ねえ、つきあってよ。

鴻 黑挐(おおとり くろな)

第1話

 月曜日の朝。登校してからホームルームが始まるまでのわずかな時間、教室は週末に得た情報を交換する場と化す。


「宿題の範囲ってどこからどこまでだっけ」「昨日のドラマ観た?」「最近マジでバ畜すぎてさー」


隣同士と、あるいは席の離れた友人たちを集めてコロニーを形成して、あるいは学年の違う友人と廊下で。生徒たちは情報を交換して各々おのおののコミュニティの絆を深める。


 そんな中。


「ちょっとちょっと!大ニュース大ニュース!」


  教室の後方、一人の少年が明るい茶色の長髪を振り乱して飛び込んできた。哀れ廊下に面した引き戸は盛大に音を立てて戸枠に激突する。


手戸てどさん、うるさいよ……」

「それどころではないのだよ、タイジくん!」


長髪の少年、手戸牙央がおが机に向かって予習にいそしむ少年、李下りのした太樹たいじの前に回り込む。


「それどころではないって……。どういうこと?」

「そう、それなんだけどね……」


牙央が声をひそめる。


「見たんだよ、ボク」

「見たって……何を?」

「あのね……」


牙央が周囲を見回し、太樹の耳元に顔を寄せる。


「……ウタハちゃんが、カレシと歩いてるトコ」

「えっ⁉︎」


スットンキョウな叫び声が太樹ののどから漏れる。


「か、彼氏って……」

「わかんないけど、なんか大学生くらいの男の人といっしょに歩いてるの見たよ」

「ど、どこで?」

下北沢シモキタのカフェストリート」

「下北沢……」


太樹がギュッと口元を結ぶ。


唄羽うたはさんに、彼氏が……?)


真相を確かめなければ。太樹は密かに覚悟を固めた。



 明けて火曜日。今日は職員会議があるから午前授業だ。


「カラオケいこー」「気になってるカフェがあってさー」「図書館行かない?」


学業から解き放たれた生徒たちは、思い思いの場所へと拡散していく。

 そんな中。


「唄羽ちゃん、放課後どうする?」

「あ……。うちはちょっと、用事がありますんで……」


唄羽が足早に教室を出ていく。


「太樹くんは?」

「ごめん、俺もちょっと」


太樹も唄羽を追って教室を出た。尾行の始まりだ。



 青梅おうめ駅から電車に乗り23区内に向かう。七月末の昼さがり、駅前はすでに灼熱地獄しゃくねつじごく片鱗へんりんを見せ始めている。


「ごめんね、ハンちゃん。待った?」

「ううん。大丈夫」


(駅前で待ち合わせしてる……。あれが手戸さんの言っていた『カレシ』か)


少し伸びた髪を後ろで括ったその青年は、Tシャツにテーパードパンツとジャケットを合わせたいわゆる『オフィスカジュアル』の装いだ。


(大学生、っていうか……。普通に社会人じゃないか?)


「じゃ、いこっか」

「うん」


二人は視線を合わせて笑いあい、そして……。


(てっ、手を繋いでいるーっ⁉︎)


無論、李下太樹は手奈土唄羽と付き合っているわけではない。……が、学年でも五指に入る可愛い同級生が大人の男の人と手を繋いでいる光景はよわい十六の少年にとっては十二分にショッキングな光景だ。


(やっぱり、事情を確かめなきゃ……!)


愕然がくぜんとしているヒマはない。太樹は己を鼓舞こぶし、再び立ち上がった。



 二人はカフェを巡り、SNSで話題のスイーツを食べ歩いてるようだった。


(くっ……。なんか普通に楽しそうだ……)


 三軒目での出来事である。


「ごめん、ちょっと電話出てくるね」


『ハンちゃん』と呼ばれていた青年が席を離れた。


(よし、今だ!)


太樹は静かに席を立ち、所在なさげにレモン水を口にする唄羽に接近する。


「唄羽さん」

「たっ、太樹はん⁉︎」


唄羽が控えめに飛び上がる。


「単刀直入に言うけど。……付き合ってるの?」

「はい」


太樹が一瞬硬直する。


「なっ、なんで⁉︎」

「どうしてもって頼まれてしもうて……」

「頼まれたとしてもさ……。断ってもよかったんじゃ」

「せやけど、泣いて頼まれたもんで。うちも流石にかわいそうやと思うて、それで……」

「泣いて頼まれたァ⁉︎」


女子高生に泣きつく社会人、どう考えてもおかしい。


「絶対ヤバい人だって!やめときなよ!」

「い、いや……。普段はちゃんとしてるんですよ、ハンちゃん」

「そんなの絶対演技だよ!」


太樹が唄羽の肩を掴む。


「女子高生に手を出す大人なんんて、ロクでもないやつしかいないって!」


太樹が高らかに叫んだ、その時。


「あー……。その子、はーちゃんのお友達?」


背後からかけられた声。太樹が錆びついたカラクリ人形のようなスローモーションで後ろを振り向く。


「ボク。ちょーっと、『お話』しようか?」


そこには、ひきつった笑みを浮かべた青年が立っていた。


「ひっ……」


太樹の顔色が、血の気が引いていく音が聞こえそうなくらいのスピードで真っ青になっていく。



 それから、唄羽が事情を説明した。


「い、イトコ……⁉︎」

「はい。ハンちゃん、生活情報のサイトで記事を書いてはるんです」


青年が差し出した名刺には『くらしの情報サイト「ア・ミーゴ」 手奈土てなづち 帆斗はんと』と書かれている。


「今度のピックアップ記事で『シモキタネクストブレイクスイーツ』を書けって言われちゃって。僕一人でこんなオシャレなカフェに入ったら絶対浮くよなー、って思って……」

「それで、泣いて頼まれたんです。『カフェの取材に付き合うてくれ』って」


全ての事情を知った太樹は、思わず床に正座した。


「す……。すいませんでしたーっ!」


そう謝罪する彼の姿勢は、びっくりするほど美しい土下座であったという……。

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ねえ、つきあってよ。 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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