち向かいます。東京タワーに向かい、茜さんを救出し、ガヴリロを倒します。これはアンドロイドの名誉と権利のための闘いでもあります」


石川が一歩前に出た。「私も琴葉家の一員として、ずんださんと共に戦います。茜様を必ず取り戻し、この東京の平和を守ります。アンドロイドと人間が共に暮らせる社会を守るために」


## 第五章「テレビスタジオ」(続き)


ずんだは真っ直ぐカメラを見つめた。「市民の皆さん、どうか茜さんのためにも投票をお願いします。彼女は東京のために命を懸けています。そして必ず、彼女は戻ってきます。これは約束です。人間もアンドロイドも、共に暮らせる東京のために」


結月はにやりと笑った。「完璧だ」


### 6. 旧東京タワー


ガヴリロは大画面でニュースを見ていた。


「琴葉茜氏陣営、選挙続行を表明。友人のずんださんがガヴリロとの対決に臨む」


「ほう」ガヴリロは眉をひそめた。「デスマッチか。機械が調子に乗りやがって。だが、面白い選択をしてくれる」


茜は鉄柱に縛られたまま、睨みつけた。「ずんだもんは来てくれる。あなたを倒すために。機械だからといって、友情や勇気が人間に劣るわけではないわ」


「うるさい、黙れ機械」ガヴリロは茜に近づき、顔を覗き込んだ。「お前たちが人間の真似をするから世の中が狂うんだ。お前の父親がアンドロイド参政権なんて余計なことを始めなければ...」


「父は正しかった」茜は冷静に言い返した。「アンドロイドも市民として認められるべきだと」


「まあいいさ」ガヴリロは立ち上がった。「俺の舞台は整った。あとはショーが始まるのを待つだけだ。お前の友達が来れば、人間の優位性を証明してやる」


ガヴリロは窓辺に立ち、夜の東京を見下ろした。「さあ来い、ずんだ。俺のショーを完成させろ」


茜は縄に手首をこすりつけながら、脱出の機会を狙っていた。目には希望の色が浮かんでいた。


「本当に友達が来ると思ってるのか?」ガヴリロは嘲笑した。


「あなたはずんだもんを知らない」茜は冷静に答えた。「ずんだもんは必ず来る。そして、あなたは負ける」


「人間に機械が勝てるわけがない」


「それは見てからのお楽しみね」


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